3-5 レジスタンスの決断

「自分が殺されるっていう感覚を味わって、初めて分かったことがある。あれは、この世の終わりだ。……首を絞められ、深い深い海の底に沈みながら、俺はどうしようもなく恐かった。自分がこんなところで終わるのかって。――そして、悔しくて、奴等を殺したくて仕方なかった」


 女エルフに殺された男。

 獣人ラザムの独白は場に集まった者達の耳に、水を打つように広まっていった。


「正直、俺は殺されるまで、幾らエルフ相手だからって皆殺しにしていいとは考えてなかった。俺達の住処を取り戻せればいい、平和に生きられたらいいとしか。……けど、殺されて分かった」


 彼は元々温厚な獣人だったのかもしれない。

 その男が、ぎらりと牙を剥く。


「殺されるってのは、そんな理屈なんか、どうでもよくなる。俺はただ、奴等に恨みを返したい」

「――あたしも同じ気持ちです」


 獣人ラザムに並ぶのは、同じく私が蘇らせた獣人の女タニア。

 急ぎの蘇生だったせいで破れた着衣のままだが、その無残な姿がかえって彼女の怒りを引き立てていく。


「エルフは私達を殺す。それだけじゃない、楽しんで殺す! ……私はこいつに殺される前、エルフの男共に晒されて。あいつら全員揃って、楽しそうにニヤニヤして、そして……っ」

「エルフ共は獣人の誇りである尻尾をむしり、焼き、毛を削いで尻を丸出しにされながら笑いやがる。男も女も関係ない。あいつらは種族そのものが、存在してはならない悪意の塊だ。きっと、俺達の姫様も――」


 姫とは私の仲間であった、獣姫パティのことだろう。

 その末路は分からないが、凄惨な最後を遂げたことは想像に難くない。


「聖女様。頼む。……俺はもう平和なんか要らない。みんなが笑える世界なんて必要ない。ただ、エルフを殺したい。殺したい。だから、あなたに協力させてくれ!」

「あたしもです。お願いします!」


 思いを馳せる私に、獣人ラザムとタニアが膝をついた。

 頭を垂れ、どうか、と祈るように。


 その姿に、私はほんのりと瞳を細めて……


「私が言うのもなんですけれど。それは修羅の道、地獄に通じる一本道ですよ。それでも、進みますか?」

「構わない」

「奴等を一匹でも殺せるなら!」

「後戻りは効きませんよ? 後になって、あんなことをしなければ、なんて言い訳は誰も受け入れてくれません」


 殺すと決めたら、徹底的に殺り尽くす。

 中途半端な言い訳や他人に対するなすりつけは、それこそエルフ共のやることだ。


「相手がエルフであれば、女子供も赤子すらも笑いながら殺り尽くし、その果てに地獄に落ちようとも後悔しない。その覚悟がありますか?」


 私の問いに、彼等はただ深く頭を下げた。

 意思は硬い、と見て良いだろう。


「分かりました。では、私は止めません。そして、もし他にも私に同調する者がいるのなら――」


 私はすかさず目配せし、ぶん、とバトルメイスを投擲する。

 様子を見に来たドワーフの頭をかち割り、倒れて変身の解けたエルフを見下しながら。


「まずはレジスタンスに潜む十以上のエルフを捕え、それを皆で血祭りにあげましょう」

「じ、十も……ですか?」

「リーゼロッテはスパイ一人に全て任せる程、愚かではありません。一匹見たら十はいるでしょう。有名な害虫のようにね。幸い私はとある方法で変装したエルフを見抜くことが出来ます。私がここに来た限り、一匹たりとも逃げれると思わないことですねー。……では」


 最後に足下に転がった女エルフを蹴飛ばし、ラザムの元へと放り捨てる。


「これはあなた達にあげます。好きなように壊して下さい」

「っ、ひいっ……!」

「ところで、名前も知らないあなた。今まで何人ほど殺しました?」


 念のため、最後の質問を突きつける。

 女は鼻血を零しながらふるふると震え、涙を流しながらこう告げた。


「さ、さ、三人! 三人だけ!」

「ちなみに私、本当はあなたの名前知ってるんです。殺し屋ミスティリでしょう? 人類殲滅軍に居ましたものね。三人ってことはないでしょう? ふふ、お友達の狩人ペルシアは元気ですか? あの子、いまはどこにいるんでしょうねぇ」


