2-10 奈落迷宮2


 竜種。

 伝承にも登場するドラゴン系モンスターの厄介な点は、その口より放たれるブレスよりも、鉄をも容易く貫く爪よりもなお硬い鱗にある。

 赤くざらついた赤竜の鱗はその一枚一枚が鋼よりも硬く、それでいて柔軟性に富んでいる。

 通常武器はもちろん、魔術強化された武器ですら傷を与えにくい相手。私でも一撃では倒せないだろう。


「ああ、そういえば味方に竜殺しと名乗ってる奴がいましたね?」

「っ……ま、待て」


 私が思い出したのは、魔族殺しのザインと呼ばれる男だ。

 日頃から大型のグレートソードを背負い、竜殺しの逸話について鼻にかけて自慢していたという。ついでに女の首を絞め殺しながら性行為を行うのが好きだとか。


「頼むザイン、竜殺しの力を見せてくれ!」

「お前がなんとかしてくれたら、お、俺達も痛い目を見なくて済むから……!」

「良かったですね、冒険者ザイン。日頃から鼻にかけている竜殺しの腕前、お披露目の時ですよ?」


 正直、このときの私はなにも考えていなかった。

 てっとり早く倒せるなら便利だなー、と思ってザインを呼んだのだ。


 けれど竜の前に立った男はなぜか足を震わせ、恐怖にすくみ上がっていた。


「ちち、違うんだ。お、俺は、俺はっ……」


 ドラゴンの口がぱかりと開き、ザインはひいいっと悲鳴をあげて転がり逃げていく。

 迷宮の片隅で、尻を出したままぷるぷるとスライムのように震えていた。


「お、俺は本当は…………ドラゴンなんか、倒したことがないんだ!」

「はい?」

「た、ただ小さな村の者達に頼まれて、命乞いするドラゴンの子供をぶった切っただけなんだ! そ、その羽根を持ち帰って村人にみせて、俺はドラゴンを倒した、と……これが竜の翼の一部だと嘘ついて……そしたら思ったより噂が広がって……」


 うわぁ。やっぱりエルフだった。

 期待した私が馬鹿でした。


 とはいえ、この程度の障害は想定済みだ。

 私とて魔王退治した元勇者パーティの一人。竜退治の経験くらいある。


「安心してください、冒険者ザイン。せっかくですから私は今日、あなたを本物のドラゴンスレイヤーにさせてあげます。良かったですね?」

「ひっ! むむむ、無理だ! あんた俺を直接アイツと戦わせるつもりだろう。そんなの喰われて終わりだ! 何の意味もない!」

「私も竜相手に意味もなく全軍突撃させたりしませんよ? ここは頭を使いましょう」


 良い機会なので、竜退治のお勉強といこう。

 こちらを見る冒険者に、注目! と指揮を執る。


「皆さん、せっかくですので死ぬ前にお勉強をしましょう。敵は強力な竜ですが生物です。そして生物なら、あなた達が笑いながら殺した人類と同じく弱点があります。どこだと思いますか?」


 はいあなた、と私は適当な男を示す。


「っ……ひ、瞳とか? やっぱ生き物なら目とかぎゃあああっ」

「発想は悪くないですけれど、竜の瞳には瞬膜という膜があって、素早くとじるので不正解です。あなたにはないみたいですね、瞬膜」


 間違えた冒険者の目をナイフを抉りつつ見渡すと、全員黙ってしまった。

 まったく、これでも冒険者なのだろうか?


「仕方ありません、答えを教えますね。正解は、体内です」

「え」

「竜の喉から口にかけては、竜のブレスの通り道でもあるため硬いのですが、内容物を溶かす胃までいけば柔らかくなるんですよ。そこから胃壁を破り、心臓を目指す。かくいう私も経験があります。ということで」


