飛脚屋心太 番外編

小花 鹿Q 4

第1話

茂助じいさん


吉平長屋の心太は、ふと目を覚ます。

部屋の中は真っ黒だったけれど、かい巻きの首のところから外を覗くと、引き戸の障子が薄っすらと白く見えたから、あれは明け方だったのかもしれない。

昨日の晩、またとうちゃんが母ちゃんを思い出して、おいおい泣きながら酒だけで飲んで早く寝ちまったから、仕方なく残っていた大根を擦って冷や飯にかけて食った。そいでも腹が膨らまなかったから、ガブガブ水を飲んだのが悪かったのか、変な時間に目が覚めちまって厠に行きたくなった。

もうついて行ってくれる母ちゃんは居ない。いつもは寝る前に一度は廁に行くことにしてるんだ。昨日だって行ったのになぁ。とあれこれ考え始めたら余計に目が覚めて、下腹がモゾモゾして来た。嫌だが仕方ない、と起き上がって雪駄を引っ掛けて外に走り出る。

長屋の奥の厠に行って、ほっとして家の方へ振り向くと屋根の上にほわりと青白い雲の様なものが飛んだ気がした。「なんだぁ?」と首を傾げて家のほうへ顔を向けると目の前に斜向かいに住んでいる茂助じいさんが立っていた。

「うわぁっ、お化けかと思ったぜ」と小さな声で言うと、茂助じいさんはニヤリと笑ってから

「心太すまねぇが、明日おみよが来たら伝えてもらいテェ事があるんだ。お願え出来るか。」

って言うもんだから、なんで自分で言わねえのかなと思いつつも、いつも飴玉をくれる茂助じいさんのお願いを断る訳がない。

「いいよ。」と気軽に答えると茂助じいさんは、にこりと頷いてから

「長火鉢の引き出し、右の一番下のところだな。引き出しを引き抜いた奥にもう一つ引き出しが有るから、それを見るようにおみよに言ってくれ。古道具屋に売る前に必ず見るんだぞ、とな。」

心太は、無邪気に

「長火鉢の右下の引き出しの奥だね」と繰り返した。

「売り飛ばす前に必ずな。」もう一度茂助じいさんが言うので、

心太は、ウンウンと頷いてもう一度指を折りながら口の中で火鉢、右下、奥の引き出し、古道具屋と繰り返し言って「任せてよ」と顔を上げると、茂助じいさんはもう居なかった。

心太は、厠に行ったのかなと思いぶるりと体を震わせて、急いで家に戻るとかい巻きに包まれてすぐに寝入ってしまった。

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飛脚屋心太 番外編 小花 鹿Q 4 @shikaku4

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