2-8 将軍プルートとの再会


「悪逆非道なる聖女よ、ついにフロンティアにまで現れたか! 我等エルフの、否、女神グラスディアナ樣すらをも恐れぬ残忍な所行、必ずや正義の刃が下されると覚悟するがいい!」


 お腹に脂肪をたっぷり詰め込んだエルフ、領主モーガンを椅子に虐げながら、私は鏡越しにプルート将軍と相対していた。

 プルートが元気に騒ぐということは、身の安全を確信してるのだろうと思いつつ、鏡に触れる。

 この鏡は転移できず、映像のみ通じているようだ。


 将軍は堂々と右腕を掲げ、紫色の腕輪を見せてくる。


「くくっ、これが見えるか? これは貴様を地獄に送るべく、王女リーゼロッテ樣より預かった服従の腕輪。我は今、伝説の四皇獣ベヒモスの元へと向かっているのだ! 世界最強と呼ばれる魔物を前にすれば、貴様とてひとたまりもあるまい。せいぜい、フロンティアの片隅で怯えて過ごすことだな!」

「……ですって、アンメルシア。何かご意見ありますか?」

「御託はいいから、早くわたくしを助けなさい、プルート! あなたを重用してやったのが誰か、覚えてないとは言わせませんわよ!?」

「あ、アンメルシア様!? なんとお労しい姿に……! しかし今は苦を堪えてお待ちください、我が必ずや助けに……!」


 アイテム袋よりアンメルシアを取り出した途端、将軍はあたふたと言い訳を始めた。

 本当に呆れつつ、ついでに尋ねる。


「プルート。四皇獣ベヒモスの口から放たれる必殺技、ベヒーモスブレスはあらゆるものを破壊する衝撃破だと聞きます。そんなもを使って、どうやって私から王女を奪還する気です?」

「ぐっ! ……せ、聖女、貴様。まさか王女を人質に取り、我を脅迫するつもりか!?」

「そんなことはしませんよ? ただ、手口について聞きたかっただけです」

「ふん! 我が秘策を甘く見ないで頂きたい。王女よ、必ずやその身柄をお助けにーー」


 ああ。本当に相変わらず、この男は変わっていない。


「では私が代わりに説明してあげますね? きっとあなたはこう言います。『仕方の無い犠牲だった』と。もしくは気付かないふりをして、王女ごと私を吹き飛ばすでしょう。あなたはそういう存在です」


 私はプルートのやり口を知っている。

 常に自分にとって都合のよい言葉を並べるくせに、いざとなったら仲間を躊躇なく捨てる裏切り者。

 そのくせ「仕方がなかった、皆がそれを望んだのだ!」と自分が被害者のように涙し、同情を誘うのだ。


 そう指摘すると、プルートは顔を真っ赤にして唾を吐いて叫んだ。


「戯れ言を言うな! 我は常に誠心誠意、真実と正義のために戦っている!」

「と言いながら、あなた既に第四王女に鞍替えしていますよね? でなければ、ベヒモスを操る腕輪を托されるはずがありません。ですので、私とともアンメルシアを吹き飛ばしても、あなたの懐は痛まない、と」

「我を愚弄する気か、聖女よ! 愚か、じつに愚か! 我が意思は鋼よりも硬く、その決意は血よりも尊いもの! 貴様のように軽々しく言葉を使う者とは訳が違うのだ!」

「……決意、ですか?」


 くすっと私は吹いてしまう。

 意思? 決意が硬い?

