1-11
指定された場所にたどり着くと、そこには既にクロエとその肩に乗る小動物の姿があった。
「……どうして」
こちら2人の姿を認めるなり、彼女はどこか驚いた色を浮かべた。
まるで、2人がここに現れる事が心の底から想定外だったとでも言うかのように。
「……トオルに説得を任せたはずなのに……?」
「何か勘違いしてるようだが、俺たちが来たのは『
「……?」
頭を掻きながら、タイキはぶっきらぼうに吐き出した。
「誰も死なずに『
「全く、素直じゃないわねー。てか、さらっと女の子に手上げるのねアンタ」
「知るか。時代は男女平等だ」
「……本当に、いいの?」
そこでようやく、クロエが再度口を開いた。
「……乗り掛かった舟だ。ここまで来て見捨てられねぇし、こいつが行くってんならなおさら俺だけ逃げられっかよ。……それに、お前が悪い奴じゃないって聞いたからな」
親指で幼なじみを指し、クロエを見つめる。
「……そっか。覚悟はあるみたいだね」
トオルが吐き出すのをふと見やってから、タイキは続ける。
「こいつみたいなギフトは俺には無ぇ。……が、まあ弾避けくらいにはなるだろ。お前が俺でも戦える便利グッズをくれるんなら別だけどよ」
「……」
その言葉に、相手が手を口元に当てた。
伝説の剣か何かを渡してくるのかと思ったが、違った。
「アナタのギフト。同じ事を昨日ワタシも思った」
「あん?」
「蘇生しても何も能力が発現しない。そんな話、今までに聞いた事無かった」
「んじゃ、初めてのレアケースなんだろ」
「そうじゃなくて……。ギフト、本当に発現してない? 目に見える力でなくても、最近変な事は無かった?」
「……クロエ、早めにね。リンカから指定された時間までもうあまりないよ」
ふと、彼女の肩の灰色ネコが空を見上げる。
「あん? そういえばアイツはどこにいるんだ?」
「近くにいるはず。彼女がこの場所を指定したから」
その瞬間。
足元から何かがアスファルトを突き破り飛び出し、タイキの周囲を囲む形で檻を形成した。
「な……っ」
ふと背後を向くと、クロエとマソラも同じように檻に囚われていた。
「な、何だってのよこれ……冷たっ」
檻に触れた幼なじみが、とっさに手を引っ込める。
「……!」
同じようにタイキも手を伸ばすと、半透明な檻からは凍てつくような冷気が感じられた。
まるで氷で形成されたかのような。
「くそ! 何だってんだ……!」
それと同時に、頭上から声が降ってくる。
近くの雑居ビルの屋上、そこに立っているのは。
「あら、弱っちい献上品が増えましたわね」
その人物は手にした扇子を口元に当てると、ニヤリと笑んだ。
「何なのよこれ! 出しなさいってのよ金持ち!」
「……献上品……? お前一体何を……」
2人それぞれの感想を吐き出すと、屋上から飛び降りたリンカは浮かべた笑みを濃くした。
「それよりも! ふざけてる場合じゃねぇだろうがよ! 近くに『
「……ほんと、愚かですわね。まだ気づかないなんて」
ふとタイキは、自分とマソラの隣で同じように囚われているクロエへと視線を向ける。
が、彼女は無言のまま首を横に振った。
「まさか……」
昨日までとは様子の違うリンカは、そこで片手を胸に当てて一礼する。
「おいでませ。我が主よ」
――そんなはずはないと思った。
その言葉と同時、周囲の景色が真っ赤に染まった。
その赤の中から湧き出てくるように現れたのは、タイキたち3人を囲む無数の幽魔の群れと。
「……!」
――あれほど強く、こちらを見下し、そして幽魔と戦う理由を持った彼女が。
近くの雑居ビルを優に超える巨体。
『
――こんなにも簡単に呑まれるなんて。
彼女の口元に浮かぶ笑みが、より一層濃くなった。
「……諦めて。リンカは……もう助からない」
「……!」
ずっと無言だったクロエが、そこでようやくポツリと吐き出した。
「助からないって、一体どういう――」
「言葉通りの意味。今までのリンカはもういない。『
「ふざけんな……っ!」
鉄格子状の檻を掴むが、ただの氷ではないのか壊れるのはもちろん、溶ける気配すら一向に無かった。
そして、そんなこちらの会話など耳にも入らないかのように、数メートル先の彼女は背を向けたまま両手を広げた。