 私はザインの肩を叩き、どうぞ、と攻撃アイテムを持たせた。

 両肩に自爆ウサギを乗せて、にっこり。

 大柄なザインは足をぶるぶる震わせ、噛み合わない歯をかちかちと鳴らしている。


「ま、まさかっ……!」

「敵に飲み込まれて自爆してください。誉れある竜殺しです。じゃあ行きますよ?」

「や、やめろおおおおっ!」

「せーのっ」


 私はかけ声とともに、竜殺しザインを放り投げた。

 けれど竜もバカではない。

 迎撃として火炎のブレスが放たれた。炎に飲み込まれた自爆ウサギと魔術アイテムに着火し、数々のアイテムが空中で大爆発を巻き起こす。

 ついでに竜殺しザインが粉微塵に吹き飛んでいく様を眺めながら……


 そうそう、もう一つ説明を忘れていた。

 竜の弱点は体内だけど、竜とて投げたものを簡単に飲み込ませてはくれない。


「なので初撃はオトリに使い、二撃目で狙うんですよ、アンメルシア」

「……え?」

「せーのっ」


 私はアンメルシアの頭に自爆ウサギを乗せ、竜の口へと投擲した。


「エルフの嘘の責任は、王女。あなたに取って貰いましょうね!」

「ふ、ふざけないでくださ……い、いやああああっ!」


 アンメルシアが叫びながら、閉じかけた竜の口へと吸い込まれていく。

 竜はその生態からか、咥えたものを反射的にかみ砕き、ごくりと飲み込んだ。


 ドゴン! と破裂音が響き、竜が口から煙を噴いてその巨体が倒れ伏す。


「皆さん今です! 倒れた竜の口に飛び込んで、体内から攻撃してください。王女の犠牲を無駄にしない! ほら早くしないと、竜が再生しますよ?」

「待て、いやだっ……じ、自分から喰われるなんて……!」

「竜の体内体験なんて他じゃできませんよー?」


 急いで急いでと手を叩き、ぞろぞろと冒険者達を奴隷のように飛び込ませる。


 ちなみに勇者様とともに邪竜の体内へと入った私の経験を語れば……

 竜の胃は、臭くて痛い。


 消化しきれず腐った魔物がとぐろを巻く異臭ときたら、あの勇者様ですら「可愛い女の子のやることじゃない!!! 勇者なんて嫌ぁ――――っ!」と鼻をつまみ涙目だったほど。

 しかも竜の胃酸が焼けるように熱く全身を焼くので、私の防護魔術でしのぎながら全員涙目で退治したのだ。


 なので今回は生身で突撃させてあげた。

 竜の口から、ぎゃあぎゃあと怒号が聞こえる。

 見えないけれど、今ごろ竜の酸によりエルフ共の皮膚がただれ、骨がむき出しになり異臭と汚物に塗れながら、ぐちゃぐちゃと泥沼を進みつつ剣を振っているはずだ。


 私は昔を懐かしみつつ、苦痛にあえいでるエルフ達の声を効果音にしながら思い出に浸る。


 そうして一時間ほど過ぎただろうか。

 気絶した竜がびくんと跳ね、その魂が力を失い消えていった。

 心臓に到達し、始末したのだろう。


「よくできました。竜殺し、無事に達成ですね。ではご褒美です」


 私はぱちんと指を鳴らし、エルフ達に持たせた攻撃用魔術アイテムを起爆させた。

 破裂した竜の血と肉、骨や内臓とともに、エルフだった者達の真っ赤なパーツがごちゃ混ぜになりながら噴水のように飛び散っていく。

 その様をニコニコと見届けたのち、仕方ないなぁ、と蘇生をさせる。


 彼等はぜぇぜぇと息をつき、ゾンビのような顔色で蘇った。


「あ、ぎぎっ……うげぇっ……」

「ほらほら、まだ動けるでしょう? 休まない、休まない。あなた達の苦痛なんて、私や仲間達が受けたものに比べれば大した事ないんですから。骨すら残さず灰とされ、ばらまかれた私の仲間にくらべれば安いでしょう?」

「っ、頼む、もう止めてくれ……助けてくれっ……俺達が悪かったから!」

「安心して下さい。最後まできちんと使い潰してあげますよ。私は優しい聖女ですから。ね?」

「っ……ううっ……!」

「そんな苦しいあなたに、新しい仲間です。赤竜レッドドラゴン」


 私はついでに、支配下においた竜に首をもたげさせる。

 がるる、とエルフを見下すつぶらな眼は、案外エルフよりも可愛らしい。


「はい、では皆さん、自分の手で殺した竜と仲良しの証をどうぞ。ああ、折角ですのであなたにしましょう、竜殺しのザイン」

「っ、お、俺はっ」

「ほら、竜と握手した最初のエルフになれますよ? 和解の握手です!」


 私は竜殺しザインを操り、和解しなさいと握手のための手を出させる。

 そのザイン目掛けて竜にブレスを吐かせ、消し炭にしてやった。


「ぎゃあああああっ! き、貴様っ……」

「まあ、私は和解なんて二度としませんけども」


 エルフを理解できる相手と思ってはいけない。彼等は人語を話す人食いモンスター。

 地表から一掃し、その魂を百度焼き、すべての尊厳を踏みにじらなければ、世界に平和は訪れないのだから。



 そして私はエルフ共と自爆ウサギ、オーガや竜を連れてついに奈落迷宮の最下層へと到達する。

 地下百階。


 待ち受けていたのは噂通り、四皇獣の一匹、火竜ノヴァを封じた魔法陣。

 そして魔法陣を守護するように立ちはだかる、最後の関門ーー



 漆黒の肌と二対の翼をもつ、モンスターの中でも最強と呼ばれる存在。

 それはデーモンと呼ばれる悪魔だった。


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