小品集
夏目シロ
光と魔法少女
「ねえ、魔法少女って知ってる?」
「子供向けのアニメでよくやってるよね。」
「そうじゃなくてさ、この街に魔法少女が出るらしいよ。」
「何それ。」
「ほんとだって、一組の飯田が見たらしいよ。」
「うっそだ~。」
「ほんとだって。」
コンビニ内で立ち読みをしていた茶髪の高校生らしき二人組は、そんな話をしながら何も買わずに出ていった。
(飲み物でもなんでもいいから買ってけよ。)
心の中で毒づきながらも、ドアが開く音に合わせて『ありがとうございました。』を口にした美和に合わせて、店長からの声がかかった。
「松本さん。ちょっと・・・。」
呼ばれてバックヤードに行き、段ボールの山を見たときに美和はしまったと思った。誤発注をしてしまったのだとすぐにわかった。とても売り切れないくらいのスナック菓子の山だ。
「まだ慣れてないせいもあるかもしれないけど・・・気を付けてね。」
「すみませんでした・・・。」
「半額にして、なんとかするしかないね。」
と、薄毛の頭を掻いている店長を見て、またしても毒づきそうになった。
(私は悪くない。発注を頼んだのは店長で、しかも夜勤が終わって帰ろうとしたときに急に頼んできたくせに。だから私は悪くない。)
同時に早くこんな仕事を辞めてしまいたいとも思った。すると、
「確かに急に頼んだ私も悪かったけど・・・もう少し要領よくできる人だと思ってたよ。」
と、ダメ押しの嫌味が飛んできて、ただただ謝るしかない自分が悔しくなった。悪循環だ。店長に言われて、半額コーナーの用意をしながらそう思った。そもそもの原因はコンビニの仕事は自分が望んで始めた仕事ではないことだと思っている。就職活動で内定がもらえたのが、たまたまこのコンビニの仕事だけだったから働いているだけなのだ。しかし、かといって、自分が本当は何の仕事をしたいのかもわからない。そんなので転職活動がうまくいく自信もないので、この仕事を仕方なく続けているのが本当のところだった。
「まずは三年続けてみなさい。」
電話で親に愚痴をこぼした時にはそんな風に言われた。三年続けて何になるというのだろう。給料も大して高くない。半年間続けた、貼り付けた笑顔を客に振舞っていく作業にも嫌気が差していた。そんなことを考えているからミスをして、店長に叱られ、辞めたくなり、またミスをする。そんな状態が続いていた。
「松本さんは、魔法少女の話聞いたことある?」
客のいない暇な時間になって、パートの中西さんが声を掛けてきた。中西さんは、十年以上このコンビニで働いているベテランだ。社員とベテランパートという立場では少しやりにいくいが、あまり偉ぶらず、こちらの話もきちんと聞いてくれてかなりありがたい存在の女性だ。一時期産休していたがまた復帰してくれた。以前より少しふっくらした印象がある。
「魔法少女って、アニメか何かですか?」
そういえば、立ち読みしていた高校生達がそんな話をしていたような気がした。
「SNSで回ってきたんだけど、すごく話題になってるみたいでね~。この街で見たって人が結構いるみたいだよ。すごくない?魔法少女。まさか本当に存在してるなんてさ、わくわくしちゃう。」
「え、実際にそういう子がいるってことですか?」
「そうそう。動いている動画があるよ。」
そう言って、中西さんはポケットからスマホを取り出して美和に見せた。どこかの住宅街を映しているようで、マンションや一軒家の屋根の上を飛び移りながら走っている何かが見えた。
「これがそうなんですか。嘘っぽいな・・・。」
「これはわかりにくいけど・・・。これなんかどうかな?」
次の動画を見せようとした時に、入店音がしたため中西さんは客の対応に戻っていった。
それから、仕事終わりにまた中西さんが魔法少女の動画を見せてくれた。撮影者が、魔法少女に話しかけている動画だった。しかし、映像が不鮮明で、ぼんやりとしか映像がわからない。撮影者は動画に写そうとすると、急にビデオカメラの調子が悪くなってしまったと説明していた。動画のコメント欄には「やらせじゃね?」というコメントが書き込まれていた。美和もそう思ったが、中西さんは大変すばらしいもののように話していたので、美和はただ相槌を打って聞いていた。子供のころ、魔法少女のアニメにはまった経験があるらしかった。中西さんはいい人だけれど・・・。
(正直、くだらない。)
話が途切れたところを狙って、美和は店を出て自宅に向かった。駅で電車に乗って、この半年ほど続いている自宅と職場の往復を繰り返している日々に、すっかり慣れてしまった自分に気が付いた。髪の毛も伸びっぱなしにしてしまっているので、枝毛が目立っている。なんと無味乾燥なことだろう。唯一心が安らぐのは、電車を降りてから歩く十五分ほどの道のりにある、玄関を電飾で飾っている家だ。いつも横目に見て帰るのだが、今日も電飾に明かりがついていた。柵の上をうねりながら小さな電球が並んでいて、申し訳程度に星の形になっているだけだが、薄暗い中を柔らかく照らしていて癒された。少し足を止めてみたがふと、自分の後ろを誰かが横切っていった気がした。さっと後ろを振り返ってみたが、よくわからない。
