第44話
人混みをすり抜けながら、シオンは街の中心部に向かって行った。できるだけ人の流れが多い場所を目指しているのだ。
周りに大勢の人がいる限り、騎士は自分を攻撃してこないだろうとシオンは踏んだ。仮に、もしここで交戦すれば、周囲への被害は当然避けられない。それは騎士の立場であれば好ましいものではないはず――そう思いながら、シオンは大広場へと向かった。
大広場に到着すると、そこでは家族連れやカップルなどが、仲睦まじい様子で談笑をしていた。
シオンは、それらを赤い双眸に映しつつ、呼吸を整えながら意識を集中した。
それから間もなくして、
「そう身構えずとも、今ここで事を荒立てるつもりはございません」
空気が一瞬で凍り付くような、冷たい女の声がした。
シオンは、体の一切を動かさなかったが、途端に目つきを鋭くする。
そして、その声が起きた方――自身の隣を、徐に見遣る。
少し離れたところに立っていたのは、一人の女だった。
純白のスーツとコートを身に纏った、新雪のような光沢を持つ銀髪の女――シオンの記憶にあるかつての女とは少し身なりが変わっていたが、同一人物であることに違いなかった。
「プリシラだな?」
その名を口にすると、女は顔だけをシオンに向けた。
ショートカットの銀髪は綺麗に梳かされており、目元は横一線に切られた前髪で隠されていた。そのため、彼女がどのような表情をしているのかは、はっきりとわからなかった。
「覚えておいでですか、私のことを?」
プリシラは、頭を正面に向き直したあとで、淡々とシオンに訊いた。
シオンはプリシラに向き直った。
「ああ。少し、背が伸びたな。髪も切ったのか」
なんてことない世間話――しかし、両者の声色は、警戒している時のそれだった。
「あれから約二年経ちましたので、それなりに容姿、装いは変わります」
「俺を捕まえに来たのか?」
「はい」
シオンの質問に対し、プリシラは抑揚のない声で答えた。
「お前一人か?」
「お答えできません」
「いつからこの街にいた?」
「お答えできません」
シオンは小さく息を吐いて、プリシラを訝しげに見遣る。
「何でわざわざこうして接触してきた? 投降の勧告でもしに来たのか?」
「それもあります」
「それ以外にも理由があるのか?」
プリシラはそこで、改めてシオンの方を向いた。
「かつての師と、せめて別れの言葉を交わしたかったから」
そして不意に、そう呟いた。
それを聞いたシオンが、微かに目を伏せた。
「……そうか」
プリシラはそのままシオンの方へ歩みを進め、彼とすれ違った。その間際、
「明日の正午ちょうどに、この街の工業地帯にある大煙突近くでお待ちしております。もしお越しいただけなかった場合は、この地で貴方の魂を天へ還します」
プリシラがそう囁いた。
シオンは振り返り、その背に向かってやや呆れ気味に声をかける。
「この街にいる間、俺をずっと監視するつもりか? 夜中に俺が街から出たらどうするつもりだ?」
「かつて貴方の弟子として常に行動を共にした身です。どこへ行こうと、いかようにも」
「俺に勝てるつもりか?」
「策は講じております」
シオンは複雑な面持ちで目を閉じ、肩を竦めた。
「小心者が、随分な自信家になったな」
そう言った時にはもう、プリシラの姿は大広場から消えていた。
「……あの様子だと、ステラたちの存在にも気付いているだろうな」
今後の行動指針をどうするか、シオンは悩みながら、夜に染まりつつある曇天の空を軽く仰いだ。
果たして、ステラの素性までプリシラに割れているのか――それが、一番の気がかりだった。
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