1-5 見張りの兵士に質問してみよう



 王都アンメルシア。

 七つ大陸の中央に位置するロゼリア王国の首都にして、王女アンメルシアの名をそのまま冠した都は”花の都”という別名に反した堅牢な城塞都市だ。


 周囲をぐるりと囲う魔術城壁に、都市の入口に設置された強固な門。

 かつて魔王との戦の最前線を勤め、同時に多くの人類が処刑された都市だ。

 私自身も最後はここの処刑場で首を燃やされたので、憎悪という意味で思い出深い。


 その都市の東門を前に、私はうーんと考え込んでいた。


 ……本当は緻密でクールな作戦を考えたかったけど、作戦を立てるのは昔から魔法使いや勇者樣の役目だった。

 私はぽかーんと聞いてるか、分かりましたと生返事してたことが多かったなと思う。その度に「君、聞いてないだろ」と勇者樣に叱られたのは懐かしい思い出だ。


 まあ作戦を立てるにしても、王都の構造を知らなければ難しい。

 分からなければ質問しよう。私は東門の警備兵に挨拶をした。


「こんにちはー。すみません、皆殺しに来たんですけど……あら?」

「はぁ? お前、なに言って……な、なにっ!?」


 軽鎧と長剣で固めたエルフの男二匹に、私は少なからず驚いた。見覚えがあったからだ。


「あなた、まだ警備をしてたんですね。もう百年にもなりますか。さすが長寿なエルフ種です」

「きき、貴様は聖女レティア……まさか。馬鹿な、死んだはずだ!」

「その予定でしたが、地獄から戻って参りました。以前はあなたにもお世話になりましたねー」


 勇者樣とともに魔王討伐を目指して出発したとき、都の入口で見送ってくれたのが彼だ。

 もちろん笑顔は嘘偽りで、後に囚われた私が散々に叩きつぶされたことは言うまでもない。


「今さら地獄から戻ってきたか、この悪女め……っ!」

「おいおい、落ち着けよ相棒。こいつの魔力は王女様によって完全に封印されてたはずだろ? なにびびってんだよ」


 驚く男に対し、げへへ、と相方の男が笑い、舌なめずりをする。


「最近はすっかり人類種も少なくなって暇してたんだよなぁ。こいつ人間にしては顔だけはいいんだ。あとでかい胸。あの時みたいにたっぷりいたぶってやろうぜ?」

「……ああ、そうだな。俺達の仲間にもお裾分けしてやろうか。ご無沙汰だろうし」

「懐かしいなぁ本当。なあ<聖女>? お前は知らないだろうけど、俺は王女様のお付きとして大陸中を回ったんだよ。あの時は楽しかったなぁ。とくにお前の仲間の<魔法使い>や<騎士>をやった時は本当にぶげふっ!」


 男が言い終わるより先に、私はうっかりメイスを振り抜いていた。

 男の膝下が吹き飛び、うつ伏せに倒れたその背中を踏みつけながら、右足、左腕、右腕と順番に砕いていく。


「すいませんけど……仲間の悪口は謹んで頂けますか?」

「ごげ、ぐが、げふぅっ! やめ、やめっ」

「私は自分を辱めた奴等を許しませんが、私の大切な人々を苛めた奴等をもっともっと許しません。私を慕ってくた仲間。私を愛してくれた人々。私の故郷、友人、親、家族……彼等を貶めた虫にだけは、その辺しっかりとご理解頂けるよう頑張るつもりですので!」


