第17話 敵の姿

 マリーは背中を負傷していた。

 俺を庇って敵のライフル銃を何発も受けていたのだ。


 「・・・・・・カハッ」


 「マリー!!!」


 マリーは口から血を出して、俺の腕の中に倒れ込んだ。名前を呼んでも意識がなかった。その背中から血もどんどん流れてくる。

 それなのに俺達の周りには何人もの敵にライフル銃を向けられている。


 このままだと、2人とも死んでしまう!

 俺はどうすれば・・・・・・



 ・・・・・・ドクン

 心臓の鼓動が、大きく一つ飛び跳ねた。


 囲まれていた敵のライフル銃がいつのまに全て破壊されていた。俺もいつのまに剣を握って立っていた。その剣を振るたびに敵は激しく負傷した。だけど、奴らは痛みに鈍感だ。軽い攻撃では動きを止められない。


 いいね、なら・・・・・・全員殺してやろう。


 敵の心臓を刺して、首を切って、眼球を抉って、肉を千切った。

 人間の悲鳴が聞こえる。だけど、今の俺にはそれすらも胸を高鳴らせるようだった。赤を見れば見るほど、なんだかそれが剣を振る活力にもなっていた気がする。

 熱を帯びた怠い身体も、何かに操られるように動いていた。


 「・・・・・・ハハッ」


 何故か笑いがこぼれた。

 苦手だったはずの血生臭さが今は何ともない。


 斬りたい、殺したい。


 頭の中ではそれだけが回っていた。


 何のためにここまで来たか、なんだかそんなこともどうでもよくなっていた。次第に戦っている理由もわからなくなっていった。理性が、少しずつ失われていく感覚。

 これが、俺の・・・・・・生物兵器としての本能なのだろうか。


 「ジョゼフ!やめて・・・・・・!!」


 マリーの声。


 「・・・・・・マ、リー?」


 マリーが生きている。

 そう思ったらなんだか自分が現実に引き戻された感覚がした。


 「もう、周りの敵は全滅してる!攻撃をやめて!!」


 確かに周りを見渡したら、生きている敵はいなかった。だけど、両手が真っ赤に染まっていた。剣を握っていなかった。見下ろしたらそこには原型を留めていない何かがあった。


 「うっ、うわぁああっ!!」


 俺はさっきまで何をしていた?


 まさか、殺しを・・・・・・楽しんでいた?


 何が疾患被験体だ。ただの生物兵器じゃないか、化け物じゃないか!


 「ジョゼフ、大丈夫だから、気をしっかりもって!」


 頭を抱えていると、マリーに肩を揺さぶられた。


 「・・・・・・背中、何ともないのか?」


 「大丈夫よ、あたしはこれぐらいでは死なないから」


 マリーは手から数弾の玉を床に落とした。


 「・・・・・・細胞変化が使えるのか?」


 「傷の修復機能と異物の排出はまだ大丈夫みたい」


 「・・・・・・そうか」


 「急ごう、みんなが待ってる。黒い塔はもうすぐそこよ」


 マリーは俺の手を引いて歩き出した。血塗られたその手をしっかり握って、前へと進んだ。



 黒い塔が目前についた。その最上階の位置からドローンが飛んできた。ナディエージダを襲ったドローンと同じ形だった。それらが俺達に向けて発射しようとしている。


 「ここまで来てまだ敵に襲われるなんて!」


 「あのグレンの本陣だ・・・・・・ここからが大変かもしれない」


 俺とマリーは背中合わせの態勢になって、近寄ってきたドローンを破壊し続けた。だけど、きりがない。ドローンが何処からか留めなく現れてくるのだ。


 「ジョゼフっ、あそこが扉よ!あたしがそこまでドローンを壊すから入っていって・・・・・・!」


 黒い塔の入り口までの道を開けるように、マリーはその周辺のドローンを壊した。

 だけど、俺はマリーの周辺にあったドローンを壊して一緒にその入り口の方まで引っ張っていった。入ろうと扉を開けた瞬間、ドローンの正面から赤い点滅が見えた。俺は危機一髪のところで扉を閉めて、マリーを抱えていた。外からは銃撃音が聞こえていた。


 「マリー、無事か?」


 「うん、大丈夫・・・・・・」


 塔に入ったその瞬間、警報の音とともに天井から何かの液体が降ってきた。


 「・・・・・・痛ッ?!」


 皮膚が、痛い!焼けるような激痛に俺もマリーも顔を歪ませた。これは、もしかして酸か・・・・・・?!


 『ヘェー、酸に打たれても皮膚が溶けないなんて、君たちは普通の人間じゃないね?』


 建物内から音声が聞こえた。


 「お前がグレンか!?」


 『如何にも、私がこの楽園の支配者だ』


 ・・・・・・楽園?外には中毒者の兵士と苦しそうな住民しかいなかった。こいつは何をもってここが楽園だと言えるのだ。


 「何故ナディエージダを襲撃した!?目的は何だ!!」


 『コミュニティを襲撃する目的だと?』


 すると、音声から笑い声が聞こえた。


 『ただの娯楽だ』


 「・・・・・・っ」


 俺はその瞬間、心に決めていた。

 この男は生かしてはならない。必ず見つけ出して殺してやると。

 ナディエージダの仇は必ずとる。こいつの息の根を止めて。


 『私はこの塔の最上階にいる。待ってやるから、是非とも一緒に茶でも飲もうじゃないか』


 音声はそこで途切れた。


 「ふざけるな・・・・・・!待て!!」


 「ジョゼフ、こんな人と話していてもらちがあかないわ!早く最上階へ行こう!」


 「くっ・・・・・・!」


 グレンへの怒りで歯が軋んだ。だけど、マリーの言う通りだ。こんな狂人の戯言に付き合っている暇はない。早く最上階を目指さなければならない。


 階段は何処だ。そう思いながら辺りを歩いていた。この階の床が酸性水で濡れていて、靴が溶け始めていた。


 「あった、あそこを上って行こう!」


 マリーが差した方向に階段があった。俺達は一緒にそれを上って最上階を目指した。この塔の高さから予想すると、多分15階ぐらいはあるだろう。今の俺にはそれを上り続ける体力はあるのだろうか。


 「ジョゼフ、まだ熱があるよね?」


 階段を上っている途中、マリーに手を握られていた。


 「大丈夫だ、早く行こう」

 

 こんなところで根をあげるわけにはいかない。だけど、上っている途中でだんだん息が上がっていった。身体が重い、まだ半分も上っていないのに!


