生命の疾走


・・・・・!!!


・・・・・・・!!!!!


久しく聞く騒乱の音だ。



・・・じょう!


「お嬢!お嬢ってば!」


レィルスパルタンの長エズメラルダは、懐かしい音色と風に乗る香りに感慨にふけっていたが、仲間の怒鳴り声でその意識は現在へと引き戻された。


「なんだ?」


「こいつ、どうします?」


仲間の一人はそう言って、逃げ遅れた哀れな治療術師の少女の頭をつかみ上げて剣の先で指した。

他の仲間たちは、前線に蓄えられた備品や兵糧を暴いて上機嫌になっている。

エズメラルダは、刃にこびり付いた油を振り落として少女へ向け言った。


「おいお前。名はなんという」


「・・・ッ!」


少女は、何かを言おうと目を見開き、あっと口を開けたが、恐怖のあまり意思疎通を図れるような音は出なかった。


「名はなんというか聞いているッ!!!!!」


「も・・・・モモです」


隙あらば、と、思い込んでいる甘ったれた小娘だ。

エズメラルダは軽蔑を込めた眼でモモを見下ろした。


「モモだと?生意気な。お前は今から『ピソワァル』だ。わかったかピソワァル!!」


「はっ!!はい!」


「良し。ならば帰って奴らに伝えろ。今頃、我らレィルスパルタンの大軍勢にほかの街の連中はこうべを垂れている事だろうと。そして、勇敢な仲間たちはすぐにここに駆けつけ、次は貴様らブタどもの首を狩るであろうと」


鋭い刃の先端がピソワァルの首にチクリと刺さり、そのあまりの熱に彼女はゆっくりと体を引いた。

しかし、首筋に這いまわる熱は無くなるばかりか酷くなる一方であった。

やがて彼女は、ずっと以前からガタガタと震えていたことに今更ながら気が付いた。


「わかったか?」


透き通った氷の中に、燃え盛る青い炎を宿したかのような瞳であった。

その炎は、迂闊に近づくことすら許さないだろう。


「わかったか?」


「・・・は・・・はい!」


「行けッ!!!」


「はっ!!!はい!!!」


新米の治療術師モモ改めピソワァルは、首の傷の痛みなど忘れて一目散に砲弾の降り注ぐ地へ向かって駆けた。


向こうには彼女の仲間が大勢待っている。


無論、エズメラルダたちにとっては敵である。


「立派に走れるじゃないか」


「お嬢」


「なんだ」


「ありゃあいったい何です?」


エズメラルダの手下の一人は、すっかり赤く上気した鼻を汚れた人差し指と親指で汚らしく擦りながら、溶岩のように頑健な顎でウォンバットの方を指した。


「消毒に。治療術師か。情けない」


「え・・・ええ。へへ、作り方を知ってる連中は全員潰されちまいやしたから・・・つい」


「吞まれなければ良い」


エズメラルダは、剣を鞘に納めて戦場全体に睨みを利かせた。


「あれは、永遠に復活する『始祖竜』を除いて生き残った最後の一匹だ」


「じゃぁあれが本物のドラゴン?」


「ああ」


「へえ~・・・いよいよ胡散臭くなってきちまいましたね」


「ああ」


「鬼が出るか・・・はたまた蛇が出るか」


「おしゃべりは嫌いだ」


「あッすいやせん。・・・あのシップ。クウコの奴も乗ってるんじゃないです?」


「だからなんだ?」


「いいや・・・別に」


「やつが焦げ吐きどもを蹴散らしたら我々もゆくぞ。皆、まだ戦い足りないだろう」


「へえ!」





・・・・・ま!!!!


・・・・・様!!!!


気が付けば遠ざかる悲鳴と怒号、そして、飛来する砲弾が奏でる破壊の音色。


敵は、いつもこうだったのかもしれない。


「ようやく目が覚めたが?」


男の声だ!


ジャンヌは即座に自らの境遇と責任を思い出し、おおよそ敵であろうこの人物に対して、即座に反撃を企てたが今回ばかりは彼女の体は思い通りに動いてはくれなかった。


両脚も両手もすっかり宙に浮いた状態で、その上、体全体が酷く揺れているのだ。


状況を整理するまでのわずかな間に、すぐ近くにハウルオブユグドラシルの砲撃が着弾し、あまりにも凄まじい破壊力と轟音に、思わずジャンヌは手近なものにしがみ付かざるを得なかった。


「そうだ。自分で支えてろ」


「・・・ッ!!貴様!!なにをしている!!私を放せ!!!!」


ジャンヌは持ち前の身体能力と反射神経を駆使して、自由になるべくもがいてみたが、男は、拘束を緩めるどころか、走る速度すら落とさない。


それは、彼女自身、何か特殊な理由があるはずだと思うほどであった。


「暴れるな。見ろ」


男はそう言うと来た道の方を顎で指した。


どおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!


