番外編4 キチガイ注意
それから数週間が過ぎていった。
ジョゼフとは色々あって少しずつ喋れるようになっていったし、アレンは3日に一度ではなくて1週間に一度しか休まなくなった。
だから、ジョゼフからはメモ帳は取り上げて、なるべく口で会話するように促していた。そしてジョゼフは自分の意思を見せるようになっていった。
アレンは、あたしとジョゼフが毎晩食事を作りに行って食べさせていたからだと思うけど、きっと食事をとるようになってから少し元気になったのかもしれない。
あたしはイヴァン博士の所長室に来ていた。
「マリー、君のおかげであの子達が良くなった。本当にありがとう」
「あっ、はい」
「あの2人は、私の息子だと思っている。だから、そんな2人を良くしてくれたマリーに礼をしたい。何か欲しいものはないかな?」
「えっと・・・・・・」
欲しいもの。それは随分前から決まっている。あたしが欲しいものはただ一つしかない。
だけど、こんなことを言ってもいいのだろうか。強請ってもいいのだろうか。
少し戸惑ったけど、それでもあたしはイヴァン博士に言った。
「・・・・・・世界」
「うーん・・・・・・?」
博士は困ったような微笑みを浮かべた。言葉に詰まるその表情はなんだかジョゼフと雰囲気が似ている気がした。さすが育ての親だ、こういうところも似るのか。
そして、あたしは続けてこう言った。
「世界が欲しい。あたしはこの世を統べて覇者になって楽園を築きたいです」
「マリーちゃんは何を言っているのかな?」
「何故かっていうと、あたしは強いから。誰にも負けないぐらい強いの。その強さで人々を恐怖でねじ伏せて、世界を征服するのよ」
「・・・・・・えっと、理由とか聞いてないんだけどね?」
この世界を我が物にして、自分のための楽園が築けたらどんなに楽しいだろう。
もし、それができたらまずは目障りな世界中の文化を潰そう。それから放射線がなくなったら色々なコミュニティから愚民共にナディエージダまで来てもらって貢物を捧げてもらおう。それから何しようかなー、とにかく世界征服したい!
いやぁ、楽しみだなぁ。なんだか興奮してきた。
「マリー、君はあの2人の大変な世話をしてくれているから、きっと疲れているんだね。少し頭を冷やそうか」
相手にしてもらえなかった。
頭を冷やすように言われたので、早速鍛錬場に向かっていた。
今日は休日できっと誰もいないけど、もしかしたら誰かいるかもしれない。誰かいたら殴ってすっきりしよう!
鍛錬場に入ったら3人のバカがいた。
アレンは戦闘用の防具服を着て、木刀を持ってジョゼフと打ち合いをしていた。ルイスはそれを見て笑っている。
「あ、マリーさぁーん!良いところに来たっすねー!ジョゼフ様が珍しくアレン指揮官とやってるっすよ!」
確かにジョゼフが誰かと打ち合いをするのは珍しいし、あたしも見たことがなかった。何で急にやってるのだろうと思って、そのまま眺めることにした。
そしてルイスはあとで殴ることにした。
「ジョゼフ、テメェは馬鹿力に任せすぎだ!防衛もしっかりしろ、オレの攻撃を全て避けろ!」
アレンも丁寧に指導してた。
え、何で?この2人いつの間にこんなに仲良くなったの?男ってよくわかんない。
「・・・・・・大丈夫、傷はすぐ治るから」
アレンの言葉に対してジョゼフはそう言い返した。
確かにジョゼフは生物兵器としての機能で傷の修復は早い。だからジョゼフの戦い方が馬鹿力任せなのだろう。
アレンもX-o28っていう薬の効果によって、戦うこと自体はジョゼフとほぼ互角だった。ただ、傷の修復機能は遅いのでジョゼフよりは守りの体制が優れているように見えた。
どちらかと言うと、アレンの方が戦い方が上手かもしれない。
まあ、あたしの方が強いけど。
「・・・・・・やめだ!」
アレンは木刀を床に放り投げた。ジョゼフはそれを不思議そうに見ている。
「・・・・・・」
「お前、そんな戦い方じゃあ・・・・・・いくら最強の生物兵器様でもいつか死ぬぞ。そんな死にたがり野郎とやっても成果出ねーからもう帰るわ」
アレンはそう言い残して休憩所に向かい、そのベンチに座った。そこでタオルで汗を拭きながらこちらを見ていた。もしかしたら、ジョゼフに考える時間を与えているのかもしれない。
奴は意外に良い指揮官かもしれない、うざ。
ジョゼフは自分の木刀を眺めながら眉間に皺を寄せていた。
あたしはジョゼフに近づいた。
「ねぇ、ジョゼフ・・・・・・あたしからもちょっと言わせてもらっていい?」
ジョゼフはあたしに振り向いて言った。
「ああ、構わない」
「今よ、アレンにトドメを刺すんだ」
「・・・・・・え?」
