気に食わない奴
ネルシア
気に食わない奴
私の学校に気に食わない奴がいる。
正門から入り校舎まで歩いていると後ろから黄色い歓声。
あいつだ。
その歓声にいやでも振り向いてしまう。
細目、高身長、ショートヘア、運動部。
立ち振る舞いも気を使ってるのか姿勢がいい。
そんなあいつが気に食わない。
「あんな奴のどこがいいのよ……。」
私にはあいつの良さが分からない。
気取ってるように見えて仕方がない。
その日の1日もいつものように過ぎる。
友達と談笑して、授業は分かったり分からなかったり、実技とか体育はそこそこに。
帰ろうと教科書をスクールバッグに詰めてるとクラスの女子がキャーキャー騒ぎ出す。
「実咲さんいる?」
なーんで私の名前を呼ぶんですかねぇ。
逃げようにもクラス全員の視線が釘付けになる。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………。
行ったら行ったで羨ましがられて妬まれる。
行かなかったら行かなかったで誘いを断るなんて何様と思われる。
「ちょっといいかな。」
そんな私を他所にそいつは近づいて話しかけてくる。
「ここじゃダメなの?」
「いいから。」
腕を捕まれ振りほどこうとするが、力が違いすぎる。
逃げることを諦めついて行くことにした。
人が全く来ないところまで来て私は壁を背にして立ち止まる。
「で?なんか用?」
「……もう無理。」
「は?」
次の瞬間、壁に両腕を押さえつけられ、唇を奪われる。
もちろん逃げられない。
無理やり重ねられた唇を噛む。
「痛……!!!」
やっとの事で離してくれた。
怖い。
とにかく逃げないと。
逃げるようにその場を後にする。
あいつがなにか叫ぶが聞こえない。
話しかけてこないで。
私の名を呼ばないで。
息はとっくに切れてる。
それでも少しでも離れたくて心臓に無理を強いて家に帰る。
「おかえりなさい……ってあら。」
母親に返事をする余裕もない。
自室に入り、崩れ落ちる。
「…………ああぁぁぁぁあああ!!!!」
部屋にあるものをとにかく投げる。
壊す。
踏む。
殴る。
どれくらい暴れただろうか。
気が付けばせっかく綺麗にしていた部屋も汚くなってしまっていた。
「……はぁはぁ。ほんっと……なんなの……。」
その日はとにかく落ち込んだ。
ご飯も味がしない。
お風呂にいる時もむしゃくしゃが消えない。
寝ようにも寝れない。
チクタクと時計の音が嫌に大きく響く。
「……ざけんなよ。」
深夜2時を回ったところで眠気に襲われるまま眠ることが出来た。
「え、ここ……あの場所……。」
夢の中でこれは夢だと認識できた。
目の前に繰り広げられるのは唇を奪うあいつと奪われた私のキスシーン。
「うっわ……あいつあんな顔してたの……。」
そこには女の子と言うより本能を抑えられない1匹の獣がいた。
「うぁあぁあ!!!」
起き上がると冷や汗でびっしょりだった。
「朝か……。」
いつも通り制服に着替え、玄関で靴を履く。
でもその日はどうしてもその玄関を越えたくなかった。
「……お母さん。」
「どうしたの?」
「……今日休んでもいい?」
「いいわよ。なにか大変なことがあったみたいだし。」
うちの母親はこういう時すごく優しい。
付かず離れず、でも味方でいてくれる。
「ありがとう。」
部屋に戻り、スマホをいじる。
動画を見てもネットの記事を漁ってもあのことが脳裏によぎる。
「……なんで私なの?」
あいつとは別段特に仲が良かったとかそういうことは無い。
なのにいきなりあんなことされるなんて。
……でも、
「キス自体は嫌じゃなかった……。」
……は?
