1-17 王都崩壊4
二日をかけて殺戮の限りを尽くした王都に、生者の姿は既にない。
生きながら操られる死者か、酷く損壊して引き裂かれた死体だけ。
炎は既に消えてしまい、瓦礫と灰だけが残っている。
その様子を城壁の上から眺めつつ、私はうーん、と元気に背伸びをした。
「これは気持ちよく全部死にましたねー。完璧な城壁に囲まれた町なのが幸運でした。一匹残らず、ですね」
「……聖女……これで、満足でしょう?」
ふんふーん、と上機嫌な私をせっつくのは、鳥籠に捕えた王女アンメルシア。
美貌に満ちていたはずの顔はぐずぐずに歪んで濡れ、憎悪に満ちた目で睨んでくるのが心地良い。
「これで、満足でしょう!? わたくしの愛した民は皆死にましたわ。わたくしの美しい身体も、名誉も、わたくしが築き上げた町もすべて! あなたは全てを奪って……!」
「なに言ってるんですか、まだ仕上げが残ってるじゃないですか」
「はあ!? これ以上、何を奪うと!」
私は呆れながら、鳥籠をくるりと回す。
王女の前で、ずん、と轟音がして。
城の四隅に立てられた塔が傾き、崩れ落ちた。
「生物は死んでも町は残るんですから、きちんと解体して更地にしないといけません。テーブルを汚したら、綺麗に拭くでしょう?」
王女の見る前で、破壊活動が行われていく。
ある者は剣を、ある者は斧を持ち、ある者は魔術をもって家屋を破壊し完全な更地へと砕いていく。
アンメルシアが百年賭して作り上げた花の都が、傷一つなかった城が、すべてが打ち壊されていく。
「どうです、見晴らしよくなったでしょう?」
積み上がる瓦礫と死体を前に、ふんふんと歌を歌う。
とても素敵な、記念式典に相応しい日になった。
そう思う私の耳に、王女の怨嗟が届く。
「………………許さない」
「うん?」
「聖女レティア。あなただけは、絶対に許さない……っ! あなたの名は、必ずやエルフの歴史に史上最悪の悪逆者として、名を連ねてやりますわ! ええ、その四肢を今度こそひとつ残らずもぎ取り、八つ裂きにしながら!」
王女が吠える。
お前は許さない、と怒りを込めて。
「あなたは既に勝った気でいるのでしょう。その化物みたいな力に奢りながら! わたくしの首を晒して、さぞ気分が良いことでしょう。ですが、覚悟なさい。……この大陸にはわたくしの、数多くの同胞がいる! わたくしの愛しい御父様が、御母様が。そして優秀なるお姉様が! なにより、お前一人ではどうしようもないエルフの同胞達が、必ずやあなたの首をそぎ落とし、わたくしの前に並べてくれますわ!」
だから、必ず。
必ずお前を殺し、その名を歴史に刻んでやる。
その四肢を砕き、再び頭蓋骨を柱に突き立て、泣き叫ぶ姿を見させてやる、と。
「ふふ。今から震えて怯えることですわね、聖女レティア。わたくしへの復讐を成して満足でしょうけれど、あなたは今から毎夜の如く怯えるのです!」
「……なにを言ってるのです、アンメルシア」
王女は噛みつかんとばかりに殺意を見せるが、それは私の台詞だと思う。
「それにしても随分と生ぬるく、安っぽい言葉ですね。まったく」
「なっ……生ぬるい、ですって!? あなたは、わたくしの怒りすらも侮辱すると」
「いえ、素直に事実を述べただけです。といいますか、あなたは勘違いしています」
私は手元のメイスを彼女の額に当てて、理解しろ、と突きつける。
復讐の完遂? 満足? 気分がよい?
なんですか、それは?
