(後)スカイ・ワールド・エクスプローラー!!

うなぎの

哀しみは、玉虫色

ジゼルの容体はますます悪くなって行き、回復の兆しが見えないままいたずらに時間だけが過ぎて行った。


一日中、苦しそうにうなされて、ベッドから起きない日もあった。


それでも彼女は、頑なにこの地を離れる事を拒んだのだった。


セイムは無意味だと知りながら彼女から離れる事がどうにも寂しく感じて、シャズの手伝いを断る事が日に日に増えていった。


季節という名の舞台が段々と回転して。


遥か遠方の『クラニアム・グリージア』には、白く積もるものが見え始めていた。

山から流れて来る水が凍り付いて、地下水の量が少なくなればまた、穴を掘らなければならない。


セイムは既に我慢の限界を迎えていた。


その日彼は、朝日が上がると同時にダンテ老人の元を訪ねた。

ジョズの街まで行き、そして、医者に準ずるものをこの地へ連れて来るつもりだった。


消えかけた月光で冷やされた砂地の入り口はピッタリと閉ざされていたので、彼は崖に打ち込んである階段を利用してダンテ老人の住まいへと侵入した。


だだっ広い空間にダンテ老人の姿は無く、壁にめり込んだストーブの光りが、まるで生き物のようにゆらゆらと揺れる影を武骨に削られた壁に伸ばしていた。


「ダンテさん・・・!ダンテさん!」


セイムは虚空に向かってダンテ老人を呼んだ。


返事は無かった。


セイムは奇妙なまでに整頓された部屋をわざと足音を立てて忙しなく歩き回って、地上へ繋がる階段の方へも足を運んでみたが、老人も、そして、あの銀色の腕を持つ少年も、何も、見つけることが出来なかった。


与えられた物を取り上げられて、肝心な部分は頑なに秘密にされ続けているような、何処かもやもやとした不安が彼にはあった。


そんなことを二、三度繰り返しているうちに彼は、床に刻まれた模様が装飾では無い事に気が付いた。


降り積もる砂のせいで質感こそは自然の物に近かったが、砂を寄せてみると床は人工の物だった。


そして、その敷き詰められた床板の一枚が丁度指が差し込める程度の僅かな感覚を開けて設置されている事に気が付いた。


セイムは床板の隙間に指を差し込んで持ち上げてみた。


床板に降り積もった砂がさらさらと滑り落ちて、その下から、さらに下へとつながる階段が現れる。


現れた階段はらせんを描いて下まで伸びて、その隅々まで金属の板を頑丈に溶接して作られていた。


大地を刳り貫いただけの今までの空間とはまるで不釣り合いな物である。


そして、その奥からは青白い閃光が音も無く仄かに漏れていた。


セイムは恐る恐る階段を降りて行った。


上の空間のおおよそ半分程度の広さの金属の空間にダンテ老人は居た。

そして、銀色の腕を持つ少年デイヴィッドもまた、その場にいた。

セイムの心臓は高鳴った。


「ダンテさん・・・!ダンテさん!なんてことを・・・!」


銀色の腕を持つ少年デイヴィッドは、それぞれ4か所に体を分散して、ただその場に存在していたのだった。


突然の来客に驚く様子も無くダンテ老人は言った。


「ああ、セイム。俺はつくづく運命を信じるよ。お前はどうだ?」


ダンテ老人は、髭先に、そして、遮光機能を備えたゴーグルに白い光りを反射させてセイムを見た。

セイムはその場から一歩も動くことが出来なかった。

この地は紛れもなく彼等にとっての聖域そのものだった。

それでもセイムは、探究する事を無理やり続けた。


「デイヴィッドさんにいったい何をするつもりですか・・・?!」


ダンテ老人はたまに訪れる日常の説明をするように淡々とした態度で、作業をしながら優しい口調で言った。


「これから、この子の記憶ユニットを初期化するんだ。大丈夫、痛みは無いよ。心

配はいらないんだセイム。どうか起こさないであげてくれ。良かったな、最後にお前の友達が遭いに来てくれたぞ?良かったな」


ダンテは極太の管に繋がれたデイヴィッドの頭部を愛おしそうに撫でた。


「最後?記憶ユニットを初期化ってどういう事ですか・・・?」


「この子は、今からすべてを忘れるんだ。ちょうど一年前の今日と同じく」


「そんな・・・・そんなどうして・・?一時的なものですよね?ダンテさん?」


「いいや、この子の物語は、ここで終わって。そしてまた始まるんだよセイム」


「どうしてそんな酷い事を!デイヴィッドさんが望んだ事ですか?!」


セイムにはダンテが言っている事の意味が解らなかった。


「ああ、セイム。人は何故争うのかな?・・・俺が思うにそれは、愛する昨日を忘

れられないからだ。もし俺が、ジゼルを助ける方法を隠していたとしたらお前は俺を殺してでもその方法を聞き出そうとするだろう。お前は良いよ、せいぜい殺せても俺くらいだ。だがな、この子は違うんだよ。この子が一度大切な昨日を守ろうと願えば、大勢の者が傷つく事になるだろう。そう言った戦いは、大なり小なり心に必ず怪物を宿すものなんだよ。セイム・・・・人でさえ季節のように心を変える、この子は、そんな人と言う存在から作り出されたよりカオスに近い存在だ。そんなことは、させてはいけないんだ。だからと言って、この子から力を奪ってしまう事は出来ない。もしそんな事をしてしまえば、この子はたちまちひどい目に合うだろう」


「でも、デイヴィッドさんが誰かを傷つけるかどうかなんて!分からないのに・・・!」


「セイム。起こってからでは遅いんだよ。誰かの心に怪物が生まれてからでは、遅いんだ。誰かの怪物を駆逐するには、別の誰かの怪物が必要になる。最後の一匹になるまでそれは終わらない。セイム。この子をそんな争いに巻き込みたいと思うのかい?どうかそんなことは言わないでおくれ?」


「でも・・・!でも・・・・!」


「ああ、セイム。優しい子だ。誰もがお前をきっと愛すだろう。その連中を、この子に傷付けて欲しくはないんだよ・・・。わかっておくれ」

老人はセイムに歩み寄ると暖かく抱擁した。


「セイム。お前は良い子だ。お前は明日を生きるんだ。それが相応しい。やれるだけの事を精いっぱいやれ。それが間違っていたのか正しかったのかは後で決めればいい」


「・・・・はい」


老人はセイムを開放してデイヴィッドの方を向かせた。

そして、部屋中を這いまわる管が全て纏まる位置にある機械のレバーを操作した。


何かが弾ける音がして、部屋の明かりが消えた。

世界の終焉を告げるような永遠の暗闇と肌寒さが訪れて、セイムは茫然とその場に立ち続けていた。


「・・・戻ろうか、セイム」


セイムは短い沈黙の末、はい。とだけ答えた。

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