3-1 グレイシア攻略開始


 七つ大陸のひとつグレイシア地方といえば肥沃な土壌を持つ、豊かな農場のイメージが真っ先に上がるだろう。

 世界の穀倉地帯。

 豊穣の恵みをもたらす大地。

 古くから食料庫として重用され、今なお七つ大陸一の農耕国として名を馳せた土地である。


 その恵みをもっとも体現したものこそ、グレイシア大陸中央に佇む大木、世界樹。

 樹齢数千年とも呼ばれる伝説の大樹は、古くから奇跡と豊の証と呼ばれ、人類に限らず多くの種族にとって信仰の対象とされていたという。

 ……という話を、私の仲間である<魔法使い>エミリーナはつらつらと教えてくれた。


「まあ、今はエルフが人間を栽培する地獄の農園だけれどもね。人類を強制的に交配させ、生まれた者を畑に飢えて魔力で成長させる。そうして歪に生まれた人類は、ただ意味もなく殺される道具として、遊びのために出荷されるのよ」

「どうしてエルフは、そんな酷いことを出来るんでしょうね? どう思います、そこのあなた?」

「ひ、ひいいっ……お、お許しっ……!」


 私は魔道馬車に腰掛けながら、足下に這いつくばらせたエルフを足蹴にする。


 男は私達がグレイシア地方へと向かう途中で見かけた商人だ。

 栽培中の人間を奴隷として購入し、自分を「ご主人様」と呼ぶ相手が欲しいと聞いたので、私がご主人様として踏みつけている最中である。さぞ泣いて喜んでいるに違いない。


「エミリーナ。グレイシア地方に囚われた人間の奴隷を助けることは、出来ますか?」

「……残念だけれど、大多数は諦めるしかないのが現実ね」


 エミリーナ曰く、農場には二種類の人間が飼われているという。

 ひとつはエルフ達に”低級”あるいは”雑用”と呼ばれ、己の意思すら持たず生かされている家畜。

 彼等はただ鞭打たれ悲鳴をあげ、切り刻まれるだけの玩具であり、自ら思考する意思すらないという。


「可能性があるなら、もう一つ。エルフ達が、高級人間と呼んでいる方ね」

「高級、ですか?」

「人としての尊厳を持たせ、ごく普通に成長させた人を、そう呼んでいるわ。エルフに育てられた彼等は、エルフを人類の母だと思い、学校にも通い、ごく自然に過ごしているの」


 高級農場で育てられた人々は、優しい世界に包まれているという。

 母親代わりの女性がいて。

 父親代わりの男性がいて。

 同級生に囲まれ、エルフの教師に優しく育てられ、未来をエルフのために尽くそうと思考操作された人々。


「そうやってのびのびと育ててから、十五歳を境に奴隷として出荷する。彼等はエルフのおぞましさを思い知らされ、絶望し泣き叫びながら、玩具にされるのよ」

「…………」

「十五年かけてわざわざ育てた優しい顔が崩れ、絶望していく様がたまらない愉悦だとして、大陸中に人気らしいわ。……本っ当、人を苛立たせることに関して、右に出る存在はいないわね」


 青筋を立てるエミリーナに、私も拳を握る。

 エルフ種。

 生まれながらの悪。

 自らの覇権のために人類を騙し、魔王を倒させ、その後にあらゆる人々を虐殺した悪しき種族を、私は必ず根絶させなければならない――


「ひいいっ! い、痛い! た、助け、助けてげぶうっ」


 怒りのあまり足元のエルフを踏み潰し、ゴミとして蹴飛ばしながら、私は腰元のアイテム袋に手を伸ばす。


 取り出したのは、私の永遠の復讐相手。

 首だけとなった第三王女、アンメルシア。

 いまだ悔しさを滲ませた王女の顔に、私はにいっと笑って未来を告げる。


「さて、アンメルシア。次はようやく、あなたの親愛なる妹リーゼロッテの首です。楽しみですね……と言いつつ、一応聞いておきましょう。あなたが天才魔術師であるように、リーゼロッテにも何か秘密があるはずです」


 グレイシアの支配者、第四王女”余裕”のリーゼロッテ。

 私はその相手を、容易く落とせる敵とは見ていない。


 フロンティア進行中のことだが、奴はエミリーナの暗殺魔法を受けながら平然と立ち上がった。

 その力の秘密を曝くことが、リーゼロッテ攻略の鍵になるだろう。

 もちろん、この王女が素直に吐くはずもないが。


「……ふん。わたくしが、親愛なる姉妹の情報を話すと思いますこと?」

「思いません。なので、これは口実です。あなたを虐めるための、ね? ふふ、あなたのような低級で低俗なエルフに聞くことなど、何一つありませんよ」

「なっ……このわたくしを、よりにもよって低級などとぎゃああああっ!」


 王女の瞼をこじ開け、ぱらぱらと粉末を眼球に垂れ流す。

 エミリーナ特製の毒は効果抜群で、アンメルシアの左目をじゅっと焼いて歪な煙を上げ始めた。


「片目だけというのも可哀想ですから、反対側もえぐってさしあげますねー」

「この、性悪……ひ、っ!?」


 愉悦にひたりながら反対側の目玉をこじ開け、親指を母音のように押しつけていく。

 わざとゆっくり見えるようじりじりと迫り、絶叫するアンメルシアの瞳をぶちゅりと潰したあとは卵をかき混ぜるように眼球内でぐりぐりかき混ぜていく。


 王女の瞳から血の涙が溢れた感触を指先で喜んでいると、エミリーナがふと私の肩を叩いた。


「レティア。……どこからか悲鳴が聞こえるわ」

「王女のですか?」

「豚の悲鳴じゃなくて、普通の女の子の悲鳴よ」

「ふぎゃっ」


 アンメルシアを馬車の台座に叩きつけ、エミリーナとともに馬車を飛び出す。

 私達が差し掛かっていたのは、丁度、グレイシアへと続く七つ大橋の検問前だ。


 そこに飛び出すと――二匹のエルフが、いやらしい笑みを浮かべながら、野卑な声をあげていた。


「へへ。こいつは良い拾いものしたな。妖精なんて珍しい。運が良かったなぁお前」

「やめてっ……やめてぇっ……!」

「おいおい、何嫌がってんだよ? お前達はもうエルフの所有物なんだ、泣くんじゃなくて、ありがとうございますって言うんだろ? その羽根もっかい毟ってやろうか? きっといい声で泣き――」


 その声が続くことはなかった。

 私がバトルメイスを振り抜き、速やかに男の上半身を肉界に変えたからだ。

 それから、失礼、と改めて挨拶をする。


「すみません。女の子の悲鳴が聞こえたのですけど……どうかされました?」

「レティア。上半身が吹き飛んだ相手はエルフでも喋れないわ。せめて蘇らせなさい?」

「あ、ごめんなさい。エルフと同じ空気を吸ってると思うと、つい手が勝手に……」


 私は慌てて蘇生術を放ち、びくん、とエルフを蘇らせる。

 「な、なんだテメェは」と怯えた二人組を前に、私はそっと彼等の手元へ視線を下ろす。


「……妖精種?」


 彼等の手に掴まれていたのは、妖精種。

 通称フェアリーと呼ばれる羽根のついた手の平サイズの少女が、羽根と服を引き裂かれた姿で、エルフの手に握られていた。

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