「・・・・ッ!?アダマンタイト級ゴーレムタンクを一撃で?!」


「そうだ。予定では13発だ。だが実際、今のでもう47発目だ」


「なんだと!?」


「奴はすっかり楽しんでる」


「奴!?・・・奴だと?!いったい誰の事だ!くっ!離せ!!この!」


ジャンヌは引き続きもがいてみたが、事態は少しも良くならなかった。


男はそのまま、慌てふためく味方前線を突っ切り、最後列付近のゴーレムタンクの戦列に真っ直ぐに向かった。


ゴーレムタンクの上で見張りをしていた鷹の目たちがそれに気づく。


『ジャンヌ様!?ジャンヌ様に違いない!!!皆!ジャンヌ様が俗の手にとらえられているぞ!!!』

『なんだと!すぐに奴を射止めろ!お助けするんだ!!!』



砲撃が差し迫る中、勇敢な教会の鷹の目たちは逃げる事無く一斉に、竜をも射貫けるという強力ないしゆみを構えた。

小型軽量化された個人携帯用の00ダブルオーバチスタだ。


「・・・・よし、いいぞお前たち」


「・・・・」


どんな計画なのかは知らないが、これでもうおしまいだ。


ジャンヌはひと時安堵し、体から力を抜いた。


その時だった。


彼女の体は、ぐいっと下から上へ押し上げられたかと思えば、耳をつんざくような大声がすぐそばで聞こえた。


「おまえら!!!!!今撃てば確実にこいつに当たるぞ!!!!!!いいのか!!!!!!」


目に加えて耳もいい鷹の目たちは、構えた弩の照星を一斉に乱して、誰かが何かを口にするのを待った。

それから、一瞬の目配せにおいて、背後から俗を打ち抜く事が決定した。


「・・・くっ!!ば!!馬鹿者!!!構うな!私共々撃て!」


男の口角がぐにゃりと上がり、その足が一歩一歩大地を蹴る度にぐんぐんと速度を増した。

ゴーレムタンクの認識機能がジャンヌを捉え巨体をゆっくりと持ち上げた。

そして、僅かに開いた地面との隙間に男はそのままの速度で滑り込み、あっという間に向こう側へと飛び出してまた駆けた。


『今だ!!』

『待てっ!!』

『え?!』


どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!


「・・・くぅっ!!」


ジャンヌは再び暴れてみたが、やはり、大地に足が付かない状態では本来の力は発揮できない。

しかし、彼女はまだあきらめてなどいない。


後方の仲間たち。


こいつがどれほど足が速かろうが、勇猛な仲間が必ず止めるはずだ。


「お前たち!!!!!こいつを撃て!!」


仲間たちは一様に鋭く頼もしい眼光を光らせ身構えた。


しかし。


『ジャンヌ様!?』

『よせ!やめろ撃つな!ジャンヌ様に当たってしまう!!!』

『撃つな!!撃つな!!!ジャンヌ様がおられる!撃つな!!』


どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!


『ウワァ!!!』



「・・・・くッ!!!」


「大した仲間たちだ」


「貴様!!放せ!!放せっ!このぅっ!!」


「断る。お前はこのまま通行手形として利用させてもらう」


「なんだと・・・!?・・・・なんだと?」


ジャンヌはそれからしばらく黙っていたが、溢れ出る悔しさを抑えられなかった。


「・・・・!!・・・・ひんッ!・・・ふす・・・ッ!」


「泣いているのか?」


「・・・うるさいッ!貴様などに、何がわかる・・・!」


ジャンヌは数回鼻をすすり、ぼやけた視界で仲間の誰かがこちらを見ていないか確かめた。


幸い、既に最終防衛ラインを突破した影響なのか辺りには誰もいなかった。


ジャンヌは心に束の間の喜びを感じると同時に、そんな自分が酷く情けなくなった。


「かつての・・・・」


どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!


「・・・・かつての仲間だった者は、今や教会と仇名す俗共と行動を共にし、本来騎士団を統率するはずの者は行く先も告げず行方不明・・・ッ!空挺師団を失い、敵の奇襲を受け多くの仲間を失い・・・あまつさえ・・・!この有様・・・っ!!」


「お前は十分役に立っている。じっとしてればそれでいい」


「うるさいッ!放せ!この!!!この!!」


「断る」


抵抗が再び無駄だと知るとジャンヌは悔しさを通り越して悲しくなった。


「・・・用が済んだら。私を殺してくれ。守ることが出来ずに汚されてしまった街などに、もはや未練など無い・・・だから私を殺せ」


「おい」


明らかに、熱量を増した声だった。


男は暇。ガラガラと続けた


「二度と言うな」


ジャンヌは、砲撃の残響と共に体を縮めて小さく頷き、すまない。とだけ言った。


「それに今お前を離すわけにはいかない。あれだ」


どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!


「・・・っ!どうする・・・つもりだ!」


「用が済んだら投降し逃げるつもりだったが、そうもいかなくなった。このまま都市の障壁を越える」


「な?!無理だ!都市はもう状態に移行した!入ることは出来ないぞ!」


「いや。要人用のセーフティーが仕組まれているはずだ」


「そんなもの聞いたことないぞッ!!」


「お前が知らないだけだ」


「くぅ・・・!では初めから私だけを狙っていたとでもいうのか!?」


「そうだ、初めからお前だけを狙っていた」


「・・・くッ!!ぶ・・・ぶつかるッ!!!」


細かいレーザーが格子状に狭められた障壁は、ジャンヌが近づくと瞬く間に広がり消滅した。


「・・・・!?通れた?!やった!やったぞ!・・・ぁ、でも」


「俺たちの情報が哨戒端末に伝わっていれば障壁の近くは危険だ。悪いがもう少し付き合ってもらうぞ」


「・・・・ぇ?」






うん。

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