1-4 エルフの姉妹と遊ぼう2


 兄の心臓へと伸びた糸を見ながら思い出したのは、魂に関する逸話だ。


 世界に存在する生物にはすべからく、魂、あるいは根源が存在する。

 脳が砕かれ心臓が潰されても蘇生することが出来るのは、魂が残っているから。

 この世界において、魂は生物の本質である。ということは。


「……もしかして?」


 仮説を立てた私は、くいと指を動かしてみた。

 釣られるように、兄の手がぐっと上がる。


「え、な、なんで!? 俺の腕が勝手に」

「ふむふむ。なるほど、魂の冒涜」


 頷く私の前で、妹が兄の手を引いた。


「お兄ちゃん! このウサギ何かヘンだよ、逃げよう!?」

「う、うん。走るぞ、ミニィ!」

「あ、こら。勝手に逃げたらダメですよ?」


 私がくいと手首をひねると、兄の足が地面に縫い付けられたように止まった。

 ついでに兄を操り、妹の腕を捕まえさせる。


「お兄ちゃん、何してるの!?」

「ち、違うんだ、身体が、身体が勝手に!」


 予想通り、私の蘇生術はただの蘇生を越え、生き返らせた相手の魂を操れるらしい。蘇生自体は完璧に行われているので、死霊術なんかよりぶっちぎりで禁忌術の域だ。

 なるほど…………うん。


 これは、便利だ!


 ふんふんと機嫌をよくした私はもっと実験しようと思い、兄を操って妹を押し倒させて組み伏せた。さっきまで愛らしい笑顔を浮かべていた妹は完全に恐怖に怯え、カチカチと歯を鳴らしている。

 うん。こちらの顔の方が余程可愛い。

 もっと可愛い顔にしてあげよう。


「二人とも、分かったかな? 今のがエルフ狩り。楽しいでしょ? でも私がやると力が強すぎるみたいだから、今度はお兄ちゃんがやってみようか」

「え、えっ」

「大丈夫。最初は誰でも初心者だからね。私が手取り足取り、魂取って教えてあげます。はい、じゃあナイフ持って? 初心者向けに、まずは獲物に逃げられないよう大腿を抉りましょうねー」


 私の指示に従い、エルフの兄がナイフを逆手に取って思い切り振り下ろす。


「ぎゃああああっ! 痛い、痛いぃぃぃっ!」

「や、やめ、やめろおおおおっ! 止まれ、止まれよぉぉぉぉっ!」

「だーめ。狩りだって言ったでしょ? 念入りにきっちり抉るんですよ。その方が痛くて痛くて泣きたくなるからね」


 悲鳴をあげる兄の意思を無視し、突き刺したナイフをぐりぐりと回転させてあげる。

 それから血と肉片のこびりついたナイフを引き抜かせ、反対側の太股も刺してあげた。


「はい、じゃあ次は抵抗できないよう両腕ね」

「な、なんなんだよお前! 何でこんなことするんだよぉぉぉっ!」

「なんでって、君達のやってた狩りと同じことしてるだけじゃない」


 なに馬鹿なことを言ってるのだろう、この子達は。

 自分たちのやってた遊びを、私もやっているだけなのに。


 ふぅむ、と理解できず首を傾げている間に、妹は順調に刻まれていく。

 両肩を刺され、血を流しながらぎゃあぎゃあと泣き叫ぶ顔は既に涙で濡れていた。とても良い顔になったと思うが、二匹にとっては違うらしい。懇願するように震えている。


「頼む、止めてくれ、お願いだから止めてくれ! 妹が、妹が死んじゃうから……!」


 ぼろぼろと涙をこぼし、鼻水をすすり顔を歪める兄。

 確かに、何事もやり過ぎは禁物だろう。


「そうだね。分かった、じゃあこの辺にしておこうか」

「う、ううっ……!」


 震えながらも、兄はほっとしたらしい。

 その顔を見ながら、速やかに指を引く。

 兄の手がくるりと回転し、ナイフが妹の首をすぱっと切断した。


「…………え?」

「はい、おしまい。楽しかったねー」


 倒れた妹の身体から生命力が抜け落ちていく。

 返り血を盛大に浴びた兄は、この世のものとは思えないほど目を見開き、自らの手を見つめていた。

 どうやらエルフ狩りの初体験に満足してくれたらしい。


「あ、ああっ……なん、なんでっ」

「エルフ狩り、どうだった? 初体験が実の妹なんて中々ないよ? ……ああでも、妹ちゃんの方はまだ狩りを体験してなかったかな。ごめんね? 死んだままにしとこうと思ったけど、妹ちゃんも一回生き返らせようか」


