第215話

「なんつーか、自己顕示欲の塊見てぇな城だな。あれ、見てくれは古い建築様式だが、昔からある城じゃねえだろ? テーマパークかっての」


 ヴィンセントが双眼鏡を覗きながら、趣味が悪いと、辟易した声で言った。

 レイマン湖畔にあるヴァーニィの居城から数百メートル以上離れた茂みの中に、シオンたちは身を潜めていた。


 カーミラが攫われてから今日で二日目――シオンたちは、ヴァーニィの居城を襲撃するための下見をしていた。二十一時を過ぎた夜の空気は肌寒く、曇り空のせいで視界はあまりよくない。

 だが逆に、その暗さが、ヴァーニィの城の存在感をこれでもかと際立たせていた。城の周囲に設置された照明が、これ見よがしにライトアップしているのだ。先のヴィンセントの発言も、それに起因したものである。


「あの城は今から十年くらい前に、ダムと一緒にヴァーニィが建てました。この地域で獲れる高級食材の魚介類を気に入り、それを独占するために」


 ローランドの説明を聞いて、エレオノーラは顔を顰めた。


「絵に描いたような馬鹿の金の使い方だね」

「ここも昔は湖ではなくただの大きな河だったのですが、ダムが造られたせいでこのような地形に変わってしまい……」


 レイマン湖畔が囲う湖は、ダムによって生まれた人造湖だ。河の北側が内陸からの上流、南側が海へと続く下流となっており、ちょうどその中間あたりにダムが存在している。ヴァーニィの居城はダムのすぐ傍らに聳え立っており、西側の切り立った山にも隣接していた。


 シオンたちが隠れる茂みは、ダムと城から見て北側に位置している。ここからだと、ダムでせき止められた南側の様子はわからなかった。


「下流の方にヒトの集落はないのか?」


 下流側を気にしたシオンが、ローランドに訊いた。


「ダムが造られる前はありました。ですが、ダムのせいで普段は水が干上がっているうえ、ヴァーニィが事前連絡もなしにその時の気分で放流するので、とても生物が生きられる環境ではなく、今となっては海岸まで誰も住んでいません」

「なら、決壊させても一般人への被害はないんだな」


 シオンの不穏の発言を聞いたエレオノーラが堪らず渋い顔になった。


「まーた過激なこと考えてる……」

「過激ではありますが、ダムを決壊させるという作戦はわたくしも賛成です」


 賛同の意を示したリリアンに、ローランドが狼狽する。


「し、しかし、不用意にヴァーニィを刺激するようなことをしてしまったら、カーミラが――」

「ヘンリー・ヴァーニィがカーミラ様を攫ったのは、彼女の権力を掌握するためです。権力というのは、それを持つ本人が生きていてこそ効力が発揮される物。丁重に扱いこそすれ、そう簡単に人質のような盾にはしないでしょう」


 ヴィンセントが双眼鏡を外し、嬉しそうに笑った。


「こっちは存分に暴れられるってわけかぁ。加減しないでいいのは助かる」

「アンタたち、全員思い切りが良すぎでしょ……」


 騎士たちの大胆かつ好戦的な振る舞いに、ローランドだけではなくエレオノーラも呆れ顔になった。

 それを尻目に、リリアンがヴィンセントから双眼鏡を受け取り、城の周辺の観察を始める。


「それはそれとして――ですが、仮にわたくしたちがあの城を襲撃した場合、恐らくヘンリー・ヴァーニィはカーミラ様を連れて逃走すると思われます。手練れの部下を悉く倒されてしまった以上、今の彼に我々に立ち向かってくる度胸はもはやないでしょう。そうなると、大きく東西南北で逃走先を考えた際、二つの選択肢があると思われます。一つは、北側の湖畔――ちょうど今、わたくしたちがいる方向に向かって逃げる経路です。もう一つは、東側のダムを使う経路――恐らく、隣接している城とは非常口などで内部的に直結しているものと予想されます。こちらも逃走経路として充分に考えられます」

