第2話 食道楽のトキゾウ

私に料理と食べる楽しみを教えてくれたのは祖父のトキゾウだった。


トキゾウは若い頃は公務員で昭和30年代に大阪に数年単身赴任し、そこで食い道楽になった。


好物は脂っこいものと甘いもの全般。


だがしかし大阪赴任から帰った後急性胆嚢炎で倒れ、激痛のあまり「このまま殺してくれえ~!」と職場で叫んでしまったのを、定年退職した今でも恥ずかしく思っている。


と一度だけ語ってくれた。


昔の手術だったので内視鏡なんてものは無く、腹を大きく切って胆嚢全摘出した。だからトキゾウの胸から下腹部にかけて縦一文字に大きな手術痕が残っていた。


「あれ以来節制して大好きな甘いものもほどほどにしているから健康でいられる」

と語りながら

近所の饅頭屋で買った酒饅頭を10個の内に五個は軽く平らげるトキゾウに私は、


節制?どこが?と心の中でツッコミを入れた。


しかし、あいす饅頭を食べる。クリームシチューを食べる。年金支給日には自ら作ったすき焼きを食べるトキゾウの顔は…


これ以上ないってくらい幸せそうだった。


この人に初めて教えて貰った料理は切り込みを入れたフランクフルトソーセージと目玉焼き。


テフロン加工も無い時代の、油でなじませないとすぐ錆びる四角い鉄のフライパンで作った朝食のおかずだった。


油の引きかた、ガスの火加減、半熟の目玉焼きを作りたかったら少し水を差して蓋をする。


料理の過程の面倒臭い一つ一つに意味がある。という料理の基本を教えてくれた食い道楽トキゾウから貰った遺産は…


料理、という最もお金がかからない道楽。






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