第219話
「諸々の事後処理、うまくいきそうでしょうか?」
一連の騒動が終結してから今日で三日が過ぎた。
シオンたちは、カーミラの城で戦いの疲労を癒すとともに、ステラ奪還に向けた今後の動きについて話し合っていた。
城の客間で次の行き先を四人で協議していた時――不意に扉が開き、カーミラとローランドが入ってきた。
二人が入ってくるなり早々、リリアンが騒動の事後処理の状況について訊いてみた。
「ああ。ヴァーニィが死んだお陰で、こっちの言い分が面白いように通っている。君たちの身分と正体も、何とか誤魔化せそうだ」
カーミラが肩を竦めて微笑すると、一同はひとまずほっと胸を撫でおろした。
次にシオンが口を開く。
「ヴァーニィ家が統治していた領地はどうなる?」
「暫定的には、そのまま私が引き継ぐことになりそうだ。ただまあ、そのうちアルカード家とも話して、他の貴族たちと正式な扱いについて協議することになるだろう。私も、余計な権力を握りたくないしな。託すべきところに大人しく託す所存だ」
この国の内情についても、思ったほど面倒なことにはならなさそうだった。
ヴィンセントが頭の後ろを掻きながら、少しだけバツが悪そうな顔になる。
「そいつはよかったが――なんつーか、俺たちが色々巻き込んじまったみたいで、申し訳ないなぁ」
「それはお互い様だ。君たちがいなければ、今頃私はヴァーニィと無理やり結婚させられ、領地一帯が無法地帯と化していたところだ。その点に限って言えば、君たちには感謝している」
その点に限って言えば――この言葉が含む意味に、シオンは少しだけ表情を険しくした。
「執事のことは、すまなかった」
カーミラに長く仕えていた彼女の執事であるルスヴンを直接屠ったことを、シオンは改めて謝罪した。
カーミラは少し長い息を吐いて一度目を瞑ったあと、気を取り直すように軽く首を横に振った。
「……割り切るのは難しいが、過ぎてしまったことは仕方がない。それに、遅かれ早かれ、あいつは私に刃を向けていたはずだ。君たちが手を下さずとも、別の誰かがルスヴンを倒していただろう」
そう言ってはいたが、カーミラの顔はどこか浮かばれない様子だった。こればかりは、彼女自身が心の中で整理を付けるしかないのだろう。シオンたちがどれだけ謝ったところで、何か彼女の心境にこれ以上の影響を与えることはないのだ。
妙に空気が重くなり――その流れを変えようと、エレオノーラが何かに気付いたように声を上げた。
「ところで、カーミラ様は体の方は大丈夫なの? 顔の火傷もそのままだけど」
カーミラは、ああ、と言って微笑んだ。
彼女の身体の容体については、本人ではなく、ローランドが代わりに説明を始めた。
「まだカーミラの体内にはクドラクが残っていますが、タルボスを投与し続ければそのうち消滅します。そうなれば、彼女は完全に人間に戻り、虚弱だった体ともおさらばできるでしょう。貴族としての力は、なくなってしまいますが」
「貴族の怪力も再生力も、普通に暮らす分には無用の長物だ。手放したところで何の後悔もない。今は日光浴しながらネギ類を使った料理を食べるのが楽しみでな。なんだったら今夜は、ネギパーティといこうじゃないか」
どこまで本気なのかわからないが、カーミラは調子がよさそうにそう言った。
エレオノーラが苦笑して顔を引きつらせる。
「ネギパーティはちょっと……」
そんな冗談を交えたあと――唐突にカーミラの表情が真面目になった。
「それはそうと――ステラ王女の件だったか」
その言葉に、また部屋の空気が張り詰める。
カーミラは、シオンたちが囲む客間のテーブルの前に立つと、何かを懐から出してそこに置いた。
それは、高級洋紙で作られた封筒だった。
「地下都市ランヴァニアに行くなら、私の書状を持っていくといい」
「書状?」
「あそこはアルカードが支配する街だ。あいつも、外から来た人間には敏感に反応する。仮にあの男と何かひと悶着起こしたとしても、私の書状で君たちの身元を保証すれば、よほどのことがない限りはすぐに解放してくれるはずだ。あいつとはそれなりにうまくやっているつもりだからな、私の顔も利くだろう」
書状を手に取り、シオンが眉を顰めた。
「どんな男なんだ、そのオルト・アルカードっていうのは?」
「ある意味で、ヴァーニィより気難しい男かもな。何が琴線に触れるかわからん。ただ、良識は持っている。ちゃんと国の法律を遵守し、人間や亜人にもそれなりの敬意を払って接してくれる点は安心していい。まあ、始めから攻撃的な姿勢で構える必要はないだろう」
人づてだと、今一つ人物像がわからなかった。
シオンはさらに、それとは別に、
「もう一人、確認しておきたい人物がいる」
そう切り出した。
「ヴァン・ジョルジェという人物を知っているか? ヴァーニィはステラの居場所をその貴族から聞き出したと言っていた」
さっきとは打って変わり、カーミラは難しい顔になって、必死に記憶の棚を開け閉めしているようだった。暫くして、ようやく目当ての記憶を引き当てたようだが、
「アルカードの従者ということくらいしか私も知らないな。長いことアルカードに仕えている男だが、どうして奴が王女の居場所を知っていたのかは、私も検討がつかない」
詳しい情報は、彼女も持っていないとのことだった。
うーん、と、ヴィンセントが首を捻る。
「王女の居場所を知っているってことは、普通に考えれば、そいつが教会と通じているってことだよなぁ」
リリアンが同意するようにヴィンセントを見遣った。
「ヘンリー・ヴァーニィによれば、アルバート様たちの対応もその男がしているとのことでした。もしすべての話が本当だとすれば、我々騎士団の狙いがステラ様の奪還であることが、ヴァン・ジョルジェを通じてオルト・アルカードへ知れ渡っているかもしれません」
それを聞いて、カーミラが憂いを帯びた溜め息を吐く。
「確か、表立ってこの国に来た騎士たちは、建前上この国と教会の関係改善を目的にしているんだったか。もし、建前の裏に真の目的があることがアルカードにバレたら、あいつは簡単にへそを曲げるだろうな」
ヴィンセントが疲れた顔でソファの背もたれに体重を預けた。
「アルバートたち、もしかしたらやべぇことになってるかもな。どうする? このまま王女のいる場所に向かうか、それともアルバートたちと合流するか」
訊かれて、リリアンは暫く無言になった。
それから数秒の間を置いたあと、徐に口を動かす。
「……もし仮にアルバート様たちの身に何かあったとすれば、恐らくは今頃、新聞等で何かしらの報道がされているものと思われます。ですが、現時点でその件に関して特に何も情報が出ていません。となれば、アルバート様たちはまだご無事である確率が高いです」
「先にアルバートたちと合流するんだな?」
シオンの問いに、リリアンは頷いた。
「はい。ステラ様の護衛に、教皇自ら付いているという話もヘンリー・ヴァーニィから聞いています。ステラ様の奪還には、可能な限り万全の状態で臨むべきかと」
リリアンの意見に、異議は出なかった。
そうやって話がまとまったところで、
「話は決まったか?」
カーミラが両手を叩いて、その場を仕切り直した。
「そうと決まれば、充分に英気を養う必要があるな。大したもてなしはできないが、出発するまでの間はここを自分の家だと思って寛いでくれ。今夜の食事も、豪勢だぞ」
暫しの休息が与えられたことに、シオンたちは少しだけ心を穏やかにした。
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