 ぽんぽんと彼女の肩を叩き、私はねっとりと絡みつくよう耳元で囁く。


「嘘つきのあなたには、十度蘇る呪いをかけてあげましょう。今まで行った罪を喰いなさい」


 そうして私は獣人達の群れへ、女エルフを放り込む。

 轟く悲鳴に背を向けながら、私は軽い準備運動をしたのちレジスタンスの大掃除に取りかかった。




 ――そうして捕まえたのは、丁度エルフ十匹。

 すべて全裸に剥いたうえ心臓に杭を打ち付け、きちんと首を吊って晒しながら、私は己を晒すように手を広げる。


「これが、いまの聖女レティアです。英雄の面影などなく、ただエルフを殺して愉悦する者。……ですから、私についてくるのはよく考えて決めて下さい」


 殺ると決めたなら、確実に。

 中途半端な形になるなら、最初から復讐などしない方が良いだろう。


「そしてもう一つ。絶対に守って欲しいお願いがあります」


 演説を終えた私はそっと人混みを割り、そこのあなた、と手を差し伸べる。

 ひっ、と悲鳴をあげたのは、黒い翼を持つ妖魔種だ。


 妖魔種はその悪魔的な外見から残酷な性格だと思われがちだが、実際は愛に満ちた種族だ。

 平和主義で、臆病な者も多い。

 その冷たく震えた手を取り、そっと膝をつく。


「せ、聖女様。わ、私は……!」

「ごめんなさい。そして安心して下さい。私は復讐を好みますが、だからといって復讐に同調しない者を迫害はしません。ここに居る誰にも、そんなことは絶対にさせませんし、あなたが後ろめたさを覚える必要もありませんから。ね?」


 私は私の意思、そして勇者様の意思に基づいて、楽しみながら復讐を行っている。

 私の愉悦であり矜恃そのもの。

 それを他者に強要するようでは、私はエルフと同じ屑に成り果て、勇者様の名を汚してしまうことだろう。


「もちろん私の活動が、皆さんにとっての平和に繋がるのは間違いありません。部分的な協力というのも可能ですし、なんでしたら私を平和のために利用する、と思っても結構です。そういったことも含めて、レジスタンス全体で今後のことを考えて頂けると幸いです。――もちろん、復讐の手伝いをして貰えるなら、嬉しいですけど、ね」


 そこは私が決めることではないし、彼等の決断を尊重したい。

 私は皆にそう伝え、静かに一礼したのち、妖精のミィナに誘われ一旦休憩することにした。



 その聖女がいなくなった後――

 もちろん、レジスタンスの者達には様々な意見があった。


「……あれは、英雄の皮を被った悪魔だ。いくらエルフ相手とは言え、あそこまで……」

「けど、エルフを倒せる聖女様には違いない。それにあの方は、俺達にきちんと自分の姿を見せてくれた」

「自分達を利用して欲しいとも言っていた。その通りにする、というのは……流石に都合が良すぎるか」


 各種族の長達が顔を突き合わせ、理屈上の意見を並べていく。

 が、


「俺は聖女様についていく。あの方に、俺は命を捧げようと思う」


 獣人種の族長の発言に、ざわりと会議室が揺れた。


「本気か? あの聖女はエルフを殺すためなら、我々の命すら犠牲にしかねんぞ」

「だろうな。けど、俺はあの方そのものに、惚れた」

「は?」

「みんなも見ただろう。一切の妥協を許さず、エルフを殺すためだけに定められた顔を。薄暗くも眩しい光を。……長い穴蔵生活で忘れてたあの怒りを、俺は久しぶりに思い出した」


 それは理屈ではなく、多くの者に響いた言葉だった。

 レジスタンスで続く陰鬱な日陰生活は、彼等の心にも否応なく影を落とす。


 いつまで、こんな生活を続ければ良いのか。

 本当に終わりは来るのか。

 そんな環境に颯爽と現れた、眩しい程の殺戮者こそ、あの聖女と魔法使いだ。


 聖女の行動には一切のブレがない。

 誰が相手であろうと、自らの獲物を振りかざし、槍の雨に降られても自らを蘇生して蘇り進むだろう。

 その眩しさに、獣人達は理屈を越えて共感を覚えたのだ。


「それに、あの人は誠実だ。口ではエルフ殺しに全てを賭けてても、俺達を完全に見捨てたりはしない。本当に残虐で狡猾な方なら、俺達を騙してエルフに焚き付けることだって出来たはずだ」

「た、確かに。かの聖女様と魔法使い樣なら、我々を脅迫するなど簡単なはず……」

「だからこそ俺は、あの方についていく。獣人の多くがそのつもりだ」


 その日、レジスタンスには様々な理由が交錯した。


 ある者は恐怖に震え、戦いたくないと告げた。

 ある者は純粋な復讐心から、聖女に荷担した。


 けれど――その決意を定めるにあたり、皆がもっとも意識したのが、聖女の演説だったという。

 絶望の穴蔵の中に差し込んだ、復讐、という一筋の光は、彼等にはあまりに眩しかったのだ。





 最終的に、聖女レティアに完全協力し命も惜しまないという者は、若者を中心に約六割を越える数となった。

 そして命までは賭けないものの、レジスタンスとして協力したい者が約三割。

 ちょっと怖いけど、遠巻きに協力したい者が二割。


「良かったわね、レティア。事実上のレジスタンス完全掌握よ。さすが悪女」

「いや待って下さい! 私そういうつもりで話した訳じゃ……ほ、本当に手伝って貰える方だけで良くて。もちろん嬉しいですけどっ。あとその集計、十一割くらい票ありません!?」

「ファンクラブが出来たらしいわ。きっと命二回分くらい惜しまない熱烈なファンね。……ホント、魔王時代から天然タラシな女」


 違います違います。

 私は素直に本心を話しただけ……と首を振る聖女レティアであったが、じつは魔王討伐時代から<聖女>としてよくある光景だった、とエミリーナは密かに呟くのであった。


「普通にみんなを励ましてる間に、聖女様って慕われれてくのよね」

「違うんですってばーーーーーっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る