「アレンは確かに戦い方は上手かもしれないけど、奴はあくまで病人・・・・・・さっきの打ち合いできっと疲れているから、トドメを刺すなら今が機会よ。さあ、殺るんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
ジョゼフはあたしを見て何故か怖がっていた。
※
強くなりたい。
そう思って今日はアレンとの練習試合を申し込んだ。
俺はマリーに諭されてから生きる努力を始めていた。
俺は生きている。みんなも生きている。
生きている限り、世界は存在する。世界が存在する限り、人間は前を向いて歩く。
確かにそうだ。
前を向いて歩くのなら、きっと絶望だけがあるわけではないかもしれない。未来は誰にもわからないからだ。
だから、俺は少しだけ思ったのだ。
それなら・・・・・・希望を探してみよう、と。
だから、もっと強くなりたくなった。
機械仕掛けのような生き方をやめようと思った。
言葉を喋ろう、頑張ろう。
自分の意思を伝えるのだ。
そしてより強くなろう、大切な皆の幸せを守るために。
アレンとの打ち合いの途中、マリーも鍛錬場に来ていた。
「今よ、アレンにトドメを刺すんだ」
「・・・・・・」
マリーは俺にわけのわからないことを言ってきた。そしてそのまま言い続けて、休憩所にいるアレンを殺すように促された気がするけど、そんなことはしない。
そもそもアレンを殺す気で打ち合いをしているわけではないし、マリーは何を物騒なことを言っているんだ?
なんだか怖くなってまた喋れなくなってしまった。
「どうしたの、ジョゼフ。殺るんでしょ?」
いや、殺らないし。何言ってんだ、このサイコパス女は。
マリーはよく俺に「あなたちょっとおかしいよ」とか言ってくるが、お前も人のことが言えるのか?
「ジョゼフが殺らないなら、あたしが行こう」
マリーはそう言って早速休憩所まで歩き出そうとしていた。
やめろ。そう思って俺はマリーの肩を掴んだ。
すると、休憩を終えたアレンが近づいてきた。
「マリー、お前も来てたのか」
「うん、なんだかものすごく人間をミンチにしたくて来ちゃった」
「・・・・・・」
何言ってんだ。
鍛錬場はそういう場所じゃない。
いくら生物兵器とは言え、形は人間だろう。もう少し人間らしい発想はないのか。暴力しか頭にないのか。
俺を諭した時はあんなに良いことを言っていたのに、あの時のマリーは一体何処へ行ったのだろう。
「・・・・・・アレン、逃げた方がいい」
俺はアレンに忠告するように言った。
マリーには暴力性がある。
一度それっぽいことを言い出したらしばらく歯止めがきかず、危険だからだ。
俺とアレンはルイスを連れて全速力で出口を通って走り去った。
「アレン、大丈夫か」
しばらく走った先でアレンが足を止めて息を切らしていた。俺はルイスをおぶったままアレンにそう聞いた。
「ジョゼフ様の背中おっとこ前〜!ヒュー!」
「黙れ!」
ルイスの戯言に対してアレンがブチ切れた。どうやらまだ元気そうだ。
「っていうか、指揮官バテるの早いっすよお、また二日酔いっすか?・・・・・・ぐえっ?!」
ルイスはアレンに首を絞められていた。
よくこの状況でここまで戯言が抜かせるもんだと思った。本物の殺戮兵器(マリー)に狙われているというのに。アレンに首を絞められても仕方ない。
「黙れっつってんだろ!あのバケモンに気付かれたらミンチにされんぞ・・・・・・!」
「・・・・・・見ーつけたっ」
生存本能が危険を察知した。
振り向いた先にマリーが黒笑みを浮かべて立っていた。
アレンは青い顔をさらに青くして、俺は固まって動けなくなった。
ルイスは「ほえ?マリーさんどうしたんっすかぁ?」とか言って頭のてっぺんから花を咲かせている。こいつには危機感はないのだろうか。
「あたしから逃げるなんて一体どうしたっていうのよ、まったくもう・・・・・・まるで猛獣にでもなった気分だわ」
良い例えだ、猛獣、まさに俺達にとってマリーは猛獣だ。噛まれたら死にそうだし、怖いから逃げたに決まっているだろう。
「はぁ、イヴァン博士の言う通り、あたし、疲れてたのかも。誰かさん達のせいで・・・・・・。怖がらせちゃってごめんね?」
どうやらマリーの暴力スイッチが切れたようだ。よし、これで命の危険はないだろう。
それにしても、誰かさん達って誰のことだろうな。
それからマリーはそのまま遠ざかっていった。
俺はルイスをおろしてから帰宅しようとしたところで、アレンは
「お前、マリー相手にはちゃんと防衛ができるんだな・・・・・・」
と、呟いたので
「・・・・・・最近、命が惜しいので」
そう答えた。
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