 ああ。思い出しただけでも憎くて憎くてたまらない。

 その憎悪をぶつけながら、四肢をくだいた後は背骨を破壊し、ついでに臓器も叩きつぶしていく。


「ごが、あがっ! やめ、やめろっ」

「まずはあなたの愚かな身体に刻んでおきましょうねー。こんな風に」

「が、あっ、げぐっ、ーーー」

「おい貴様! と、止めっ……ごふっ」


 ああ、許さない、絶対に許さない、殺しても殺しても飽き足りない。

 その身体をバラバラに砕き灰にしてもなお足りない憎悪が、私の中からふつふつと無限に沸いてきては内側を食い破っていく。


 ……っと、いけない。

 殺すときは楽しんでやろうって、勇者様と約束したのに。


「すみません。ちょっと張り切りすぎて、我を忘れて……あら?」


 足下を見ると、謎の肉片がぐちゃぐちゃに飛び散っていた。

 もう一匹の男も助けに入ろうとしたか、私に斬りかかろうとした姿のまま頭がなくなっている。


 しまったと思った私は、ついと指で空中をなぞる。

 慣れたもので、彼等はあっという間に蘇った。


「っ!!! な、なっ」

「あなたの暴言は、いまので無かったことにしてあげます。代わりにひとつ、お仕事をして頂きますねー」

「なっ、ひ、ひいっ! か、身体が勝手に」


 仲間を貶めたこいつらは未だ殺しても殺し足りないけれど、今の目的は王都の構造把握と門の制圧だ。

 苛めるのも程々に切り上げて二匹を操り、門の脇にある詰所をノックする。


「すみませーん。地獄から蘇った聖女ですけど、見張り番の皆さんに死んで貰いに来ました!」

「はぁ? なにを馬鹿な……なっ、お、お前等なにを、ぎゃああああっ!」


 そして私は蘇生させた兵士二匹を放り込み、そこにいる全員を殺せと”命じ”てみた。


 兄妹エルフの蘇生実験で分かったことだが、私が蘇らせた生命には直接操作だけに留まらず、簡単な内容なら自立行動を行わせることが出来るようだ。

 例えば”生きてる者を殺せ”とか。

 うん、これは本当に便利だと思う。


「や、やめろお前等っ、くそ、こいつら頭が狂ってやがる! 殺せ!」

「っ、なんで、刺されても倒れないんだ!?」

「ぎゃあああっ! やめ、助けっ……」


 詰め所ではあらゆるところに血しぶきが舞い、兵達が次々に倒れていった。

 もちろん私が殺戮を命じた二匹も反撃を受け、全身に剣を刺されていく。

 けど、私が蘇生させ続けて筋肉を無理やり動かしてるので、心臓が貫かれても敵を殺せる安心設計。蘇生術ならではの戦術だろう。


 しばらく眺めてる間に生きてる兵士は私が操る二匹だけになり、彼等はお互いの顔に剣を刺したまま殴り合いを始めてしまった。涙を流す顔もなく、潰れたカエルのような悲鳴をあげている。

 ああそうか、死なない相手同士で生者を殺し合うのだから、放っておけば無限に痛みが続くらしい。

 なんて素敵!


「ありがとうございます、勇者様。私にこの力を授けて頂いて」


 ふふ、と私はにこやかに笑いつつ礼をし、二匹の醜態を眺め続けた。





 ……けどまあ、ずーっと遊んでる訳にもいかない。


「ああ、いけません。東門の制圧をしないと。えーと、この潰れてる虫が隊長さん? では生き返らせて、と」


 絶命していた死体の中から、豪華な兜の兵士を蘇生させる。

 聞き慣れた驚きの台詞を流しながら、私は王都について尋ねることにした。


「こんにちは、隊長さん。じつは私、王都アンメルシアの全体像って久しぶりに見るんですよ。前は串刺しにされたまま野晒しだったので分からなくて。宜しければ、王都の簡単な構造を教えて貰っていいですか?」

