2―3 冒険者ギルドと人類殲滅軍その2


 生命体の中心にあるとされる<魂>或いは<根源>は、その生物が生物たり得る情報を持っている。

 エルフ種に限らず、人間や魔物も回復魔術で復元できる理由は、魂そのものを癒して元の形にしているから、という説が支持されることが多い。


 その魂を融合させるというのは、元情報をめちゃくちゃにかき混ぜてしまう、という意味だ。

 紅茶とオレンジジュースを混ぜるような感じだろうか?


 まあエルフは液体じゃなく固形物なので、ちょっと大変そうだけど。


「あが、おぼぼっ、おげぇっ」

「助けて、助けてっ!? ぐ、ぐるじいっ」

「ふふ。そちらの姿の方が、醜いあなた達らしくて良いんじゃないですか?」


 冒険者ギルドの中心で、人類を殲滅したクズ達が呻いている。

 魂融合により背中を接続された彼等は、じたばたとお互い離れようともがいていた。もちろん両足を互いに反対側へばたつかせても、一方向に進めるはずもない。


「苦しいですか? そうですよね。お互いの臓器や肋骨がめり込んで、肺が潰れているでしょうから。でも安心して下さい! 魂の融合は、そんな中途半端な状態では終わりませんよ」

「あが、あががっ」

「融合というのは全てを混ぜ合わせ、存在をひとつにしてしまうことです。身体、記憶や精神。私が私である、という自律性すらもぐちゃぐちゃに混じり合って……最後はきっと、自分が何者かも分からなくなって気が狂うことになるでしょう」

「や、やめ、やめろおおおおっ!」


 生意気にもまだ言語を喋っている元エルフに、私はくいと手を下ろして魔術を再開。

 二匹の後頭部がのめりこみ、手足がべたりと張り付き肉体に埋もれながらべきべきと骨が折れる音がする。

 そのまま二匹が埋もれ、完全にくっついた形で固定化されるかな、と私がニコニコしていると。


 どしゃっ、と音を立てて足が崩れ、身体が床に落ちてしまった。


「あら……?」


 身体のバランスがおかしくなったのか、私の魔術がまだ未熟なのか。

 地面に落ちた二つ分の胴体がうぞうぞと動き、その内側へと、手やら足やら頭やらがずぶずぶと飲み込まれていく。うーん?


「すみません、失敗したかも……ええと、こう、ですかね?」

「ぎゃああああっ!」

「こう? あれ? うーん?」


 魂の操り方が難しい。

 よいしょ、よいしょと手をひねり、魔力の糸を引くが、二個分の魂がこんがらがったせいか上手く動かず。

 その間に融合の中心点、心臓に目掛けてエルフの肉体がべきべきと飲み込まれて溶けていく。


 最終的に完成したのは――エルフの胴体二つをくっつけた肉の塊に、引きつった顔や手足を生やした、おぞましい肉のエルフスライムだった。

 スライムの内側に亀のように引っ込んだ顔から、おごご、と不気味な悲鳴が聞こえてくる。


「すみません、これは失敗ですね……魂を強引に融合させたので、本来の形が保てなかったのでしょう」


 うーん。次回の反省にしよう。

 頷く私の前でスライムがぞろりと動き、別の男の袖を掴む。


「な、く、来るなっ……やめろ、やめろっ!」

「あら、お仲間が欲しいのですか? まあ二匹じゃ寂しいでしょうからね。ええ、食べていですよ?」


 私の指示にスライムがびょんと飛びかかり、男に覆い被さった。

 やめて、助けて、ともだえる男をどろどろになった全身の肉塊で吸収しながら、スライムは臓器や骨混じりの体積を増やしていく。


 冒険者ギルドは、あっという間にパニックに陥った。


「こ、殺せ! そのスライムを殺せええええ!」

「馬鹿おちつけ、操ってる聖女を殺すんだ!」

「助けて、くそっ、外に出れない! なんだこれ結界か!?」

「はいはい皆さん、順番ですよー。スライムに食べられたい虫はそちら、私に殺されたい虫はこちら。最後まで恐怖を味わいたい虫は動かないでくださいねー」


 はいはーい、と皆を宥めながら私に向かってくる奴等をバトルメイスで撲殺し、蘇らせてスライムに放り込む。

 その間にもスライムはエルフ達の攻撃をものともせず彼等を掴み、人の顔をした五つの口ががぼりとエルフの肉を喰らっていく。


「そうだ、アンメルシア。あなたもついでに食べられてみます?」

「な、っ」

「安心して下さい。あなたの魂だけは私が絶対に逃がしませんから、融合はさせません。……まあ、すごく痛いでしょうけどね?」


 おまけで、えい、とアンメルシアを放り投げるとすぐに「ぎゃああああっ!」と王女の悲鳴が響き渡った。

 心地良い泣き声を堪能しながら後処理をスライムに任せ、ゆっくりと冒険者ギルドのカウンター席へ。


 震えたまま動かずにいたのは、冒険者ギルドのマスターだ。


 眼鏡をかけた臆病そうなエルフに、私が聖女であること。

 エルフを根絶するために王都アンメルシアを壊滅させたことを、丁寧に説明する。


「ギルドマスターさん。集めて欲しい資料があります。迷宮のマップや資料。冒険者リスト一覧。それと可能な限り、フロンティアにいる冒険者を招集して下さい」


 迷宮攻略をするなら、より強い冒険者の魂を手駒にした方が便利だろう。

 昼間からたむろしてる雑魚はスライム行きで結構。


 それに、……登録している冒険者リストの中には、人類殲滅軍の者もいるはずだ。

 彼等には迷宮攻略ついでに、とびきりの復讐を与えなければ。

 ああ、楽しみだ。


「こ、こちらになります」

「頂きます。……やはり懐かしい名前がありますね。ふふ、狩人ペルシアの名前もあるじゃないですか。アレは少し念入りに潰しましょうねー。……で、ギルドマスターさん、他に迷宮の資料は?」

「も、目的の迷宮にもよりますけれど、詳しい資料は領主のモーガン様のところに……」


 領主モーガン。フロンティア地方の主にして、人類虐殺を指導した一人だったはず。

 後ほど領主の身体に聞くとしよう。

 情報をまとめていると、ギルドマスターが怯えながら、けれど期待を込めて私を伺う。


「あ、あのっ……聖女様。て、手伝いますから、お願いです。殺さないでくださ、」


 その首を刎ねた。

 指先でくいとギルドマスターを蘇生させ、私はにっこり優しく告げる。


「あなたに与えられるのは、スライムに飲み込まれない権利です。安心してください。きちんと言うことを聞いて手伝ってくれたなら、多少マシな死を提供しますので」


 嬉しいでしょう? 私は聖女ですので。

 私はギルドマスターの他、生き残った雑魚冒険者達ににこりと笑う。


「では、生き残った皆さんには少々お手伝いをして貰います。宜しいですね? 嫌だという方は、スライムに自分から飛び込むか、私に放り投げられるか選んで下さい」


 私の優しいお願いを断るエルフは、一匹もいなかった。



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