3-6 一時の休息


「わわ、地下洞窟でお風呂に入れるとは思いませんでした。凄いですね、エミリーナ」

「ええ。申し訳ないくらいだわ」


 広間での粛正を終えた私達はレジスタンスの皆に案内され、食事のあとにお風呂を用意して貰っていた。


 ドワーフ達が丹精込めて作成した共同浴場。

 レジスタンスの皆にとって僅かな娯楽である湯船を、私とエミリーナのために貸し切りにしてくれたらしい。


 本当は遠慮したのだけれど「せめて服の洗濯をさせてください あなた達は恩人なので!」と妖精ミィナを筆頭に押し切られてしまった。

 あと私達の服にも身体にもエルフの血の香りがこびり付いており、臭いに敏感な妖精達にはキツイらしい。


 あれよあれよと衣服をはぎ取られ、お風呂に押し込まれてしまったのだ。


「まあ、たまには良いじゃないの、レティア。休息も必要よ? でないと、エルフの腐ったにおいがへばりつくもの」

「……そういえば、勇者様もよく仰っていました。『僕等は人類を守る勇者だ。だからこそ休みが必要だ。自分達を救ってこそ世界は救うに値する!』って」

「それ大抵パティと一緒に朝寝坊する言い訳だけどね」

「でしたねー。世界のために僕は朝寝坊するんだ、これは勇者の使命、鋼の決意をもってお布団から離れないぞ、って。それにカリンがよく怒っていました」


 ゆったりと湯船につかり、凝り固まった手足をうーんとほぐしたおかげだろう。


 勇者様との懐かしい思い出が頭を過ぎり、その一つにカリンの姿が浮かぶ。




 騎士カリン。

 勇者パーティの前衛、物理アタッカーにして化物染みたタフネスを持つ少女。

 時々背後のエミリーナからフレンドリーファイアを浴びて喧嘩しつつも、必ず私達を守ってくれた守護神だ。


 とくに彼女の持つ【シリアの盾】は仲間のダメージを肩代わりする能力を持ち、魔王との対決をはじめ危機的状況から何度も私達を助けてくれた。


 そして、のんきな勇者一行にとっては一番世話やきな、面倒身のよい母親役だ。


『アンタ達、真面目にやんなさいよ! それでも勇者なの!? これ人類とみんなの危機なんだからね!?』


 どこか子供っぽさのある勇者、甘えん坊の私に、毒舌卑屈なエミリーナ。

 自由すぎる獣姫パティも含めた私達にとって、元王宮の近衛騎士カリンは我慢ならなかったらしい。


 特にエミリーナとは犬猿の仲であり、お互い「脳筋」「頭でっかち」と罵りあいながらも、信頼していた仲でもある――




「あの脳筋、今どこに居るのかしらね。……まあ、あの子のことは嫌いだけど。嫌いだけど、いなかったら居ないで寂しいもの」

「ふふ。エミリーナはホント、カリンには素直じゃありませんね」

「うっさい」

「けどまた、こうして一緒のお風呂に入りたいですね。みんなで仲良く……」


 口にしながらも、実際問題としては厄介だ。

 騎士カリンと獣姫パティの末路を、私達は知らない。


 騎士カリンはグレイシア地方で最後まで奮闘し、エルフに捕えられたという情報までは残っている。

 けど、その後どこで死んだのか。

 エミリーナの時のように、いつ、どこで亡くなったのかさえ分かれば、蘇生のとっかかりを掴めるのだけど――


「騎士カリンで思い出したけど……」

「うん? エミリーナ、なにか心辺りが?」

「いえ、ぜんっぜん関係ないんだけど。本当に関係ない話なんだけど」


 同じく湯船に浸かっていたエミリーナの視線が、ジト目でなぜか私へ。

 それから滑るように、湯分に浮かんだ私の胸元へ、ついっ……と。


「相変わらず大きいわね。あなた蘇生したとき胸も盛ってない?」

「盛ってませんよ!? な、な、なに言ってるんですか!?」


 慌てて隠すものの、エミリーナはその合間から零れるような私の胸をなまめかしく見つめ、口を酸っぱくしながらむむむと眉を寄せている。

 ていうか、あんまり見ないでくださいね?

 私、普段は口にしませんけど<聖女>的に自分の胸のサイズは、結構気にしてまして……。


「あなたの蘇生の力は、勇者から授かったものよ。一緒に胸も授かったに違いないわ。まあ勇者は私の次ぐらいにぺったんだったけど、……自分で言っててダメージ受けたけど、ええ、勇者分を足したのねきっと」

「無理ですってば! といいますかエミリーナ、大きくしてどうするんですか」

「ん。理由はないけどマウントを取れるわ。あと将来……まあ、あり得ないけど、お嫁に行くときとか」


 なんか真顔で言い出すエミリーナ。って、……お嫁!?

