幕間 王族会議(2)
その会議終了後――
「ねえねえ、リーゼ。さっきね、お姉様から頼まれたんだけど……」
聖女の始末方法について思案していたリーゼロッテの元に、とてとてと、次女カルベトーナが駆け寄ってきた。
相変わらず脳天気な笑顔で、ひらりと書類を渡してくる。
「お姉様がね、もし聖女と戦うなら、ひとつ条件をつけて欲しいって」
「条件?」
「うんっ。――愛しの妹、アンメルシアの首を取り返せ、って!」
楽しげな次女の声に、ぴくり、とリーゼロッテの眉が歪んだ。
聖女は何の戯れか、第三王女アンメルシアの首を持ち歩いていることは姉妹達にも伝わっている。
おそらく復讐のためだろうし、リーゼも長女シルヴィシアも哀れな妹に愉悦していたが……
「何故、そのようなことを?」
「ええーっ!? 家族なら姉妹を助けるのは当然だよっ。今はエルフの技術も進んでるから、アンの首があったら身体だって蘇生できるよ!」
「蘇生、ねぇ」
そんな馬鹿なことを長女がするか、と鼻で笑う。
長女シルヴィシアは女王レースで遅れを取っていた事から、第三王女アンメルシアに強烈なコンプレックスを煩っている。
しかもアンメルシア当人は「私は姉妹に愛されている」と、長女の嫉妬にすら気付いていなかった。そのことが長女シルヴィの嫉妬心を増長させているとも知らずに、だ。
――大方、アンメルシアの首を取り戻し、慰みの道具にするつもりだろう。
ついでに、リーゼロッテの聖女討伐をささやかながら妨害し、失態を晒せば儲けもの、と考えてるに違いない。
拒否すれば、次期女王に相応しい”余裕”がない、等と難癖をつけてくるに違いない。
「小賢しいですわね。……とはいえ、わたくしもあの姉には一言言いたくあります。聖女討伐のついでに首を取り戻すのも、悪くはありません。が……」
難易度は、少々高くなる。
リーゼロッテは聖女を甘く見ているが、まったく手を抜いてよい相手とは思っていない。
グレイシアに並ぶ大農園のひとつくらいは落されるだろう。
面倒な――
「ねね、リーゼ。私が手伝ってあげましょうか?」
「……カルベお姉様が?」
「えへへー。あのね? うちに戻ってきた魔女エックノアがね、じつは面白い作戦を考えたの。あの聖女によく効く人間を蘇生させたの!」
「……は? 人間を、蘇生?」
「うんっ。蘇生魔術はものすごい魔力を使うけど、エルフの技術で再現できないことじゃないからね?」
ぱああっ、と花のような笑顔を浮かべる次女。
頭に花畑が咲いてるのでは、とリーゼロッテは思う。
聖女相手に雑魚を蘇生させたところで、蘇生魔術による支配権を奪い返され、利用されるだけだとわからないのか?
しかも、脆弱な人間?
フロンティア地方を暴れ回る四皇獣すら支配するあの聖女に、通用するはずがない。
――という意識は、彼女に蘇生させられたという人物を見て、驚きに変わった。
「ということで、連れてきましたっ。じゃーんっ!」
「……カルベ。この人間は――まさか」
「ふふ。リーゼ、お姉ちゃんを馬鹿だと思ってるでしょ? でも私だって考えたんだからね? この子は公式には死んだことになってたけど、本当は私の元で、実験のため最近まで生かしてたの。だから回復三原則も乗り越えられたんだぁ」
ぽんぽん、と蘇生させた鎧の女を叩く次女。
くふふ、うふふ。
カルベトーナが花のようにくるくる笑う。
「これなら聖女相手の強力な武器になるでしょ? あの聖女の顔が歪むところも見れるでしょ? なんせ大事な大事な、昔の仲間なんだもん! あ、そうだ。後でエックノアも手伝いに向かわせるね?」
「…………」
「ね? ね? 私、役に立つでしょ? だからさぁ、リーゼ。間違っても………………女王になっても、私を見捨てないでね? 分かってるよね?」
約束だよ?
絶対だよ?
私を、たっぷり依存させて?
でないと私、シルヴィお姉ちゃんの味方しちゃうかもなぁ……。
愛すべき家族だけど、差をつけちゃうかもなぁ……。
それは、困るよね?
女王様になりたいんだよね、リーゼ……?
ちろちろと舌を伸ばし、甘い蜜のように絡みつく次女カルベトーナ。
リーゼロッテは頬を歪めつつも、その女性の全身へと目を這わせる。
眩しい黄金色の髪を持ち、女性ながらしっかりと鍛え上げられた女。
全身を白銀の鎧に包み、左手には伝説の国宝【シリアの盾】を携えたそれは、エルフが本来毛嫌いする人間の女性だ。
けれど、今ばかりは愉悦が止まらない。
リーゼロッテはぐにゃりと醜悪に唇をゆるめて、小柄なカルベを撫でてあげる。
「ええ。カルベお姉様。わたくしはあなたのことが嫌いですが、この陰湿さは見習わせて頂きますわ」
「陰湿だなんて酷いなぁ。私は自分にショージキなだけよ? これならリーゼの隠し持つ【魔王殺し】と合わせて、聖女にも勝てるでしょう?」
「……あら。わたくしが【魔王殺し】を隠し持っていたと、ご存じで?」
「酷いなぁ。私だって次女なんだよ、それくらいは知ってるよぉ。――かつて魔王を殺した武器。どんな魂でも砕き、あの聖女ですら必ず殺せる絶対絶命の剣。……でしょ?」
「カルベは物知りですね。すこし警戒した方が良いかしら?」
「嫌だなぁ、リーゼ。私は私が楽をするために情報を集めてるのっ。女王なんて面倒なことは、お姉様やリーゼに任せて、私はうしろでゆっくりお菓子食べてごろごろ寝てられればいいんだぁ」
むふー、と寝間着にすら見えない服をぽんぽんと叩き、あくびをかみ殺す次女カルベ。
「あ、リーゼ。もし必要だったら、エックノアも手伝いに向かわせるね? なんか久しぶりに、聖女の顔を見たいんだってさ、あの子」
「あの性悪魔女ですか。いいでしょう」
じゃあねー、と軽い調子でとんとんと立ち去るカルベトーナ。
リーゼロッテは今ひとつ心境の読めない次女の背中を見送りながら、残された女騎士へと手を伸ばす。
元は炎のように眩しい力を込めた瞳に、いまは生気の欠片もない。
かつて力強く聖女とともに戦った騎士は、いまやエルフに操られる木偶人形。
「まあ、せっかくの好意です。有難く受け取り、存分に使い潰させて貰いましょう。ねえ? エルフの技術により蘇りった者――ねえ、騎士カリン?」
その魂を魔術で縛り、蘇生権限を手にしながら、
にたり、とリーゼロッテは薄暗く愉悦しながら、聖女の苦悶する顔を思い浮かべた。
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