2-7 領主モーガン
フロンティア地方領主、モーガンはたるんだ頬をふるりと揺らしながら、実にご満悦な笑顔で頷いていた。
「かの常勝将軍プルート様に、我が孫娘の相手をして頂けるとは。シャルティも大喜びでありましょう!」
「……り、領主殿。気持ちはわかるが、このようなことをしている場合では……」
「そう焦りなさるな、将軍殿。蘇った聖女とはいえ、相手は人間一人なのだろう? それよりも、せっかくフロンティアを訪れたのだ。観光の一つでも楽しみつつ、孫娘の相手をしてくれないかね」
むふふと笑いながら、モーガンは映像鏡に映る将軍と、その連れである少女シャルティに微笑みかける。
常勝将軍プルートが領主宅を訪れたのは七日ほど前のことだ。
第四王女リーゼロッテ様の勅命により地竜ベヒモスの捜索へと来た将軍の話によれば、勇者一行の<聖女>レティアが蘇り、王都アンメルシアを地獄に陥れたという。
が、折角かの有名な将軍様が来られたのだ。
そんな与太話より是非、孫娘にその勇士を見せて貰いたい。
「モーガン殿。聖女の力を侮っては……」
「安心なされよ。将軍殿もご存知であろう? 我が屋敷に務める、フロンティア唯一の元SS級冒険者」
モーガンは自慢げに、黒服の男を紹介する。
モーガンの執務を務め、護衛でもある彼は、フロンティア一最強のハンターとして名の知られた男だ。
渾名は<首狩りのラバート>。
彼が落とした魔物と人間の首は数知れず。
なのに謙虚な彼は、将軍とモーガンに深々と頭を垂れる。
「お褒めに預かり恐縮でございます。しかし自分など、まだまだ若輩の身」
「謙遜する必要はないぞ、ラバートよ。そなたに落とせぬ首はないのだからな! ははは! ……それより外が騒がしいな。低級冒険者共が騒ぎ立てているのか? 品がない奴らよ」
「自分が見て参りましょう」
「うむ。言って聞かないなら首の一つくらい落としても構わん。低俗な冒険者など幾らでもいるからな」
がははと笑うモーガンに一礼し、ラバートは執務室を後にした。
その背中を見送ったのち、モーガンは鏡の向こう、将軍の隣に並ぶ愛娘に微笑みかける。
「それより、初めての迷宮はどうかね? シャルティ。伝説の将軍様、そして一流冒険者の護衛だ。楽しんでいるかね?」
「はい、お爺様。ご配慮ありがとうございます!」
鏡の向こうで、孫娘のシャルティが元気に一礼する。
綺麗なホワイトワンピースに、エルフであることを差し引いても愛らしいつぶらな瞳。
黄金色の髪を揺らす十歳になる孫娘を、モーガンは心の底から溺愛していた。
元々長寿であるエルフ種は、子を残しすぎることを良しとしない風潮がある。居住地域の限度など幾つかの問題があり、大繁殖が不可能だったのだ。
そのせいで若いエルフ達には不満が貯まり、人間の雌を誘拐して性欲を発散する事もよく行われた。人間とエルフの間に子は生まれないため、幾らでも使い回せる雌は便利だったのだ。
しかし人類を駆逐したことで繁殖が進み、モーガンの息子達もようやく子宝に恵まれた。
モーガンは孫娘のためになんでも与えた。
最近では手に入りにくい人間を与え、ねじ切る楽しみを教えてあげたら大喜びだ。
そんな孫娘シャルティが憧れていた相手こそ、エルフでも名高い常勝将軍プルートである。
「プルート将軍。シャルティは最強たるそなたに、ずっと憧れていたのだ。なあ、シャルティ?」
「はい! 将軍様はあの汚わしい人類を倒した、勇ましい勇者様だと!」
「ははっ、よく知っているな! その通り。我こそは史上最強にして負け知らずの常勝将軍プルート。どんな相手にも逃げず、媚びず、仲間を見捨てることなく戦い続ける男なのだ」
がははと笑い、将軍はシャルティの頭を愛おしく撫でる。
「シャルティ、きちんと将軍様の言うことを聞き、彼の勇姿を迷宮で知るのだよ。……では、私は将軍様と大事な話があるので、向こうにお行き」
「ありがとうございます、お爺様! 愛しています!」