 私は再び蘇生魔術を放つ。

 妹の身体がびくんと跳ね、切り裂かれたはずの首が速やかに再生していく。


「げふっ! ……お、お兄ちゃ、なにこれっ」

「はい、じゃあ攻守交代ね。今度は妹ちゃんが殺ってみようか」


 折角なので、妹ちゃんには私のバトルメイスを貸してあげた。

 子共の手には大振りだが、頭をかち割るくらいなら簡単だろう。

 妹がぐっと獲物を振り上げ、兄の顔が引きつっていく。


「止めろ、ミニィ……それは止めろ、止めてくれっ」

「助けて、助けてお兄ちゃん!」

「っ……お、お前、何でこんなことするんだよ、この化物! お、俺達まだ子供じゃないか! 何の罪もない子供だぞ! それを、こんなっ」

「本当に悪気がない子供は、自分が子供だからーなんて生意気な言い訳しませんよ? それに私がしてるのは、あなた達と同じ遊びじゃない」

「あ、遊びで、こんな、ぎゃああああっ!」


 兄の顔がひしゃげて潰れたトマトのようになった。

 それでもメイスを振り下ろし続ける妹を眺めながら、私はにこりと宣言する。


「私、蘇るときに決めたんです。エルフは赤子からお婆ちゃんまで全部殺す。中には罪がない者もいるでしょうが、それでも殺す。ウサギさんを狩るのに、年齢や性格を気にする人はいないでしょう? ね?」

「…………」

「あら?」


 妹は兄を殴り殺したショックで泡を吹いていた。

 この程度で気を失うなんて情けない。私はもっと酷い目にあったのに!


 仕方ないので、パチンと指を鳴らして兄を蘇生させてあげる。

 うん、大分慣れてきた。けどまだ練習が必要だ。


「もう少し実験してみましょう。私の蘇生術が、どれくらい使えるのか」



 兄妹を操り蘇生術の使い方を試した私は、五回目くらいで二匹を土に返してあげることにした。

 小物に構っていては、時間が幾らあっても足りない。

 世界からさっそく二つのゴミを片付けた私は、その足取りで殺されたウサギの元へと向かう。


 生きるために、必死に逃げてきたのだろう。

 ナイフを刺され絶命してもなお助けを求めるように地面をひっかき、足掻こうとした痕があった。


「……ごめんなさいね」


 私はそっと少女の瞼を閉じ、冥福を祈る。

 彼女を蘇らせることは簡単だろう。

 でも仮に生き返らせても、彼女が生活できる場所があるとは思えないし、私とともに行く訳にもいかない。


「いつか必ず迎えに来ます。今は代わりに、あなたの無念を背負わせてください。あなたをこんな目に遭わせた奴等に、必ず地獄を見させてあげますから」


 簡素な墓を作りながら、手向けの言葉を告げる。


 蘇生術を得たせいだろうか。

 少女に残された魂がふるりと震え、声が聞こえた気がした。

 ーーあいつらを殺してくれてありがとう、と。




 よし、と小さなお墓への祈りを終えて立ち上がる。


「見ててください。あなたの分まで、がんばって殺って殺って殺りまくりますからね。殺して犯して燃やして塵にして、全部あなたと同じ大地に埋めてあげます。だから、ちょっとだけ待っていてください」


 天気は晴天。木漏れ日を見上げ、よい復讐日和だ。

 片手にべっとり血と肉片のついたメイスを握り、ふふん、と私は復讐の旅路を歩き始めた。


 目指すは王都アンメルシア。

 あの生意気な王女に、まずはご挨拶に行くとしよう。



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