第185話
アルバートたち三人の騎士が武器を手にしたことで、大公園に緊張が張り詰めた。武装した騎士の登場に不穏な空気を感じ取った一般人たちが、我先にと一斉にこの場から立ち退いていく。
「無駄な抵抗はしないでもらおう。私たちの言う通りにできないというのであれば、実力で君たちを排除する」
アルバートが長剣を手に静かな声でそう言った。
シオンたちはベンチから立ち上がり、各々スーツケースから武器を手に取る。
「俺たちは総長の許可を得てステラと同行している。それはアンタらも知っているはずだ。それでもまだステラを騎士団の管理下に置いたうえで、俺を始末する必要があると思っているのか?」
シオンの言葉を聞いたレティシアが、双剣の片方の剣先を前に出しながら、鋭い視線を返してきた。
「無論だ。ここまで事態がこじれたのは、貴様が自分勝手に暴れた結果に他ならないだろうが。教会内部での騎士団の立場が急落したばかりか、事実上、十字軍の存在も認めざるを得ない状況になっている。これ以上、ガイウスの力を無駄に強めるようなことをしてたまるものか」
ユリウスが煙草を地面に投げ捨て、鋼糸を仕込んだグローブをはめ直す。
「それ、副総長に言ってやれよ。こんなややこしいことになった元の原因は、あの人の企みが発端だろ」
セドリックが大剣を握り直し、小さく鼻を鳴らす。
「そうだ。だからこそ、俺たち議席持ちの三人が今ここで落とし前をつける。ステラ王女を保護し、騎士団の戒律に基づき黒騎士を排除する――それでようやく、騎士団としての面子と体裁が保てるというものだ」
プリシラは嘆かわしそうに首を横に振り、長槍を握る両手に力を込めた。
「お言葉ですが、今更そのようなことで状況が好転するとは思えません。すでに教皇庁と騎士団は対立関係にあります。百歩譲ってステラ様を保護することに意味があったとして、教皇庁の機嫌を取る必要がない今となっては、黒騎士討伐に何の有効性もないのでは?」
「意味ならある」
アルバートが即座に否定した。
「シオン、君は野放しにしておくにはあまりにも危険な存在だ。ラグナ・ロイウでの十字軍による粛清騒動、あれも君がいなければ回避できたかもしれない。君が十字軍と直接戦闘してしまったがために、あれだけの大事になってしまったんだ。そのせいで、いったいどれだけの無関係な命が散っていったと思う?」
尤もらしく言い放つアルバートだったが、それを聞いたエレオノーラが心底腹立たしそうに歯噛みした。
「それをシオンに言うのはお門違いでしょ。あの街で空中戦艦使って砲弾撃ち込んできたのは十字軍なんだから、あいつらに文句を言いなよ」
「だが現実問題、十字軍はその正論がまかり通る相手でもない。君の行動は、十字軍――ひいては教皇を必要以上に刺激しているとしか思えない。これ以上彼らに過激な行動を取らせないためにも、君という存在を今ここで確実に無力化しておく」
アルバートたちは、どうあってもこちらの主張を認めるつもりはない様子だった。騎士団の手から離れた状態のステラとシオンは、彼らにとっては大陸社会を混乱に陥れる危険分子以外の何者でもないのだろう。
言葉による彼らの説得が到底意味をなさないことは、この短いやり取りの中で充分に理解できた。
「俺の首が転がっていたところで、あいつらが大人しくなるとは思えないがな」
しかし、だからといってアルバートたちの考えを素直に受け入れるつもりも、シオンにはなかった。今この局面で騎士団があるべき姿に体裁を繕えたところで、大陸の世論はすぐには変わらず、また教皇庁率いる十字軍の動きに何か大きな影響を与えることもないのだ。
シオンは軽く目を瞑り、嘆くように顔を顰めた。
「さあ、どうする? 私たちに従うか、それとも――」
「アルバート。俺たちがどうなっても、エレオノーラだけは見逃してやってくれ」
シオンが、アルバートの言葉を遮ってそう言った。
エレオノーラは驚き、シオンに詰め寄る。
「シオン!? アンタ、急に何言ってんの!?」
「俺たちに何かあった時は、お前がステラを守ってやってくれ」
狼狽したエレオノーラだったが、シオンの真剣な表情を見て、少しだけ悲しそうに眉の先を下げた。あ、と小さく声を漏らし、視線を外しながら一歩引き下がる。
大人しくなったエレオノーラの傍らで、シオンは改めてアルバートを見遣った。
「ステラはああ見えて頑固だ。自分が信じた奴の言うこと以外は聞き入れないだろう。だから、俺たちがどうなっても、エレオノーラだけはあいつの傍に置いてやった方がいい。エレオノーラの言うことなら、ステラも耳を傾けてくれるはずだ」
「“紅焔の魔女”は教皇の隠し子だ。教皇罷免の計画には欠かせない。君に言われずとも、彼女の身の安全は保障しよう」
アルバートが了承すると、シオンは再度エレオノーラに向き直った。
「エレオノーラ、お前はこれから大統領府に行って、ステラの傍にいてやってくれ」
「でも――」
「会談が終わった後、誰も迎えに行かなかったらあいつが拗ねる」
シオンは微かに柔らかい顔つきになって、少しだけ冗談めかしてそう言った。
エレオノーラにステラを守ってもらいたいというのは紛れもない事実である。だがそれと同じく、彼女を騎士同士の戦いに巻き込みたくないという思いもあった。エレオノーラは高名な教会魔術師であり、その戦闘力も並の教会魔術師とは一線を画すものだ。しかしそれでも、騎士が全力でぶつかり合う戦いについていくのは至難の業だろう。まして、敵は議席持ちの騎士が三人である。冷たい言い方をすれば、足手まといになることも充分に考えられた。
エレオノーラもそのことは理解しているようで、それ以上シオンに食らいつくようなことはしなかった。
一方で、
「……今度は、“あの時”とは違うからね」
今にも泣き出しそうな顔になって、シオンにそう言ってきた。
彼女の言う“あの時”とは、以前、ログレス王国のグラスランドでアルバートたちと交戦した時のことである。
「もしあの時と同じようなダメージを負えば、今度こそアンタは死んじゃうかもしれない」
「わかってる」
エレオノーラが、徐にシオンから距離を取る。
「死なないで」
「次は負けない」
静かだが、それでいて力強いシオンの言葉を聞いて、エレオノーラははにかむように小さく微笑んだ。それから彼女は、大統領府へと駆け出していった。
エレオノーラが充分に離れたことを確認したあと、シオンは刀を鞘から引き抜いた。
同時に、ユリウス、プリシラ、アルバート、レティシア、セドリックが構える。
「行くぞ!」
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