「西と南は逃走先の選択肢に入らないの?」


 エレオノーラの問いかけに、リリアンは首を横に振った。


「西には傾斜の激しい山がすぐ傍にあります。いかに吸血鬼といえど、逃走先とするにはいささか無謀な経路です。あの城がつい十年ほど前に建てられたということを考慮すると、険しい岩壁をわざわざ掘り崩して非常用のトンネルを作っているとも考えにくいです。それと、南はダムで水をせき止められている方角になります。わたくしたちがダムを決壊させて水を放流させてしまえば、選択肢としては自ずと外れるでしょう」


 リリアンの隣で拳銃の手入れを始めたヴィンセントが、うんうん、と頷く。


「なるほどねぇ。で、どうやってあの白豚を追い詰める?」

「逃走先の候補である北、もしくは東の経路のどちらか一方を潰し、もう一方にヘンリー・ヴァーニィを誘い出します。そこで、カーミラ様を救出し、ヘンリー・ヴァーニィを捕縛するという作戦です」

「んで、ダムを潰して北側に誘い込もうって魂胆かぁ?」

「普通に考えれば、仰る通りです」


 含みのあるリリアンの回答に、今度はシオンが小首を傾げた。


「普通に考えれば?」

「仮にダムを先に破壊した場合、恐らく相手も同じような作戦をすぐに思い浮かべるでしょう。となると、大人しく北側に逃げ込むとは、素直に考えにくいです」

「意表をついて東側のダムを通って逃げる可能性もありか」

「はい。さらにその裏をかいて――ということも容易に考えられます。そこが悩ましいところです。わたくしたちの頭数が多ければ人海戦術で北と東の両方に人員を配置して待ち構えることも出来たのですが、今回はたったの五人です。できれば、人員は分散させたくありません」


 逃走先を二つにまで絞ることはできるが、人員が少ないがために、どちらかに山を張る必要があるということだった。

 シオン、エレオノーラ、ヴィンセントの三人は、妙案が浮かばずに悩んだまま黙ってしまう。そんな時、不意に、ヴィンセントが何か閃いたようにローランドを見遣った。


「ローランド・デクスターくん、現地人代表として、君の意見を聞いてみようか」

「え、えぇ? 僕のですか?」


 まさか自分に振られるとは思っていなかったと、ローランドは露骨に声を上ずらせて仰け反る。

 シオン、エレオノーラ、リリアンも、ローランドに熱い視線を送った。


「是非、お願いいたします。吸血鬼たちの習性や、考え方については、我々よりもデクスター様の方が詳しいはずです。些細なことでもよいです。何か情報があれば」


 四人に見つめられ、ローランドは戸惑いながらも思案を巡らせる。眉間に皺を寄せ、両腕を組んで小さく呻った。

 五秒ほどそうしたあと、徐に口を開く。


「……僕は、ダムを通って逃げると思います」

「何故でしょうか?」

「貴族は何よりも太陽の光を嫌います。北側の湖畔側へ逃げるとなると、日光を妨げるものが何もありません。ですが、ダムの中だと、最悪朝日が昇ってしまったとしても、日光を避けることができます。それに、城の対岸側にはここから歩いて行ける距離に街もあります。小心者のヴァーニィであれば、精神的な安定を確保するために、そちらを選ぶと考えます」


 ローランドの見解は、一同を納得させるのに充分な根拠だった。


「城への突入は、朝日が昇るギリギリの時刻を狙いましょう。カーミラ様にもリスクを負わせてしまいますが、ヘンリー・ヴァーニィがより確実にダムのある東側へ逃げる選択肢を取るようにしておきたいです」


 改めてリリアンは全員を見渡した。


「ダムを決壊させた後は時間との勝負になるでしょう。皆さま、どうか迅速なご対応を」

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