 あなたがそれを語りますか、プルート。


 まったく。

 この男は本当に、なにも分かっていない。


「宜しいですか、プルート。仕方がないので、あなたにわかりやすく教えてあげます。……鋼の意思とか、決意というのはーー」


 私は椅子より立ち上がって。


 領主モーガンの頭を、バトルメイスで叩きつぶした。

 なっ、と青ざめるプルートの前でアンメルシアの首を晒し、笑う。


「こういうものを、本当の決意と言うのです。……やると決めた時には、既に殺っている。その決意はきちんと形にしてこそ意味があります。あなたのように、余計な嘘偽りの言葉は必要ありません。私はやると決めたらやりますよ?」

「っ、き、貴様っ」

「それにしても……あなたは本当に、将の器にない小物ですね」


 壮大なことを口にしながら、身の危険を感じれば部下を盾にし、脱兎のごとく逃げ出す臆病者。

 どこまでも雑魚で、どこまでも心の小さな男。

 酒場にたむろしている男の方が、まだ面白いだろうと笑えるくらいの、雑魚。


 けれど……

 小物だからこそ、私はこの男がエミリーナを殺したことを、どうしても許せない。

 これほど質の低い男に、あの気高くも優しいエミリーナを汚されたことが、私の心をぐつぐつと煮立たせるのだ。


 だから私は予告し、決意する。


「プルート。私はあなたと違って、嘘は嫌いですし、口にしたことは成し遂げます。その私が告げます。ーーあなたは殺す」

「っ……!」

「あなたは必ず殺します。いいえ、死すら生ぬるいと思える方法で、生き地獄を彷徨わせてあげますから。……楽しみにしていてくださいね?」


 私は優雅に微笑み、死体となった領主モーガンに腰掛ける。

 青ざめたプルートはぶるりと震え、しかし、かぶり振って犬のように吠えた。


「っ……ふ、ふん! 口だけなら何とでも言える。だが、最後に笑うのはこの我だ。我こそはエルフ最強なる常勝将軍プルート! 第一、貴様は我の居場所を知らぬであろう。我を殺すなど不可能だ!」

「そうですね。今はすこし、あなたに猶予を与えましょう。私も別用で、奈落迷宮に用がありまして」

「奈落迷宮? ふん、あのような古びた迷宮に、一体何の用が……い、いや待て。奈落迷宮だと!?」


 プルートの表情がそこで強ばった。

 瞳を驚きに見開き、わなわなと拳を振るわせて。


「ま、まさか貴様。……狙いは、四皇獣ノヴァか!?」


 私はにんまりと微笑む。


「っ、まさか、貴様の蘇生術でもって、四皇獣最強と呼ばれるノヴァを……い、いやあり得ぬ。貴様如きにあの怪物が倒せるとも思えぬし、まして操るなど!」


 私はとくに答えない。


「ふ、ふん! 四皇獣の掌握など貴様には不可能だ! 我がベヒモスこそが最強にして至高! 貴様の目論見など、決して成功するはずが……」


 私はにこにこと沈黙する。


「こ、答えろ聖女! 貴様は本当に、四皇獣ノヴァを蘇らせ、自らの手で操ろうとしているのか!?」

「……すみません。あなたの反応があまりに小物過ぎたので、面白くて」


 私は口元を手で隠しながら、笑みを零してしまう。

 本当に……本当に小物なのだ、この男は。


 プルートは私が答える気はない、と感づいたのだろう。

 その顔を真っ赤にしながら、最後まで負け犬の如くきゃんきゃんと指をつきつけていた。


「っ、くそっ! 覚えておけ聖女よ。貴様の腐った笑み、必ずや我が正義の刃が砕いてくれようぞ! くくっ、ふははははっーー」


 プルートのマントが翻り、そして映像はぶつりと途切れた。




 そこそこ面白い挑発になったかな……と想いながら、私はアンメルシアの髪をぐりぐりいじる。


「アンメルシア。聞くのも野暮ですが、何故あんなのを将軍に?」

「……あの男は相手を馬鹿にし、追い落とすのにはとても向いてるのです。人類を弄び、見世物にするにはよい将軍なのですよ。……あなたも<魔法使い>エミリーナをあの男に切り刻まれた時、悔しくてたまらなかったでしょう?」

