2-11 奈落迷宮3


 エルフ種が魔族や魔王に苦戦し、人類の<勇者>を利用せざるを得なかった理由のひとつが、デーモンと呼ばれる種にあるのは間違いない。


 人間よりも二回り大きな体躯に、漆黒の胴体と翼。

 魔術に対して高い耐性を持ち、かつ魔力を喰ってしまう奴等の存在は、魔術を得意とするエルフ達にとって本能的な天敵である。


「で、デーモンだ……!」

「喰われるよな、あいつらに喰われると魂ごと持ってかれるぞ!」

「あら。下級デーモンではなく、上級デーモンなのは予想外でした。魔王城でなく野良の迷宮で見るとは……」


 犬程度の知能しか持たない下級デーモンと異なり、上級種は人間やエルフに類する知性を持つという。

 おまけにデーモンは魂そのものを喰らうとされ、その傷は蘇生魔術や回復魔術で再生しにくい厄介な相手だ。


 とはいえ、戦ったことがない相手ではないし倒せない敵でもない。デーモンの防御力は高いものの、竜種ほど硬くはない。

 エルフ百匹以上でわらわらと攻撃させれば、ダメージくらい与えられるだろう。

 もう最下層だし、冒険者達が多少削れてもいいか、と突撃命令を出す。


 やめて、助けてくれ、という彼等の悲鳴を無視して突撃命令を出した。

 万歳特攻して華々しく散りなさい、と。


 けれど、目論見はすぐに打ち砕かれる。


「あら? ……ん、んん!?」


 デーモンが握る、人間の身体ほどある大剣。

 その刃がエルフの身体を砕いた瞬間、蘇生術で繋いでいたはずの、魂の糸がぶつりと途切れたのだ。


「え。蘇生術を、無効化……まではいきませんけど、邪魔されました?」


 一歩引き、デーモンの獲物を観察する。

 よく見ると大剣の柄のあたりに、紫を帯びた短剣が収められ、薄暗い光を灯していた。


 魔術殺し。

 相手の魔術を断ち切る、魔封剣と呼ばれる武器の類いだ。

 その中でも強力な、私の蘇生術すら断ち切ってしまうほどの力らしい。


「武器に魔術殺しを埋め込んでいる……国宝級の宝物をデーモンが扱うとは……」


 これでは竜やオーガを戦わせにくい。

 万一、蘇生術の糸を切られてしまうと困ったことになる。


 うーん、と考えてる私の前で、ばっさばっさとエルフ達が切り裂かれていく。

 その死体が蘇生しないと気付いた彼等は反乱狂になり、手を伸ばして私に助けを求めてきた。


「助けてくれ! こいつに殺されたら、本当に死んじまう!」

「逃げろ! 逃がしてくれ! 攻撃を止めさせろおおおおっ!」

「ごめんなさい、今考えてるのでちょっと待って下さいねー?」


 もちろん私が近接戦を挑めば勝てる。

 けれど私としては、奴隷のエルフを差し置いて前衛で戦うのはなんとなく面白くない。


「では、あれを再度試してみましょうか。今回はスライムなんて無様な結果にはしませんよ」


 私は両腕を交差させ、その指先に魔力を込める。

 冒険者ギルドで一度だけ披露し、けれど失敗してしまった、私の新しい力。


「蘇生魔術、魂融合」

「うおおっ!」

「な、なんだっ!? 引っ張られて……!」

「せっかくですから、ザイン。あなたが中心になりなさい。竜殺しの代わりに、デーモン殺しです。きっとエルフの中で最高級の称号になるでしょうね。融合後も生きていれば、ですけれど」


 術式の完了とともに、エルフ達の半数の身体ががくんと宙に浮かびーー

 冒険者ザインの身体に飛びつき、筋肉がねじれて歪な形となり飲み込まれていく。


「なんだこれ! あ、あががっ、痛い、痛ぇぇぇぇっ! お、俺の身体がバラバラに、うげぇっ」


 魂や根源は、その形が形であるための情報を有している。

 その根源の形をきちんとイメージしなければ、ぼんやりした魂の塊というか、スライムのようにどろどろしたものが出来てしまう。これが前回の失敗だ。

 なので今回は、きちんと形状を意識して混ぜ合わせた。


「あが、おぼぼっ、おげぇっ」


 元は冒険者ザインだったものにエルフ達が集まり、身体がどろりと溶けて血と肉が混じりあう。

 ぐちゃぐちゃと鈍い音とともに再構築するのは、同じ人型の生命体。ただし、大きさが違う。


 腕の骨は腕の骨同士で束ね、臓器に臓器をくっつけ無理やり結合する。

 顔は必要ないので分解して足を支える筋肉パーツに変更し、そうして完成したのは――

 エルフの肉体を粘土のように練り込んで作り上げた、首なしの巨人だった。


「うん。まあまあ、ですかね」


 エルフ五十匹の肉体を合成したその粘土エルフゴーレムは、デーモンの二倍以上の体躯を持っていた。

 五十の魂を混ぜ合わせた力なら、魔術殺しの刃といえど簡単に魂を削り切れたりはしないはず。


 ぐるる、と言語を持たないデーモンが警戒の唸り声をあげる。

 その様に満足しながら、私は生きた巨人に指示を出す。


「さあ行きなさい、新たな冒険者達。その巨体でデーモンを押しつぶせ!」

「っ、ひぎ、いぎあガガガっ」


 肉体に混じり込んだ誰かの顔が悲鳴をあげるなか、エルフの巨人がデーモンに殴りかかった。

 すかさずデーモンが大剣を振るい巨人の右腕を切り落とすも、左拳がカウンター気味に敵の顔面を粉砕する。さらに千切れた右腕はすぐさま元の身体にひっつき、再生を開始する。


 個々ではデーモンに勝てないエルフでも、このように合成し、蘇生させればデーモンに抵抗できるらしい。

 自分でも、中々良い出来だ、……と、思っていたけど。


「あら?」


 殴り飛ばされたデーモンが翼を広げ、ぐるん、と迷宮で旋回した。

 強靱な足で地を蹴り、たくみな速度で巨人の脇腹を抉る。


 巨人がカウンター気味に腕を振るも、デーモンは即座に飛び退いて回避。

 そのまま横にスライドし、ステップを踏むように刃を出しては、ヒットアンドアウェイですぐに距離を取られてしまう。


「え? あれ? 何かボコボコにされてますけど……」


 巨人は「あがが」だの「いぎぎ」と悲鳴をあげながら腕を振り上げるが……その。

 力はつよいけど、めちゃくちゃ、動きが鈍かった。

 私はしばらく戦闘を観察して、気付く。


「ああこれ、魂が混じりすぎて、司令塔が誰だか分からなくなってるんですかね……?」


 生物に例えるなら、頭脳が百個混じり合っているようなものだろう。

 私の指示は「デーモンを倒せ」だが、当然エルフによって戦い方は違う。


 ある者は力尽くで攻撃し、ある者は防御しつつのカウンターを優先し、ある者は回避したい。

 その細かな意思決定がごちゃごちゃになっている感覚が、操る魂から狂った反応として伝わってきた。


「どうしたものでしょうね。……あ。でもそれなら、司令塔をしっかり作れば良いんですかね?」


 ということはーー私はすぐに解決策をひらめいた。

 うん、これなら全部片付くだろう。


 それに、別の作戦を進める布石にもなる。

 私は素敵なひらめきを試すべく、邪魔なのでしまっていたアンメルシアを取り出した。


「アンメルシア。あなた、あの粘土エルフ巨人の頭になりなさい?」


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