第3話 美少女

「それが裕福な大人のつとめってやつじゃないっすか? 若い娘と普通に恋人同士になれるような歳じゃない場合がほとんどっすからね……それに接待を伴うお店で綺麗な女性を指名して楽しくお酒を飲めば、そのぐらいすぐに飛んでいくっしょ?」


「……まあ、それはそうだが……」


 高級な酒を飲みながら美女と楽しくおしゃべりをする、という店がこの世界にも存在し、短時間で驚くほど高額の料金を取られることもあった。


「けど、一万ウェンか……素人の女性と食事するだけでそれだけ払わないといけないものなのか?」


 この世界の一万ウェンは、肉体労働者が一日八時間働いて、やっと手にすることができるだけの金額だ。安くはない。


「それは、利用者……つまり『パパ』がどう考えるかっていうだけっす。それにさっきも言ったように、『大人の関係』の前段階っていう意味もありますし……」


「そう、それが気になってたんだが……そうなるためにはまた別の料金が発生するんだろう?」


「そうっすね……交渉次第っすけど」


「それだけあったら、普通は娼館に行くんじゃないのか?」


 この世界には『娼館』が存在し、冒険者達はそこを利用する者も多い。

 それ以上の料金を支払ってまで『パパ活ギルド』を活用する意味が感じられなかった。


「確かにそうっすけど、また違ったタイプの女性と知り合いになれるっすから……それに、『食事だけなら』っていう女性もいますし、さらにそういう女性を口説きたいっていう人もいますし……まあ、こればっかりはその駆け引きを一度体験してみてほしいっす」


「そんなものか……けどなあ……」


 俺はなんとなく躊躇してしまう。そこには、前世の俺の道徳観において「パパ活はグレーゾーン」という悪い印象しか持っていなかったという理由もあった。


「……ハヤトさん、真面目なんっすね……けど、考えてみてください。このイフカの街で女性がお金を稼ぐのってかなり大変なんっす。余程魔法の才能に長けていれば冒険者としてやっていけるっすが、肉弾戦では不利っす。冒険者でなかったとしても、肉体労働できる者は少ないですし……お金に困っている女性、たくさんいるっす。特に未婚の若い女性は、叶えたい夢があっても挑戦すらできないことが多いっす。裕福な大人の男性が、少しぐらいそのお手伝いをしてあげたっていいと思いませんか?」


 俺に言わせれば『パパ活』を正当化させる詭弁だが、まあ、全否定はできない。

 さらにシュンは言葉を続ける。


「手っ取り早くっていっちゃああれですが、女性にとってここは比較的ハードルが低いっす。それに、『娼館』や『接待』と比べて、女の子達にとってすごく良い点があるっす」


「良い点?」


「はい。それは、『彼女たちも相手を選べる』ってことっす。だからまず実際に顔合わせして、話してみて、お互い納得できれば、次のステップへっていうふうに進められるっす。実際にそれで婚約したカップルまでいるっすよ」


「婚約!? そりゃ凄いな……」


 そこまでは極端かもしれないが、女性が相手を選べる、という点においては、確かにその手の夜の店とは異なる女性側のメリットかもしれない。


「それに、ウチは基本的に交渉には不介入っすが、なにかトラブルや被害の通報を受けたときには仲裁したり、警告を与えたり、場合によっては除名するシステムを取ってるっす。市民証で身分は把握してるし、気を使ってるっすよ」


 こいつなりに安全対策は施しているって言うことか。

 まあ、神に選ばれてこの世界に転移させられるぐらいだから、根は善人なのかもしれない。


「同じ転移者ってこともありますし、今登録してもらえれば、すごく良い娘を紹介するっすよ!」


 こういう奴の「良い娘紹介します」は大抵当てにならないのだが、ここはひとつ、こいつの口車に乗って、一ヶ月だけ登録してみることにした。

 長年付き合っていた彼女と別れ、寂しさを感じ、新しい出会いを求めていたことも俺の行動を後押しした。


 そしてその日の午後、指定されたおしゃれな雰囲気の飲食店で、その紹介してくれた女性を待っていた。

 個室になっており、小声で話せばまず他の者に聞かれることはない……シュンは、そういう店を選んでくれていた。


 やってくるのは若い素人の女性、ということで、年甲斐もなく緊張する。

 しばらく待っていると、扉を軽くノックする音が聞こえた。


「失礼します……えっと、シュンさんからご紹介された方ですね?」


 俺が返事をして、扉を開ける。


 そこに立っていたのは、栗色の長い髪、同色の瞳を持つぱっちりとした目、小さな輪郭に可愛らしくまとまった顔のパーツ……細身でやや小柄ながら、その白を基調とした可憐なワンピースの上からでも分かるスタイルの良さ……まだあどけなさの残るその少女……十七、八歳ぐらいに見えた。


 俺の方ががドギマギしてしまい、


「ああ、そうだよ……えっと、あの店通じて合うのは初めてなので……よろしく……」


 と、若干キョドりながら挨拶すると、その娘も


「あ、はい、えっと……私もまだあまり慣れていませんので……ミリアと言います、よろしくお願いしますね」


 はにかみながら笑顔を浮かべるその娘……俺の予想からはかけ離れた、清楚系、癒やし系の美少女だった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る