「ええ。私に残る恨みの中でも、あれだけは忘れられません」


 それは良かったと笑う王女を蹴飛ばしつつ、溜息をつく。


 元々、王女率いる人類殲滅軍はその戦力の三割以上をアンメルシアに依存していた。

 今こそ鎖に繋がれているが、魔術の天才であるアンメルシアは、本当に強いのだ。だから、周囲がヴァネシアやプルートのような雑魚でも勤まってしまうのだろう。


「それにしても……あなたには、部下に対する思いなどはないのですね」

「当然です。ヴァネシアもプルートもしょせん、私が楽しむための遊び道具。エックノアは次女の願いで加えていただけ。一体何を思う必要があると?」


 当然のように笑う王女を見下しながら、考える。


 ーーこの女には私の仲間を、勇者様を傷つけ殺された恨みがある。

 けれど同じように仲間を捕え、処刑しても、彼女は痛み一つ感じないだろう。


 更なる復讐を成すためには、別の手段を執る必要がある。

 その準備も、私は既に進めている。


「安心して下さい、アンメルシア。そんなあなたを心の底から絶望させるために、私はフロンティアに来たのですから」


 さて、と王女をアイテム袋に戻し、殺害した領主モーガンを蘇生させた。

 フロンティア地方の主にして、この地方に住んでいた人類を虐殺した責任者たる彼には、もう少し後悔してもらわなくてはいけない。


「げふっ……! な、わ、私は確かに死んで……」

「蘇らせました。そして今から何度も殺します。どのような手法で殺されたいですか?」

「ひいっ! 待ってくれ、わ、私はなにも悪いことはしていない! 善良なエルフなんだ!」


 私はちらりと隣を見た。

 領主モーガンの傍には、先ほどまで椅子にされていた奴隷エルフ達の死体が転がっている。


 にこり、と私は微笑みナイフを手にした。


「あなたは人間やエルフを椅子にするのがお好きだったようですね。では、今度はあなた自身が椅子になってみては如何でしょうか?」


 その四肢を解体して足にし、お腹の脂肪をクッションに。

 背もたれにはあなたの背骨と肋骨を使いましょう。そう告げると領主はぼろぼろと涙した。


「あらあら。人類のための椅子になることが、そんなに嬉しいだなんて。張り切ってしまいますね!」


 ふふんと私はアイテム袋を漁り、解体のために大きなノコギリを担いでみせた。



「くそっ、悪辣なる聖女め! 必ずや、我が刃が貴様を貫いてくれようぞ……!」

「し、しかし将軍様。情報によりますと、ウェスティンは既に壊滅状態と」

「分かっている。だからこそ我々は今すぐ迷宮に向かい、かの地竜ベヒモスを蘇らせる。そして聖女を抹殺し、輝かしき復興の道しるべとするのだ!」


 かの聖女に勝利するには、それ以外に道はない。

 プルートはマントを翻し、モーガンから借りた私兵達を焚き付ける。


「皆の者よ。我とともについて来るが良い。必ずやそなた等を勝利へと導こう! そして聖女に襲われし都市ウェスティンを取り戻すのだ!」

「っ……さすが将軍様!」

「なんという心強いお言葉!」


 プルート将軍の鼓舞に、不安がっていた兵達の表情に輝きが増す。

 彼等は領主モーガンの私兵であり、帰るべき場所を失った今、将軍についていくしかなかった。

 その騒ぎにつられ、迷宮前で留守番していたシャルティも顔を覗かせる。


「将軍様。どうかされましたか?」

「む……いやなに。そなたの祖父と、大事な話をしていたのだよ」

「あら。お爺様が何か?」


 つぶらな瞳でささやくシャルティは、まだ祖父が殺害されたことを知らない。

 プルートは兵達に目配せし、真実を伏せるべきだと判断した。


「いやなに。今日は特別楽しそうであったぞ。本来なら迷宮前で戻るそなたを、迷宮奥まで案内してよいと言われた」

「本当ですか!? やったっ。将軍様と一緒になんて素敵ですっ」


 最強の将軍様と攻略、とぴょんぴょん跳ねるシャルティ。

 その明るい顔を見つめながら、プルートはそっと頷く。


「シャルティ。愛おしき娘よ。そなたは必ずや、我が守り抜こうぞ!」


 祖父の犠牲に報いるために。

 プルートは彼女の肩を叩き、しっかりと誓いを結ぶのだった。



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