第4話 大人の関係
「えっと、その……君が、『パパ活』を……?」
あまりに想像とかけ離れた可憐な少女が来たことに、俺は混乱してストレートに言葉をかけてしまった。
「はい、えっと、でも……その、お食事とかご一緒するだけなんですけど、それでもよろしいですか?」
「食事……ああ、そうだね……うん、俺もまだ初心者……というか、今日君に会ったのが初めてなんだ。だから逆にいろいろ教えてもらっていいかな?」
まだおそらく十代の女の子ということもあり、なるべく優しく声をかけた。
すると彼女はほっとしたような笑顔を浮かべて、
「はい、よろしくお願いしますね」
と会釈してくれた。
彼女が席に着いたところで、店員が注文を取りに来たので、とりあえず二人で紅茶を頼んだ。
ちなみに、残念ながらこの世界にコーヒーは存在しない……俺が知らないだけかもしれないが。
個室になっていることもあり、ここで彼女にいろいろ話を聞いてみることにした。
「えっと、ミリアさん、だったね……その名前で呼んでいいのかな?」
「はい、呼び捨てで良いですよ。あと、えっと……なんてお呼びすればいいですか?」
ここで、俺が名乗っていなかったことを思い出し、「ハヤト」と本名を教えた。
「ハヤトさん、ですね。冒険者さんですか?」
「ああ。一応、三ツ星なんだ」
「へえ、凄いんですね」
ニッコリと笑顔を浮かべる彼女……ただ、言葉とは裏腹に、あまり驚いてはいない。たぶん、冒険者のランクなど気にしていないのだろう。
「でも、始めたばかりでギルドマスターのシュンさんに紹介してもらえるなんて、ひょっとしてお知り合いだったのですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……まあ、縁があったってことかな」
「そうなんですね……じゃあ、私とハヤトさんが出会ったのも縁、ですね」
わりと気さくに話しかけてくれる。まったく会話が弾まなかったらどうしよう、と思っていたので、まずは一安心だ。
「それで、さっきも言ったように、まだこのギルドは慣れていないんだけど……先にお手当渡しておいた方がいいのかな?」
その言葉に、ミリアの表情はぱっと明るくなった。
「はい、そうしていただけると嬉しいです」
「いくらが必要なのかな?」
「えっと、今回は顔合わせでお茶だけなので、0.5でお願いしても良いですか?」
ここで言う0.5は五千ウェン、ということだ……最初は五千~一万、と聞いていたので、安い方だ……っていうか、彼女、結構慣れてるな……。
そして俺はシュンから事前に聞いていたとおり、小さな紙袋に入れた五千ウェン銀貨を渡した。彼女は満面の笑顔でお礼を言ってくれた。
ここでお茶が届いたので一旦話を中断。ちなみにこのお茶の値段は五百ウェン。もちろん、これも俺が支払うことになる。
「えっと、ミリアが『パパ活』を始めたのは、やっぱりお金のため?」
店員が戻った後、あまり慣れていない俺は、またもストレートにそう聞いてしまったが、彼女は笑顔を絶やすことなく
「はい、今の本業、あんまりお金にならなくて……すごく助かるんです。あ、でも、その……安易な『大人の関係』は望んでいないので、もしハヤトさんがそういうのが目的だったらごめんなさい……」
申し訳なさそうにそう言う彼女を見て、たしかに残念に思う気持ちもあったが、それ以上にほっとした。
「いや、それでいいと思うよ」
「そう言っていただけると助かります。中には、お断りしてもずっと誘ってくる人がいますので……といっても、私もまだ五人ぐらいしか会ったことがないんですけど」
たしかに、この容姿ならしつこく誘いたい男の気持ちも分かる……が、ここは紳士の対応をしなければ。
「そっか……ちなみに、やっぱりみんなそういう関係を持ちかけてくるのかな?」
「はい、今までの人は全員……それを断ると、たいてい次は会ってくれなくなります。多くても二回ぐらい。他にもいい女の子、いっぱいいるみたいで……」
うーん、やっぱり男はそういう目的が多いのか……いかに可愛い女の子でも、食事してお小遣いを渡すだけ、っていうのは無理があるか……。
「そっか……あ、でも俺はもうちょっと会いたいと思うけどな」
「本当ですか? ありがとうございます!」
彼女にまた笑顔が戻った。
「ところで……本業って、何しているか聞いても良いかな?」
「はい、一応、女優をやってます」
「……女優!?」
意外な答えに、ちょっと間の抜けた声を上げてしまった。
「はい、といっても、正確には役者の卵、っていう感じですけど……仲間と小さな劇場を借りて、不定期に公演をするっていう感じです。一応、大きな劇場のオーディションなんかも受けようとしてはいるんですが……それ以外は、掃除のアルバイトとか、給仕の仕事とかも時々しています。でも、そうすると練習する時間とかが短くなっちゃって……」
彼女の容姿で、しゃべり方もハキハキとしていて可愛い声だし、たしかに女優として向いているかもしれないが、それでもなかなか芽は出ていない、ということなのだろう。
だが、この子、相当良いところまで行けそうな気がする。なんとなく、淡い金色のオーラのようなものが見える気がしてきた。
「それで、『パパ活』なら、短時間でお金を稼げるかもしれない、と思ったんだな……でも、ちょっと危ない面もあるんじゃないかな?」
「そうですね……中にはちょっと怖い人もいましたから、もうやめようと思ったんですけど、シュンさんのご紹介でハヤトさんと会えて、安心しました。凄く優しくて、カッコ良くて、いい人そうですから……」
笑顔でそう褒められると、お世辞でも嬉しい。
「……それと、もう一つ……『パパ活』を始めた理由があって……」
彼女は、急に顔を赤らめて、モジモジしたようにそう言った。
「あの……他の人には言ってなくて、ハヤトさんだから言うんですが……実は私の『スポンサー』になってくれる人と出会えればいいな、って……」
トクン、と鼓動が跳ね上がるのを感じた。
女優を目指す少女の「スポンサー」ということは……。
そういう話を、俺も噂で聞いたことはあるが……。
「……それは、その……相応のお金を支援するっていうことなのかな……」
「はい、もちろん、それを望んでくれる方がいらっしゃれば、ですが……あと、私がそうなっても良いかなっていう人だったら、ですけど……そうしている先輩方、たくさんいますし、その、私も覚悟、決めた方がいいのかなって思ってて……」
「……ということは、それは『大人の関係』もあるってこと?」
「えっと……はい……」
真っ赤になってうつむきながらそう話す彼女を見て、俺の心臓は早鐘を打ち続けていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます