現代妖怪譚
おがわはるか
人魚
人魚を飼い始めた。台風のあとに川で拾ったのだ。
堤防の手前の河原にある、草むらに隠れた水たまりで立ち往生していた。二、三日前ひどく増水した時に流されてきたのかもしれない。
人魚は、上半身だけ水たまりから出して、困ったようなあきらめたような顔で、川の方を見つめていた。
艶のある黒髪が白い肌に張り付いて、それでいて薄く泥にまみれた上半身は、ひどくなまめかしく、そして頼りなげだった。擦り傷からは赤い血がにじんでいて、僕は「人魚も血は赤いんだな」なんてどうでもいいことを考えていた。
「大丈夫?」と声をかけると人魚は「うぅん」と中途半端な返答をした。増水して流されて擦り傷と泥だらけで、大丈夫なわけもないのだが。
よく見れば、人魚の下半身――主にヒレだが――はぼろぼろで、このまま川に運んで放してあげても、一人前に泳げるかは不確かだった。
リュックに入っていたペットボトルの水をあげたら、こくこくと喉を鳴らして飲んでいた。それを見て「捨て人魚かもしれないな」なんてことを思いながら、日暮れを待って担いで帰った。
思ったより軽かったし、生臭くもなかった。
僕の住む一人暮らし、1LDKのマンションに、人魚を入れるような大型の水槽なんてなくて、僕は浴槽に水を張って、そこに人魚を入れた。
「さむい」なんて一丁前なこともいうので、少しお湯も入れておいた。
浴槽に浸かって、浴槽のヘリに腕を乗せ、その上に綺麗なかんばせをのせ、人魚は上機嫌だった。
「気分はどう」一応気を使って訊くと
「すっごーい!お風呂場に住むのは初めてよお」と上機嫌な調子で人魚は言った。
人魚と暮らすのはなんだか心地よさそうだったので、引き取り手を捜すのを止めて、人魚を飼うことにした。
風呂トイレ別の物件にしておいてよかった。僕は風呂を溜めて入ることがまれだったので、別に使えるのがシャワーのみになってもあまり気にはならなかった。
そうして僕と人魚の生活が始まった。
仕事が終わる。帰り道に晩ご飯を買って帰る。家に帰ると風呂に直行し、浴槽の人魚に「ただいま」というと、人魚は浴槽のヘリに座って少し微笑んだ。
人魚は割合なんでも食べた。生の魚より寧ろハンバーガーの方が好きそうだ。僕はシャワーを浴びながら、その日会社であった出来事だったり、遊びに行ったときのことを話した。人魚は、興味がない話の時は浴槽のヘリに座って髪をとかしていたけれど、僕は別段会話など求めていなかったので気にならなかった。
人魚はフンをしなかった。でも時々、すごく苦しそうにして、口からぽろぽろと宝石を出した。それは体内の老廃物がたまって結晶化したもので、市場では「人魚の涙」なんていう開運グッズになったりもしている。
まあ、蛇の抜け殻みたいなものだと思う。ただそれは、角度によってルビーのようにもサファイアのようにも見える不思議な色彩をしていた。
売れば小遣い程度にはなるみたいだが、僕はそれを、リビングにあるビンにためることにした。それは昔おばあちゃんがつけた梅酒のビンで、飲み干してきれいに洗ってあったそこそこ大きな入れ物はそれくらいしかなかったからだ。
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