「さぁ、生贄を用意しましたわよ。約束通り、わたくしにさらなる力を寄越しなさいな!」
「……!」
生贄というのは、もちろん罠にはまった自分たちの事なのだろう。
でも、それ以上に引っかかったものは。
「……昨晩、取引を持ち掛けられましたの」
背を向けたまま、ふとポツリと吐き出した。
「わたくしにさらなる力を与えるから、その代償に仲間を生贄として差し出せ、と」
「……!」
それから一瞬だけ彼女はこちらを振り向き、すぐに背を向けた。
「心外でした。仲間などではないのですもの」
「……?」
「だってそうでしょう? わたくしより余程弱いのですもの。仲間とは、自身と同じ強さを持った者を言うのでしょう?」
「このっ……!」
その途端、マソラが『空の
が、生まれた風は檻に触れるなりかき消され、すぐに静寂が戻る。
「……」
ふとタイキは周囲を取り囲む幽魔の群れに視線を向ける。
昨日も見かけた、あの大型の動物のような影たち。
もしこの状況でなければ瞬きもしない内に飛び掛かられ、食い千切られている事は容易に想像できた。
「……どうして」
眼前の背中へと向けて、クロエがつぶやいた。
「……どうして、アナタは――」
「うんざりしていましたの」
その言葉が終わらない内に、相手は口を開いた。
「うざったくて。弱っちくて。ゴミ虫のようで。愚かで。何から何まで、全てが全て。関わり合いになりたくなくて、うんざりしていましたの」
その言葉と同時、彼女はゆっくりと『
「待てっ……!」
とっさにタイキが手を伸ばすが、相手は全く意に介する様子さえ見せなかった。
そしてその歩みが進むと同時に、周囲を埋め尽くす幽魔の群れも左右に割れて道を開けていく。
巨体の元へとたどり着くと同時、『
「ああ……ようやく、ここまで近づけましたわね。わたくしの求める力に。……これさえあれば、わたくしはさらなる高みへ!」
その瞬間が待ちきれないとでも言うかのように、歓喜の色が声に滲んだ。
「そこまで……そこまでしてお前が求める力って一体何なんだ!」
冷たい鉄格子を掴み、タイキは叫ぶ。
「……」
その問いに答えは無かったが、それでも続ける。
「幽魔に復讐するためじゃねぇのかよ! よりにもよってその親玉に取り込まれちまうなんて、本当にそれでいいのかよ!!」
「……復讐? そんな事をして、何の意味がありますの?」
ようやく振り向いた彼女の瞳は、冷たい色を宿していた。
まるで、そんな的外れの質問に答えるのが苦痛だとでも言うかのように。
「わたくしの足元にも及ばないあなたたちには、一生かかっても理解できないでしょうね。力も、お金も、何もかも」
「……っ」
「ま、お金ももう要りませんわ。わたくしには力さえあれば十分ですから」
そう言って嗤うリンカ。
「……それにしても、本当に愚かしいですわね。まんまとわたくしに騙されて、こんなところまでノコノコと出てくるなんて。恨むなら自分の頭の悪さを恨むのですわね」
「てめぇっ……!」
壊れる気配の無い檻を内側から叩き続けながら、タイキは思案を巡らせる。
どうにか、どうにかして、せめてここから逃げ出す手段は無いのか。
何度も考えても、ギフトすら持たない自分では無駄だと次第に理解していった。
そして、彼女の右手には氷の槍が生まれていく。
昨日見たものよりも二回りは大きく、マトモに食らってはまず生きてはいられないと思われる凶器。
それをタイキたちに向けながら、リンカは嗤い続ける。
「ああ、おかしくて笑ってしまいますわ。あはっ、あはははははっ!!」
「くそっ……!」
「愉快でたまりませんわ。難しく考えていた事が、こんなに簡単だったんですもの」
「……ねぇ、全てあなたに言っていますのよ? ……『
瞬間、手にした氷の槍を全力で眼前の怪物の頭部へと叩きつける!
それと同時、タイキたち3人を捕らえていた檻が音を立てて砕け散った。
「なっ……」
言葉を失ってリンカを見上げる。
一瞬だけ見えた彼女の瞳には、はっきりと正気の光が灯っていた。
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