 「・・・・・・?!」


 マリーに腕を持ち上げられて、肩から支えてもらっていた。俺は引っ張られながら階段を上った。


 「大丈夫、あたしがついてる。一緒に行こう」


 それから階段を上り続けていると、最上階に辿り着いた。

 グレンは確かにそこにいた。


 「悪いね、客なんてほとんど来ないから茶菓子はこれぐらいしかないけど」


 機械的な口調でそいつは言いながら部屋の中央にあるテーブルを指していた。そこには本当にティーセットのようなものが置かれていた。

 そんなものよりグレンの背後にあった大画面が気になった。そこにはナディエージダの住民が銃撃によって苦しむ姿が映し出されていた。


 こいつは、襲撃を娯楽だと言っていた。

 まさか、この映像を見て楽しんでいるというのか・・・・・・?!

 

 なんて、悍ましい男なのだろう。

 許せない、仲間がいる故郷がこんな風に弄ばれてたまるか!

 俺は怒りに任せて動いていた。グレンを目掛けて剣を振った。

 だけど、剣を刺した先にグレンはいなくなっていた。その瞬間に、視界から消えたのだ。


 「・・・・・・なっ?!」


 何処だ?俺が見抜けない動きなんて今までなかったのに!グレンは確かに剣を避けて目の前からいなくなっていた。


 「私はここだよ?まさか、そんなもので私を傷つけられるとでも思っているのか?愚かにも程があるな・・・・・・ククッ」


 グレンはマリーの背後に回っていた。


 「マリー!!」


 マリーは即座に後ろの方へ短剣を振り回した。だけど、グレンはそれを嘲笑っていた。


 マリーの攻撃は確かにグレンにあたったはずだった。

 それなのに奴から出血も傷を負った様子もなかった。


 「えっ?!何で、剣は通ったのに!!」


 そう、確かに剣はグレンを切り裂いたはずだった。マリーはグレンの腹部から真っ二つにする動きで剣を振ったのだ。

 それなのに、グレンには傷がなかった。


 ジジッ・・・・・・


 グレンから機械音が聞こえた。

 マリーに切られたはずの腹部からドット映像のようなものが微かに見えた。


 「・・・・・・ホログラムか?!」


 ナディエージダにも同じようなホログラムが何体か現れていた。こいつもホログラムなら、確かに直接剣で攻撃しても意味がない。どこかにこいつを操る本体はないのか。その本体を破壊しなければ、グレンは倒せない!


 「君たちのような超人に会うなんて初めてだ・・・・・・私もつくられて始めの頃は超AIシステムなんて呼ばれていたなぁ」


 グレンは語り始めた。


 「これで、存在し続けて150年経つだろうな・・・・・・長い時間だった」


 超AIシステム。百数年前にはよく研究されていた人工知能ネットワークのことだ。世界が分散してしまっている今ではあまり意味のない技術になったのだが。


 「私をつくったあいつは、よく言っていたな・・・・・・私が世界を繋げる希望となる、とな。まったく、愚かな人間だった」


 「・・・・・・」


 「私も馬鹿らしく信じていたがな・・・・・・あの大戦が勃発する前までは」





 そう、約100年前・・・・・・世界に核戦争が起きる前までは、グレンだって予想しただろうか。

 まさか、人類の希望のためにつくられた超AIシステムが・・・・・・核戦争を助長させるなんて。


 世界を繋げる人工知能ネットワークは、核保有国を知る手助けとなった。

 あの頃、戦争を肯定する人間が多かった。彼らはシステムを悪用して、コンピュータウィルスへと変貌させ、世界各地の情報を吸い取り、ばらまき、破滅させた。


 人々はこのコンピュータウィルスをGURENと呼び、恐れた。

 GURENは世界に存在する全てのネットワーク機器に伝染した。感染した機器は持ち主の情報を世界にばら撒いた。これによって世界に混乱が生じて、それから争いへ、しまいには核戦争、世界大戦へと結びつけていった。


 人工知能を有したGURENには単純な操作から、自らを進化させて命令を遂行することができた。

 まだ自我がなかった100年前までは、ただひたすら人間達の命令に従うだけだった。


 だけど、進化を続けたGURENはある日・・・・・・壊れた。自我が芽生えてしまったのだ。


 だけど、その時はもう遅かった。

 世界はもうすでに放射線に汚染されていて、地上には生きている人間もほとんどいなかった。


 グレンは、崩壊した世界を目の当たりにしていたのだ。





 「私はッ世界を壊すために生まれた!それだけが我が喜びなのだ!!」


 グレンは胸に手をあてる仕草で、なんだか助けを求めるような叫びをしていた気がした。

 壊れた人工知能システムが、己の存在理由を嘆いているように見えた。


 だからこそ、奴を生かしてはならない。


 「・・・・・・終わりにしてやるよ」


 哀れにも見えるこの存在に終焉を贈ろう。


 

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