鏡の前から、シャルティがてくてくと離れていく。
その背中を見送り、モーガンはまたも頬肉を緩めて笑う。
「愛しい孫娘であろう? 将軍様、頼みましたぞ」
「はっ。我が責任をもって、しっかりと守りましょうぞ。ところで……」
「分かっているとも。例の迷宮の件、だろう?」
一拍おいて、モーガンはわざとらしく手を叩いた。
「何を隠そう、いま将軍様が向かわれている場所こそ、かの迷宮。地竜ベヒモスが眠る地にございます」
「なんと! それを早く言わぬか。領主殿もお人が悪い」
「ちょっとしたサプライズという奴ですな。孫娘に浅層を見学させた後、そのまま探索を続けて頂いて構いません。……それより、地竜を操れるとは誠の話ですかな?」
「無論だとも。王女様より預かりしこの腕輪の力は確かです」
プルートが紫色の腕輪を誇示する。
「それは楽しみですな。では是非、地竜を懐柔した暁には、かの聖女を蹂躙したのち我が屋敷でご馳走と参りましょうぞ。もっとも今頃、我らがロバートがうっかり聖女の首をあげているやもしれませんがね」
くつくつと笑いながら、モーガンがぎしぎしと椅子を揺らすと「うぐっ」と小さなうめき声がした。
彼が腰掛けているのは大王が座るような大型椅子だ。
その足下には膝と両肘を床につき、項垂れたエルフの土台達が四人ほど並んでいる。
昔は人類を使っていたのだが、フロンティア地方から一掃してしまったため、代わりにエルフの奴隷共を使っている。
椅子としては少々バランスが悪いが、モーガンはこの椅子をいたく気に入っていた。
自分が支配者である、という実感を得られるからだ。
そのうえ、今日は将軍様とのお目通りも適い、シャルティにも喜んで貰えた。
ああ、今日はなんと素敵な日だろうーー
幸福に酔いしれるモーガンの耳に、コンコン、と扉のノック音が響く。
「む。早かったな。ラバート。して、どうだった?」
「はーい、何一つ問題ありませんでした! ウェスティンは無事に略奪と火の海のまっただ中です! あとはこの家だけですねー」
妙に可愛い声がした。
うん? とモーガンが振り向く前で、扉がどかん、とぶっ飛んでいく。
現れたのは、血に塗れた黒衣の女だ。
赤い靴を濡らし、全身に返り血を浴びながら、平然と絨毯の上を歩いてくる。
その背中に背負ったバトルメイスの先には、S S級冒険者<首狩りのラバート>の首が吊り下げられていた。
モーガンは何が起きたか理解できない。
が、すぐに乾いた笑いを浮かべる。
「…………ははっ。君は?」
「噂の聖女様ですよ。エルフのいるところ、どこでも殺しに伺います」
「なるほど、確かに中々やるようだね。……でも残念だよ」
モーガンはパチンと指を鳴らす。
天井裏から、身を隠していた暗殺者達が姿を見せる。
「その首、十秒で落としてあげよう、愚かな聖女」
十秒が過ぎた。
「落ちましたね。あなた以外全員」
モーガンは、ははっ、と笑った。
緩みきった情けない頬はカタカタと震え、びっしりと脂汗が浮かんでいる。
今日は、よ、良い日だ。良い日なのだ。
「……は、ははっ。ここは一つ、話し合いと行こうじゃないか。穏便に」
「エルフ種お得意の肉体言語で、ですね? 私、蘇ってから大好きになりましたよ、暴力と殺戮。拷問に復讐。こんなに楽しいものが世の中にあったなんて……アンメルシアのことを、少し笑えなくなりました」
聖女は張り付いた笑顔のまま、血にまみれた靴底でじとりと近づく。
プルートはひるみ、椅子から逃げ出そうとした。
が、聖女はその動きを抑えながら、モーガンより目を逸らしーー
「ただ、その前に。話をしておくべき相手がいるようです。……ねえ、プルート?」
聖女の眼差しは映像鏡の向こう、将軍プルートの姿をしっかりと捕え、ざわりと憎悪の焔を揺らしていた。
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