3-12 聖女 対 魔女エックノア(2)


 蘇生魔術は元々、<魂>あるいは<根源>と呼ばれる生命の大本にアクセスし、復元させる力だ。

 そして”魂融合”がその魂を混ぜ合わせてしまう技術なら、<魂編成>は魂そのものを直接改変する力と言えるだろう。


 対象のあるべき姿を、別の姿に。

 およそ生命の神秘や崇高さに背を向ける、冒涜的なまでにおぞましき魔術だ。


「これを使えば、人間やエルフの肉体情報を書き換えることが可能です。殺さずとも、別の生物へと変貌させる。その応用で、爆弾を抱えた生命を、爆弾のない生命に書き換えてしまう。……まあさすがに、細かな改変や、私自身を改変するほどの技術はありませんが……幸いなことに、今回の爆弾は除去できたようですね」


 ちなみに私がレジスタンスの本拠地でエルフの偽物を見破ったのも、この技術の応用だ。


 相手の魂を編成する前情報として、相手の根源を見抜き、性質を確かめる。

 改変するには触れる必要があるものの、正体だけなら相手を見るだけでも十分だ。

 鑑定能力に近いだろうか。


「加えて、エミリーナから魔術の授業を受けました。蘇生魔術の行使における魔力ロスを減らしたり、魔力のコントロール方法を学んだり。その辺、フロンティアで火竜ノヴァのハリボテを蘇生させたり、実践勉強したんですよ」


 説明しながら、私はエックノアのけしかける人々をいなしていく。

 足をひっかけて転ばし、軽く拳を当てて意識を失わせ、くるくると倒しながらエックノアの元へ。


「エックノア。あなたの仕掛けは即席だったようですね? 私に触れないと爆発できない。けれど、爆発よりも私の改変の方が早いようです」

「……ふん」


 舌打ちするエックノアの前で、最後に飛びかかってきた女性を打ち払った。

 転がされた女の子が、うう、と私に涙目で訴える。


「わ、私っ……」

「わかっています。あの女に無理やり戦わされてることくらい。でも安心して下さい。私は、負けませんから」


 そうして全ての少年兵を落した私は、エックノアへと向き直る。

 彼女はフローティアと呼ばれた女性を人質にしたまま、頬をひくつかせ虫が這ったような顔をしていた。

 魔女の計画が崩れた顔。

 ええ、じつに、じつに愉悦です。あの魔女に一糸報いれたという、この様が。


「……あなたはどうやら、私の予想以上に危険な存在ね。足下を掬われるという言葉、嘘ではなさそうかしら?」

「ええ。覚えておくといいですよ、エックノア。……私はエルフを殺す度に強くなる。王都でアンメルシアを処刑した私は、そう。一番弱かった頃の私です。私はこれからも、勇者様の想いと私の復讐を糧に、エルフがこの世から根絶するまで際限なく強くなる」


 そして私は、全てのエルフをこの世から根絶してみせよう。

 生命だけでなく、文化、歴史。

 彼等の存在を証明するもの全て、一欠片も残さずに。


「そして、あなたも必ず消してあげますよ、エックノア」


 遊びは終わり。

 トン、と地を蹴り、高見の見物を決めているエックノアへ迫る。

 とっさに人質を構えるが、その時にはもう、滑り込むように彼女の背後へ。


「っ、早いっ……!」

「成長しているのは、身体能力もです。勇者様のお力を、すこしずつ使いこなせてきていますから。――では、さようなら。私の姿をその眼に焼き付けて、散りなさい。エックノア」


 人質の女性を取り返しながら、私は偽物の頭をバトルメイスで消し飛ばした。

 ざざ、と偽エックノアの姿が映像のように乱れ、半分だけえぐれた魔女の唇がにたりと笑う。


「っ……ふふ。面白いわぁ、聖女ちゃん。ええ、次に会うときを楽しみにしましょう! じゃあ、またね?」


 くくくと笑い、そうして偽物は消失――





「だから足下を掬われる、と言ったんですよ、エックノア?」

「……っがあっ!?」


 ――消滅しかけた腕を掴み、私は<魂編成>で偽物へと魔力を流し込んだ。

 ざりざりと偽物が感電したように震え、痙攣した哀れな姿を見ながら、さらに手首をねじり上げる。


 私がこの程度で済ませる?

 甘い。

 それは大間違いというもの。


「あなたの幻影、よく喋るし本人のように動きますよね? ここまで巧妙な偽物ですと、ただの幻影ではなく、あなたの根源の一部を分けて作った分身なのでしょう。偽物にしては出来が良すぎます」

「あ、が、がああああっ!?」

「では問題です。この偽物、死ねば本人がダメージを負い、回復魔術で治療するだけでしょうが……私がこれを<魂編成>して、別の生き物にしてお返ししたら、あなたはどうなるでしょうね?」


 回復魔術で生命が復元できる理由は、魂そのものが本来持つ形へと復元する力だと言われている。

 では、復元元である魂そのものを歪めてしまえば?


 歯噛みする偽エックノアに、薄く目を細める。

 ――いつまでもこの女を調子づかせる程、私は甘くない。


「決めました。醜いトカゲになりなさい、エックノア。あなたのような性悪には、爬虫類の肌がお似合いです」

「おのれ、聖女っ……!」

「私はね、エックノア。一度逃がした相手を二度も見逃すほど、甘い女ではないんです。殺すと決めたら、必ず殺す。今日はその前哨戦……次に会う時を、楽しみにしていますね?」


 ごりっと音を立てて手首を捻りながら<魂編成>を完了し、喉を潰してエックノアの偽物を絶命させる。

 影のように消えた相手は、所詮、偽物。

 腹立たしい愉悦が消えることはないだろう。


 けれど……私にはわかる。

 手の平に残る、あの女の身体をいじくり回し、ぐちゃぐちゃにしてやったという感触。


 ぐっと手の平を握り、私は勝利を確信する。


「手応えあり。本人に、ダメージをフィードバックさせました」


 次に会うときが楽しみだ。

 エックノアの手がトカゲのような膜を張っているか、或いは尻尾でも伸びているか。


 美を愛し、醜悪なものを嫌うエルフ種にとっては、さぞ憎たらしいことだろう。

 私は魔女の歪んだ顔を思い浮かべ、自分でも人が悪いと思いながら……


 愉悦の笑みを我慢出来ず、ついくすくすと小さく笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る