どうしたって! 消せない夢も! 止まれない今も! 誰かのために強くな(以下略

「やったわ!」


 もちろんやっていない。

 早々に背を向けてしまったメルロレロは気付かない。ござの材料になるイグサの光合成。酸素の指向性を操ることで炎の軌道を自分から逸らしたのだ。息を潜めたボーイが、十分距離が開けるのを待つ。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ッ」


 そして。


「死に晒せやクソガキャああ!!」


 果物ナイフを投擲する。反応が遅れたメルロレロの右肩にざっくりと突き刺さる。


「――――ッ!?」

「ギャハハハハ! 身の程弁えろが!!」


 痛みに呻くメルロレロの下腹をボーイの蹴りが突いた。風を操る『オーツー』の魔法に妙な因縁でもあったのかも知れない。さっきよりもイラついているような雰囲気だった。


「げ、っほ⋯⋯が⋯⋯⋯⋯ッ」

「オラオラ、きちっと喋れや!」


 口から透明な粘液を吐く少女に、ボーイは拳を連打する。わざと痛ぶるように、小柄な体躯を執拗に。


「ぎ、あ⋯⋯!」

「ホラホラ、懇願してみろよ、助けてくださいってなあ。言っても殺すけどなあ!」


 ついに膝まづいた少女の横っ面を蹴り飛ばす。えづきながら悶絶する少女を見下しながら爆笑する。調子に乗った相手の鼻っ柱を折るのは、いつだって気分が良い。


「こ、んの⋯⋯⋯⋯ッ!」


 睨み返し、右腕を振おうとしてメルロレロ。魔法を発動する前にその腕をコードが巻き上げる。唐突な浮遊感に、意識が混濁した。が、次の瞬間。


「あん? ガキンチョのくせに色気付いてやんな」


 無遠慮な言葉に意識が覚醒した。逆さ吊りされる少女のゴスロリ服は盛大に捲り上がっていた。二重にレースがついた水色のショーツがお披露目される。


「――――――ッッ!!!?」


 羞恥に顔を茹で上がらせた少女が我武者羅に抵抗する。足を振り回すが故に余計にあられもない姿が晒される。そんな無様な姿を見てボーイはわざとらしく失笑する。癪に触った少女がより一層暴れ回る。


「無様過ぎて愉快だな、お前。女は色気だぜ?」


 煽るようにボーイが吐き捨てる。

 顔を赤や青に染めながら、少女は必死に腿を閉じる。それでも完全に捲り上がった裾はその用を為していない。肉の薄い尻たぶが丸見えだった。


「じゃ、そろそろ飽きたし殺すか」


 目前に果物ナイフをチラつかせる。標的が恐怖に引き攣らせる表情がこの上なく好きだった。身動きを封じた少女をどうやって痛ぶってやろうかと、そう考えて剥き出しの太ももに手を伸ばす。

 だが。


「フェア、ヴァイレ⋯⋯⋯⋯ドッホッ!!」


 それは魔法の呪文だった。少女が怪物に変貌する。

 拘束されたメルロレロが膨張する。拘束から解かれた異形が膨張を続ける。宙に浮かんだのは水色の魔本。開いたページから飛び出すのは巨大なマネキンだった。


「んな!?」


 ござを広げるボーイに陶器のような大質量がのし掛かる。理外の拳に思わず身体が硬直する。ござを盾のように広げるのに精一杯だった。威力を減衰したとしても、まともに食らったボーイが血飛沫と共にぶっ飛ばされる。


「な、舐めやがって、このアマ⋯⋯⋯⋯!」


 無機質な巨大マネキンは、どこか神秘性すら連想させた。屹立する童話の女王。小娘一人にいいようにされた事実が、極悪魔人のプライドを刺激する。ここまでコケにされて黙ってはいられない。


「テメエ、覚悟は出来てるんだろうな⋯⋯?」


 ゆっくりと後ろに下がる女王に、鼻血を拭きもせずボーイが接近する。コードで縛り付けて解体する。そんな歪な決意を固めた男が、その足を力強く踏み込んだ。

 ずるり、と。

 バランスを崩したボーイが地面に転がった。理解が追いつかない。右足の踏ん張りが全く効かなかった。当たり前だ。右の、踝から先が消失していた。這い蹲るボーイが見たのは、一面鋭い牙が生えたページを広げるハードカバーの本。マネキンの使い魔だと気付くと同時、痛覚が爆発した。声が。悲鳴が。痛い。痛い痛い。転げまわる先、本の使い魔がさらに三体噛みついた。肉が食まれて、骨が嚙み砕かれ、鮮血が噴出する。爆発する痛覚が、徐々に鈍っていく。ボーイは両手両足を振り回して抵抗した。勢いよく血が飛び散り、大量出血に頭が蒼白になる。痛い。それでも痛い。紙の槍が魔人の四肢を縫い留めた。抵抗が封じられ、手足の先から、使い魔たちに咀嚼されていく。生きながら肉を奪われる怖気。痛みが、止んだ。意識が現実に引きずり込まれる。恐怖と絶望を。そして、目前の死を。

 心臓が脈打つたび、血が使い魔を染めた。

 ボーイは叫んだ。


「クソが! クソが!!

 こんのアマがあああああああああああああああ――――ッッ!!!!」


 有利を取ったと判断すると、マネキン女王は前に出た。大質量の拳を振り落とす。何度も何度も、執拗に。

 ひとたまりもなかった。じわじわ痛ぶらずに、速攻で勝負を決めれば勝てた目は大きい。しかし、魔人の嗜虐性はそれを良しとしなかった。マネキンに嬲られながら、使い魔どもに肉体を蝕まれる。そんな結末に至るとしても、その性根の根本は揺るがない。


「ぶっっ殺す!!」


 そんな宣言と共に、魔人は生命活動を止めた。その肉体を完膚なきままについばまれる。

 童話の女王が震えた。







「――――跡取りはお前と認めよう。純利益の二割は私の口座に振り込むのを忘れるな。定款に明記しているぞ」


 親方様が童話の女王に言った。しかし、すっかり怪物の本性を現した彼女がまともに応対するはずもない。勝利条件だけ果たすと、親方様に背を向けて進む。


「屑め。お前だけ辞職するのか? 大勢の者が働いたというのに お前だけが何も失わずのうのうと生き残るのか?」


 責めるような口調も、怪物の心には響かない。無数の使い魔に囲まれ、親方様が焦る。


「メルロレロ待て! 待ってくれ頼む! 私の意思を、思いを継いでくれ! お前が!!」


 多分、このマネキンに人の話を聞く機能は備わっていない。


「メルロレロ! メルロレロ行くな! 私を置いて行くなアアアア!!」


 ヘイトが溜まってきた社長のポジションを売り、不労所得で千年生きていく望みが霧散する。失態を適当に押し付けてすぐに返り咲けるはずだったのに。

 必死で伸ばす手は届かない。水色の怪物はゲーム世界から姿を消した。







62番、ぱわはら

メルロレロ・ルルロポンティvsボーイ

→勝利者、メルロレロ・ルルロポンティ

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