・・・チチチチ。


チチチチ・・・・。   パタパタパタ・・・・。



「見て!リナさん!鳥です!鳥が飛んでいますよ!」

「ええー?鳥?・・・あッ!本当、珍しいわねぇ」


ジゼルはその日妙に胸が高鳴って、酷い吐き気と倦怠感の中何とか起き上がって窓から差し込むお日様の光を浴びていた。

リナはそんな彼女に対して今日もまた、ゆっくり休養を取る事を促したがジゼルの自己顕示欲は我慢の限界を迎えていた。


ジゼルが朝から何度もしつこく提言した事はいったん実を結んで、リナは病床に伏せるジゼルにも出来るような簡単な労働を与えたのだった。


ジゼルはやはりこの日も蒼白な顔をして尚且つ指先は気温よりもずっと冷たくなっていたが、久しぶりの仕事をとても喜んで、『紐を網状に縫い合わせる作業』に精を出していた。

これらは、厚ガラスで出来たボトルのホルダーに使われる物だそうだ。


「ねぇ、リナさん?」


ジゼルは、手元から目を離す事無くぽつりとつぶやいた。


「ん?どしたの?」


リナは一階からわざわざ運んできたお気に入りの揺り椅子に腰かけて、いつもの倍に増えた靴下の穴を繕っている。


ジゼルはいったん手を止めてそれを見たリナもいったん手を止めた。


「もしかしてなのですが・・・リナさんは、『マザーウィル』の能力者ですか?」


それを聞いたリナはほんの少しだけ目じりに影を落とした。


「・・・・ごめんなさい!なんでも、無いんです・・・。本当に、ちょっと気になってしまって・・・」


ジゼルの言うマザーウィルの能力とは、能力者周囲の生物全ての生命力を強力にブーストすることが出来る能力とされていて、その能力圏内の病人やけが人を素早く治癒させることはもちろんの事、農作物や家畜の成長や品質の向上を促し、健やかに繁殖させるとされている。

そして、これら効果が実証されているものの他に、プレイヤーたちの様々な作業や雑務の効率も飛躍的に上昇させると噂されている。


彼女たちの能力は、生産活動を行う上で代用の利かない強力なものであるために、領主やギルドの間に発生するいざこざの背景には度々マザーウィルの能力者たちの凄惨な悲劇があり、ジゼル本人も何度か教会の騎士として、これらの事象に何らかの介入をしたことがあったのだ。


しかし、そんな事はずっと過去の出来事だ。


久しぶりのコミュニケーションが粗雑になってしまって申し訳なさそうにしているジゼルを尻目にリナは力ませていた肩をすとんと落とした。


「なぁんだ、しおちゃん知ってたの?」


ジゼルはやはり少し申し訳なさそうにしていた。


「はい。なんとなくなんですけど・・・。初めに気が付いたのは、ジョズの街に行く前にブルーベルの花が一斉に咲いた時でした。あのお花があんな咲き方をするのを見たのは初めてだったので。それに」


「ふむふむ、続けたまえしおり君」


「それに、この辺りはずっと痩せ細った砂の大地が広がっているのに、お屋敷の周りには、信じられないくらい緑が綺麗で。シャズさんが私をここから動かしたがらなかったり・・・。セイムの体の擦り傷だって、あんなに早く治った事、無かったんです。もっとも、本人は気が付いてないみたいですけれど・・・」


「なかなかの想像力だね。しおり君。君はそこらの凡夫とは違うようだ。その通りだよ、あたしがその気になればここはあっという間に毒気にのまれてしまうのだ。どうだまいったか?」


「ふふ、あの鳥もきっとお礼を言っているのでしょうね。わたくしからもいつもありがとうございます」


「ほぉんといやになっちゃうわよねぇ。みーんなバタバタ倒れてくのに、一番頼ってほしい奴に限ってピンピンしてるんだから」


「・・・それってシャズさんの?」


リナは窓の外で出鱈目に旋回し、たまに翼を眩しく煌めかせる鳥の姿を虚ろな瞳で眺めた。


「ふふ。バカよね・・ほんと」


「・・・・はい。そうかも、しれません」

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