「魔法少女?」
ぽろりと自分の口から零れ落ちた言葉に思わず苦笑いをしてしまった。
明け方近くに、地響きを感じて目を覚ました。
「地震?」
そう思った美和の目の前に、得体のしれない何かが目に入った。得体のしれないとしか言いようのない生き物といっていいのかわからない外見をしていた。一つ目で舌がとても長く、ぶよぶよとした毛のない、丸い体をしていた。それが舌を伸ばしながら美和の首に手を当てようとしていた。
「きゃあああ!」
悲鳴をあげながら、美和は咄嗟に自分の手元にあった目覚まし時計を投げつけた。
ちょうど目に当たり、化け物は「ぎゃ!」とうめいてひるんだ隙に美和は自分の部屋を抜けて駆け出した。心臓はどくどくと激しく波打っているのに寒気がする。靴を履いている余裕もない。はあ、はあ、と息を荒げながらとにかくどこか遠くへと思い、アパートの階段を駆け下りた。しかし化け物は、美和の部屋の、窓から出てきて、どしんと地響きを立てるとすぐに美和の前方に周り込んできた。
「ぐおおお!」
化け物の声に美和は、恐怖で足が震えてしゃがみこんでしまった。化け物はじりじりとこちらに舌を伸ばしながら近づいてくる。食われる、と瞬間的に思ってがたがたと体が震えた。こんな訳のわからない奴に食べられて、自分は死ぬのだろうか?頭の中を走馬灯が回っていくのがわかった。そして最近の自分のことを思った。せめて、心の中で悪態をつかずに仕事に邁進した生活を送っていけばよかったなと・・・。思わず目を閉じた美和の耳にごうっ、と強い風が吹く音がして、それと同時に「ぎゃあああ!」と化け物の叫び声が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る目を開けた美和の前には、ショートパンツにブラウスを着た中学生くらいの少女が立っていた。髪の毛はポニーテールにしている。少し異様に見えるのは、手に不思議な模様のついたステッキを持っていることだった。
「え、と・・・。」
「すみません。あんまり詳しいことは教えられないので・・・とりあえずアレのことは任せてください。」
少女は、ステッキを化け物に向かって振り下ろすと、また風が吹いて化け物の体を持ち上げてから地面に叩き落とした。化け物は、喉がつぶれそうな悲鳴をあげた。美和には何が起きているのか理解ができずに呆然としていた。化け物はいったいどこからきたのか?少女はいったい何者なのか?というか、これはもしかして・・・。
「魔法少女?」
ようやくその一言が口から出てきた。
「一応、そう呼ばれてますかね!」
少女は化け物が伸ばしてきた舌をよけながら言った。噂が本当であったことに美和は衝撃を受けていた。こんなに若い子が、化け物と戦ってくれているなんて。
「えい!」
と、少女はステッキを振るってまた風を出し、化け物を転ばせた。
(すごい。)
美和は少し感動した。しかし、今度は化け物が口から粘液をびゅっと飛ばしてきた。
「あっ!」
少女は、粘液をもろに浴びてしまい、怯んだところ、化け物の腕が伸びてきた。間一髪で少女は攻撃を躱した。
「このやろ~!」
少女は、奮起して化け物に立ち向かっていく。見ているだけになってしまっている自分が不甲斐ない。
(本当に魔法少女はいたんだ。私よりもずっと幼いのにこんなことしているなんて・・・。)
なんだか可哀そうだ。失礼なことだと思っても、そんな風に感じている自分がいた。
「くらえ!」
少女はステッキを振るって応戦しており、大変そうだ。きっと、いつ現れるかわからない化け物のことを気にして神経をとがらせたり、友人とも満足に遊べなくなっているのではないだろうか?そして、ただ化け物を倒すという作業を行っているわけではないだろうか?そう考えると、まるで今の自分と同じような境遇なのではないだろうかと思ってしまった。
少女が戦っている様子を見ながら思考を巡らせていると、気のせいか、少女が化け物に押されているように見えてきた。少女による風の攻撃を受けても、化け物はさほどひるんだ様子を見せていない。化け物が強いのではないか?そうしたら少女も負けて、自分も死ぬのではないだろうか。背筋が凍る思いがした。すると、
「あの!」
戦いながら、少女が美和に向かって話しかけてきた。とても話をしている場合ではないはずなのに。
「もしかして、なんかネガティブなこと考えていませんか?」
少女の言葉に美和はどきりとした。
「ど、どうしてそんなことをいうの?」
「この化け物、私たちはデビーと呼んでるんですが、人間のネガティブな思考のパワーを得てパワーアップする性質を持っているんです!お姉さんが、ネガティブだと、私が困るんです!」
少女は、攻撃をさばきながら美和に話しかけた。
「今考えていることをやめて、無理矢理にでもポジティブになってもらえませんか?ポジティブなエネルギーは、私達魔法少女の力になります。お姉さん、死にたくなかったらぜひ!」
「そんなこと言ったって・・・。」