「アンメルシア。あなたは身体と故郷を焼かれて怒り心頭でしょうが……私にとっての復讐は、まだ始まったばかりです。だって私が行ったのは、たった一つの都市を滅ぼしただけじゃないですか。満足なんてほど遠いですよ」
「……は?」
「まだせいぜい、三十万匹ほどの虫を潰した程度じゃないですか。対して、あなた達はなにを行いましたか? 地上にある全ての人類の都市を滅ぼし、村を焼き、赤子も老人も構わず殺し、奴隷にしては弄び、その全部を私に見せつけたのですよ?」
目を見開く王女に対し、なにも分かってない、本当にこいつはわかってないなと思う。
だから私は改めて口にする。
私の復讐、その最終目標を。
「あなたに理解できるよう、きちんと言葉にしてあげますね。私が目指すべき最終目標」
私は誓うように、天高き太陽へと血塗れのメイスを掲げてみせる。
「大陸のエルフ種、一億全員、皆殺し。……そして、エルフの種そのものの根絶です」
それが私の成すべき復讐。
私から文字通り、すべてを奪った奴等に対する届け物。
私が見せつけられた百年の絶望を、彼等に返すための手段だ。
「私は全てのエルフを殺します。この大陸に築き上げた、エルフの主要七つ国すべて。
あなたの両親、姉妹達が収める国のすべて。
あなたを含めたエルフ種という存在すべて。
エルフの文化、歴史、宗教、技術、歴史、建築物、娯楽。存在すべて。
ありとあらゆるものを殺して殺して、この地上にエルフ種が存在したという事実すら記憶にも残らない、素敵な世界の再構築、それが私の目標です」
王都ひとつを潰した程度では、エルフ種という全体にとっては蚊が刺した程度の痛みだろう。
その全てを焼き尽くした時こそ復讐は完遂し、私は、この痛みを笑いに変えることが出来るのだ。
「そして、王女アンメルシア。その全てを、あなたはその目で見て貰います。だから私と共に来るのですよ」
「……っ」
「それなのに『復讐は完了した』だなんて、せっかちなんですから、もうっ」
青ざめる彼女の顔を、愛おしく抱きながらくるりと回す。
彼女と私。
二人の前にあるのは廃墟と化した花の都。
死と灰が漂う姿を前に、私は王女の髪を撫でながらそっと囁く。
「この光景をよく覚えておいてくださいね、アンメルシア。あなたの知る全ての国が、こうなります。私はあなたを連れ回し、あなたの知る全てをあなたの前で壊し、あなたの心を徹底的に貶めます。今日は素敵な復讐記念日ですが、これも単なる準備運動だったとすぐに分からせてあげますから」
この復讐は、長い旅になるだろう。
私は百年間、彼女に苦しめられ、人々を目の前で殺された。
ならば私も百年がかりで、彼女に絶望を突きつけよう。
「……できるはずが、ありませんわ。不可能です! 全てのエルフ種を滅ぼすなど!」
「ええ。私も勇者様から授かった力だけで、全て解決できるとは思いません。ですが、必ず成し遂げてみせますよ。それが勇者様との約束ですし、あなたの顔をもっとも歪ませることが出来る手段ですから」
そして私は耳元でそっと囁く。
「あなたにとって美しいエルフが死に、最高に醜い人類種が残る。素敵でしょう?」
「っ……聖女、レティア……この、悪魔!」
「あらあら。私を悪魔に育てたのは、一体どなたでしたか?」
そして私は崩れた花の都を後にし、復讐の第一歩を踏み出した。
最初の行き先は決めている。
フロンティア。
大陸最後の未開の地と呼ばれ、かつては人とエルフの冒険者が共にダンジョンへと挑んだその地に、いまは人の姿は一つもない。
迷宮の富と宝をすべてのエルフが独占し、巨万の富を生み出しているという。
未攻略の迷宮へと挑む若者達の、夢と希望が詰まった希望の地。
その大地を絶望色に染めるのは、実に殺りがいがありそうだ。
それに……
フロンティア地方には復讐とともに、私が成すべき大きな目的がある。
「では参りましょう、王女アンメルシア」
「っ、軽々しくわたくしの名前を呼ぶなどげふっ」
「誰が口答えを許しましたか? まったくもう」
彼女の顔に膝蹴りを打ち込み、じゃらりと首に下げた鎖を振り回す。
王女は泡を吹いて目を回し、その哀れな姿にくすりと笑みがこぼれてしまった。
ああ、いけない。
旅は始まったばかりなのだ。
私の受けた絶望を、この女にはもっと時間をかけて味わって貰わなければ。
気絶した王女を連れながら、息絶えた廃墟を後にする。
空は快晴。
絶好の殺戮日和にうーんと背伸びをしながら、私はのんびりと歩き出した。
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