 私は表情がすとんと抜け落ち、真顔で言った。


「待って下さい。エミリーナがお嫁に行くの嫌です。私と結婚して下さい。でないとエルフ殺します」

「あんた真剣な顔で何言ってんの!? ……あ、ちょっ、くっつくな! 熱いから!」

「いーやーでーすー! 私はエミリーナと二度と離れたくありません! もし蘇ったらカリンやパティや勇者様とも離れません! エルフを根絶したら最後はみんな蘇らせて、私の嫁にしてハーレムにします!」

「ちょっと黙れこの性欲丸出し巨乳聖女め! いやーっ!」


 ばしゃばしゃと暴れるエミリーナを押さえ込み、ぎゅ~っと裸のまま抱きつき愛を語る私。


 ちなみに身長差と、勇者様から授かった基礎体力の差により私がエミリーナを押さえ込むのは案外容易い。

 もう逃がしません! とばかりに暴れるエミリーナを抱き留め、すべすべのお肌を堪能する。

 ……まあ、結婚、というのは冗談です。

 冗談ですけどね?


 でも、彼女の温もりを、二度と手放したくない――その気持ちは本当だ。


「人前では復讐の聖女様でも、エミリーナの傍での私はただの女の子で居たいんです」

「ううっ……本当あなた、甘えん坊の性分は変わらないのね……」


 顔を真っ赤にするエミリーナにほおずりしながら、私はついゆるやかに甘えて、こてんと頭を預ける。


「でも本当に……いつかこうやって、カリンやパティ、そして……勇者様にも戻ってきて頂いて、仲良くお風呂に入りたいです」

「うぐっ……その言い方は卑怯よ、レティア。そう言われたら私だって、そうしたい、って頷くしかないじゃない」

「エミリーナのそういうところ、好きですよ」


 かつての仲間達と、のんびりお風呂。

 騎士カリンが騒ぎ、獣姫パティが笑い、勇者様がうっかり下ネタを口にする。


 そんな時が、もう一度来るだろうか?


 未来に思いを馳せながら、私はふふ、と唇に歪んだ笑みを浮かべて――

 湯船の一角へと目を向ける。


「その時には、あなたも今と同じように、私達とお風呂に入りましょうか。ねえ、アンメルシア?」

「…………ぼ……ごぼっ……」

「何か話してくださいよ。互いに憎しみ合う仲でしょう? ね?」


 温泉卵のように湯船に沈めていたアンメルシアの髪を掴み、ざばっと引き上げる。

 何度か溺死させてあげた王女は、哀れにもげぼげぼとむせかえり、その顔を赤く染めて呼吸難に陥っている。


「今回は有難いことに、レジスタンスの皆さんにもご協力頂きました。彼等の助力があれば、より広く、より多くのエルフを殺すことができます。その樣きちんと、あなたにも見せてあげますからね」

「っ……殺す、殺すっ、殺してやるっ……!」


 吠えるアンメルシアの瞳は相変わらず炎のように揺らぎ、憎悪の色で睨んでいる。

 ……けれど私は、瞳に宿るおびえの色を見逃さない。


「ねえ、アンメルシア。あなた最近、覇気がありませんね。すこし、心が折れ始めました?」

「っ!?」

「まあ無理もありませんねー。フロンティアであれだけ見事に叩きつぶされれば」


 フロンティアの奈落迷宮にて、私はこの女の心を完膚なきまでにへし折った。

 口先だけはともかく、心に大きな傷を負ったはずだ。


「でも、その程度で諦めてはいけませんよ。あなたにはもっともっと、沢山の苦痛を浴びて貰わないと。身体の痛みだけじゃない、心を引き裂かれるような痛みと絶望を。あなたには生きてる限り、最後まで」


 その証として、あなたの横にリーゼロッテの首を並べよう。

 それまで楽しみにしててください、と私はアンメルシアを放り投げ、湯船で溺死させながらエミリーナに擦り寄っていく。


 エミリーナと仲良くなれる喜び、半分。

 かの王女に私達の親愛を見せつけ、悔しがらせる気持ち半分。

 復讐と親愛、両方の意を込めて――私はまた、エミリーナにいちゃいちゃする。



 そんな聖女のゆるんだ顔を湯船越しに睨みながら、アンメルシアは密かに震えていた。


 ……聖女が憎い。

 今すぐにでもその首をかき斬り、血の海に沈め、仲間の魔法使いを泣かせてやりたい。

 憎悪はいまも彼女の心をかき乱し、マグマのような怒りを吹き起こす。


 同時に――自分でも誤魔化しきれない程に、アンメルシアは怯えていた。


 この女が怖い、と。


(違う、違うっ……わたくしは、怯えてなどいない)


 必死に否定しても、その恐怖は泡のように膨れあがり、自動的なまでに頭に浮かぶ。


 本気を出しても、聖女には軽々といなされる。

 それどころか、自分は今だって彼女の手の平で踊らされているかもしれない。


 時が過ぎれば、姉妹が助けてくれるなんて希望はもう捨てた。

 聖女は日増しに強くなり、今では最強の魔法使いエミリーナまで加わった。

 更にはグレイシアに来るなり、難民の心を一瞬で掌握した。


 聖女レティアは……

 本人が思っているより遙かに狡猾で、頭がキレ、本人の自覚はさておき途方もないカリスマ性を持っている――いや。

 正しくは彼女の持つエルフへの復讐心そのものが、悪のカリスマのように花開してしまったのだ。


(それでも私は、聖女を殺す。必ず殺す。けど……どうやって?)


 アンメルシアは歯切しりし、心を叱咤しながら否定する。


 私は完璧にして天才なる第三王女アンメルシア。

 負けるなど。増してや心が折れる等、あり得ない。



 けど……


 ――私には。あの怪物に勝てるビジョンが、どうやっても浮かばない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る