美和が困惑していると、少女は、化け物の舌に弾き飛ばされてしまい、美和のところまで飛ばされてしまった。
「大丈夫?」
「いたた・・・。そんなに気にしないでください。好きで戦っていますから。」
「え、戦うことが好きなの?」
「そうです!」
少女は、誇らしげに胸を張って立ち上がった。
「皆を助ける魔法少女なんて、とっても素敵じゃないですか!私は、学校では地味で目立たなくて、友達もいないんですけど、こうやって皆のために戦えるようになることがとっても嬉しいんですよ。ついでにいうと、化け物をぶっとばせることも爽快感を感じられて気持ちがいいんですよね!」
少女が、ステッキをふるい、化け物に竜巻を浴びせた。化け物は竜巻の衝撃に耐えたがひるんだように見えた。
「今、ちょっと前向きになれたんじゃないですか?」
少女は、明るくこちらに顔を向けた。
「あ、貴方は、自分が好きなことをできてるからそう思えてるのよ。でも、私はやらなきゃならないことを毎日こなしているだけだから。自分が何が好きなのかもよくわかってないし・・・。」
「うーん・・・・・・。」
化け物が、少女に突進してきた。少女は、ぎりぎりのところで化け物を躱した。
「なんでもいいと思うんですよ。好きなものって。本当に思い当たるものってないんですか?」
美和が思いついたのは、帰る時にいつも見る電飾だった。ささいなものだ。しかし、美和の心を躍らせてくれるものだ。そんなものでいいのだろうか。つまらなくないだろうか。
「ほら、ちょっとポジティブになれたみたいですよ。」
少女はステッキをふるって化け物を転ばせた。
「本当に些細なものなのよ。光っているものを見るのが好きなの・・・。星空を見るのも素敵だけれど、人工的な光も悪くないかなって。」
「いいじゃないですか!素敵です!」
少女は美和に笑いかけた。素敵とほめてもらえることがうれしい。自然と美和も笑った。
「そしたらその好きなこと、どんどん成長させてくださいね!」
美和は黙って頷いた。体が芯から温まっていくように感じていると、少女のステッキが輝きだした。
「綺麗・・・・・。」
「いっけええ!」
少女のステッキが風の刃を放つと、化け物の体は真っ二つに裂けた。
「ぐああああ!」
醜い断末魔をあげながら化け物の体は消滅していった。美和はその様子を呆然と見つめていた。
「あ~よかった。勝てて。お姉さんもポジティブになれたみたいで。」
少女は、美和の前に立ち、微笑みかけてきた。美和も少女に笑いかける。
「ありがとう。いろいろと助かったわ。」
「ふふ。やっぱりこういうこと言われるとやっててよかったな~って思えるのよねえ。」
「でも、貴方が一人で戦っていると考えると、少し可哀そうに思うな。」
「他にも仲間がいるから心配しなくていいよ。」
「そうなんだ。・・・応援してる。」
「ありがとう。あ、でもごめんなさいね。」
少女は、美和の額をツンと指先でつついた。と、美和は急に目の前がぼんやりとかすんできたように感じて、ふらふらした。
「これは・・・・・。」
「魔法少女の存在は、伏せられているから顔を覚えられる訳にはいかないの。だから動画にもなるべく映らないような魔法をかけてるんだけどね。まあ、都市伝説みたいな存在のままのほうがいいから・・・・・。」
美和は、少女の言葉をぼんやりと聞きながら眠りに落ちた。
次に美和が目を覚ました時には、美和はベッドの上にいた。何かとても大変な出来事があったような気がしたが、よく思い出せなかった。
「その写真素敵だね!」
美和が休憩中に何気なくスマホをいじっていると、スマホの画面を見て、中西さんが言った。
「駅前のイルミネーションの写真なんです。この時期、とても綺麗なんですよ。」
美和は、にっこりとして答えた。
「美和ちゃん、そういうの見るの好きなの?」
「そうですね。今度函館の夜景も見に行きたいな~って思ってます。」
「いいね、そういうの。彼氏とか作らないとね。」
「いや~出来ればいいんですけどね~。」
二人で談笑しているときに、すみませ~ん、と客の声がしたので、美和は「休憩終わったんで私行きます。」といって対応しにいった。中学生くらいの少女が、パンを持って立っていた。
「ありがとうございます。百二十円です。」
にっこり笑って対応すると、
「いい顔になりましたね。」
と、中学生がつぶやいた。
「はい?」
美和が不思議そうにしていると、中学生は慌てた様子でお金を出して、商品を受け取ってコンビニを出て行った。
美和はその後ろ姿を見ながら、確かに今までは接客も愛想のない顔しかしていなかったが、最近は自然と笑顔ができるようになった気がした。特別コンビニの仕事が好きだともいえないが、イルミネーションの写真を撮るのが趣味になってから、だいぶ楽になった気がする。何がきっかけで写真を撮るようになったのかは覚えていないが・・・・・・。
ふとコンビニの中に清々しい風が吹き込んできたような気がした。
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