「が、がっ……げ、ぐ、ぐっ」

「あ、ごめんなさい、口から首の後ろまで槍が刺さったままでしたね。……よいしょ、と。これでお話できますよね?」


 私が丁寧に尋ねるも、その隊長さんは血を吐きながら睨み付けてきた。


「だ、誰がっ……貴様、なんか、に。私は国を守る守衛だ、貴様に殺されようともっ!」

「あら困りましたね。どうしましょう」


 一応は気骨のある隊長だったらしい。殺されても国を守ろうとする心意気だけは、ちょっと賞賛する。

 その心意気を人間にも向けてくれれば死なずに済んだのだけど。


「うーん……」


 困ってしまった私は、すぐに名案を思いついた。

 ここも蘇生術の使い所だろう。

 私は倒れた兵士数匹を蘇らせて手招きする。


「あなた達、ちょっと王都の中から適当に十匹くらい連れてきて貰っていいですか? なんの特徴もない、ごく普通の一般市民で結構ですので」

「な、何をさせるっ……!」

「まあまあ見ていてくださいよ」


 隊長の前で、命じられた兵達は青ざめた顔のまま、すぐに町中から十匹きっかり住民を連れてきた。

 仕事の邪魔をされたらしく、町民の一人は「せっかく質のいいウサギの腕が売れそうだったのに」と舌打ちしている。

 そんな彼等に順番に並ぶよう声をかけ、うん、と私は満足に頷いて隊長さんに微笑んだ。


「では始めますね。話したくなったら、いつでも話してください!」

「な、なにを」

「いーち」


 私は一匹目の男の頭を叩き割った。

 血と脳漿が飛び散り、詰所内に聞き慣れた悲鳴が響き渡る。

 連れてこられた者達はもちろん顔を引きつらせ逃げようとするが、私の操る兵士達がそれを許さない。


「にーっ」


 続けて二匹目。女の顔が恐怖に歪み、すぐにスイカ割りのように弾け飛ぶ。


「ま、待てっ! 止めろおおおっ!」

「さーん。よーん、ごー……」

「わかった! わかったから! 聞きたいことは全て話す!」


 五匹目をたたき割ったところで、隊長さんはすぐに頬をひくつかせながら根を上げてしまった。

 恐怖に声を上ずらせながら、王都アンメルシアの基本的な構造や警備状態を教えてくれる。


 話をまとめると、王都アンメルシアの構造は昔と変わらず三つの門に守られているらしい。

 西門。南門。そしてここ東門。

 この三点を通らずして外部からの侵入者はあり得ない、と隊長さんは語る。


 つまり三門を完全に封鎖すれば、住人はぜんぶ姿焼きにできそうだ。

 なるほどと理解した私は、ご協力頂いた隊長さんに感謝をこめて一礼をした。


「ご協力ありがとうございました。では続けますね。ろーく、なーな」

「な、き、貴様あああああっ!」

「はい? なにか? はーち、きゅー」

「話した、私はすべて話しただろう! きちんと全部、隠し事など一つもない! なのに何故っ!」


 なぜと言われましても。


「私、ただ殺したいから殺してるだけですし……そもそも話したら助けるなんて約束してませんし……」


 隊長さんは絶句し、その間に私は「最後に、じゅう」とお仕事を完遂する。

 それから蘇生させた兵士もきちんと再殺した。

 詰所はなにかのお祭りのように真っ赤な血と肉片で染まり、素敵な異臭が漂い始めている。


 大変に満足だと頷いてると、隊長さんが苦悶の声とともに私を睨み付けてきた。


「こ、この化物が。大量殺人者め……!」

「あら。大量殺人だなんて、まだ三十匹ぽっちじゃないですか。それに、あなたに私を罵る資格はありませんよ」


 私は血のついた頬をぬぐいながら溜息をつき、震える隊長さんにメイスの先端を突きつけた。


「あなたも同じように、たくさんの人々を笑いながら殺してきたでしょう? ええ。あなたの顔も覚えてます。人間の子供を捕まえては、試し切りといって意味もなく斬ってましたから」

「劣等種の人間と、我らエルフの価値を同じに測るなど!」

「ええ。ですから私もあなたに価値を感じません。では、さようなら」

「ま、待てっ……」


 最後の一撃を振り下ろす。

 隊長さんは遺言も残すことなくどさりと倒れ、私は無事に東門の掃除を完了したのだった。



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