いやいや、何考えてんの私。
有り得ないって。
そんな堂々巡りをしていると玄関のチャイムがなる。
しばらくすると階段を上る足音が2つ。
ノックと母親の声が聞こえる。
「実咲?クラスメイトの方がいらっしゃったわよ。入れてもいい?」
部屋は昨日のうちに綺麗にしている。
断る理由がない。
誰が来たんだろう?
「いいよー。」
ガチャりとドアが開くと思わず固まってしまう。
なぜ今このタイミングで、こいつが来んのよ。
「それじゃぁ、ごゆっくり。」
「ありがとうございます。」
相変わらずの低めの声。
「……元気?」
「……あんたがそれ聞く?」
「…………。」
気まずい沈黙が続く。
こいつもこいつで視線が定まらず、未だに突っ立ったまま。
「座れば?」
もうこうなったら聞くしかない。
どんな解答でも。
「お言葉に甘えて。」
「ねぇ。」
「な、何?」
「なんで私に無理やりキスしたの?」
「私の事……覚えてないの……?」
「はぁ?あんたは高校時代に知り合ったはずだけど……ってなんで私の家知ってたのよ。」
スクールバッグを漁り始めると1枚のプリントされた写真を取り出す。
「これ、覚えてる?」
差し出された写真を見る。
これは……。
「小学生の私と……うそ……。」
小学生の低学年の時だった。
転入生が来るとなってクラスがザワついたのを覚えている。
みんなどんな子が来るのかと楽しみにしていたのにも関わらず蓋を開けてみたらウジウジで背も低くて前髪も長くて服も裕福とは思えない格好の女の子。
無論、皆の標的にされていた。
「バカじゃないの?」
なぜその時その子を庇ったのは今でも覚えてない。
気まぐれに過ぎない。
でもその一言でクラスが固まった。
シーンとしてしまった。
子供ながらにあーあ、やっちゃったとも思った。
次の日からいじめは無くなったが変わりに私も相手にされなくなった。
「2人きりになっちゃったね。」
その子と笑い合う。
親友だった。
いつも一緒にいた。
でもそんなある日、親の都合で私が引っ越すことになった。
「ずーっと一緒だよ!!」
別れ際、その子が今までとは比べ物にならない決意に満ちた声で私の手を握る。
「いつか絶対実咲ちゃんに相応しい人になって迎えに行くね!!」
「王子様になって迎えに来てね……。」
私は涙ぐみながら精一杯吐き出した言葉だった。
記憶の海から目の前のこいつを見る。
信じられなかった。
写真の裏を見る。
最後にその子と撮った記念に相合傘まで書いてあり、2人の名前がある。
実咲
そして
「栞愛……。」
栞愛の顔が明るくなる。
そんな遠い昔の約束なんて……。
未だに覚えてたなんて……。
「栞愛……なの……?」
「そうだよ。実咲からもらったお手紙も全部残してる。新しい住所もそれで知ったんだよ。」
「……なんで今まで連絡くれなかったの。」
「実咲の新しい人生邪魔するのも野暮かなって……。
でもびっくりした。
だって高校にいるんだもん。
実咲が。」
「……ばかぁ。」
柄にもなく泣き出してしまった。
「ごめんね。やっと迎えにこれたよ、実咲。」
頭を撫でられる。
「……それで実咲に相応しい私になれたかな?」
「……かっこつけるな、気取るな。そうすれば私に相応しくなるもん。」
「善処はする。」
「ほんとばか……。」
「これからよろしくね、実咲。」
私の隣に来た栞愛が私に肩を寄せる。
「ちゃんとやり直して。」
涙はまだ止まらないが、それでも大の親友と再会できた上に、当時の約束を果たした相手とどうしてもやり直したかった。
私の気持ちの区切りとしても。
「分かった。」
顔を手で栞愛の方に向けられる。
「付き合ってください。」
「……当たり前でしょ?」
そして一方的ではなく、互いの気持ちが籠ったキスを交わす。
気に食わない奴 ネルシア @rurine
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