桜は俺に微笑む
中嶋怜未
読みきり
桜は俺に微笑む
19AD131 中嶋 怜未
生い茂る木々を見ながら俺たちは、きれいに整備された坂道を登っていた。
「ねぇ、あれ鬼ゼンマイじゃない?」
「本当だ。でも、あれ食べれないんだよね?」
「うん……あ、でもその隣はゼンマイだよ! コゴメもよく見たらあるじゃない。いいなぁ、採って帰りたいなぁ」
いや、ここは大野城の敷地内だからまずいんじゃないかな……。
「まぁ、一応ここは大野城の敷地内だし、採ったら罰せられそうだよね」
真(ま)桜(お)ちゃんには俺の心が読めるのだろうか……いや、俺がかなり子供っぽい思考なだけか。さすがにそんなこと分かりきっているわな。
そうこうしているうちに山頂に近づいてきた。やっとお城が拝める!
大野城を見るために、山を登る手段は二つある。一つは大野城までの最短ルートである階段だ。でも真桜ちゃんが「この歳でこの階段はきついよ……」と言ったので、もう一つの手段である坂道を地道に上ることにした。
この坂道は階段に比べ、比較的なだらかだが大野城までは遠い。俺は全然平気なのだが、真桜ちゃんは息が上がっていて、春先のまだ少し肌寒い気温にも関わらず、うっすらと額に汗をかいていた。
「あ! 大樹(だいき)君見て、大野城見えたよ」
「本当だ。うわぁ、桜も満開できれいだね」
さっきまでしんどそうに坂を上がっていたのが嘘のように、真桜ちゃんは子供のようにはしゃいで大野城と桜の木を何枚も撮っている。
俺はカメラを構えた。今日のために買った一眼レフ。はらはらと舞う桜に包まれた彼女とお城。俺の腕がいいのか、被写体が良すぎるのか、写真のコンテストにでも出せば、優勝できるんじゃないかとも思える最高の一枚を取ることが出来た。
「あらまぁ、ええ写真撮れたんやのぉ。奥さん別嬪さんやがぁ」
「夫婦に……見えますか?」
「この写真見ればぁ、分かるわの。幸せそうやもん。写ってるこん人も、お兄さんも!」
そう言ってご婦人は軽く俺を叩くと、大野城に続く石上の階段を元気に上って行った。
「元気な方ね。七十は遠に超えてそうだったけど……」
「ねぇ、真桜ちゃん……ちゃんと籍を入れようよ。真桜ちゃんは俺と二十四も離れているから、もしもの時に重荷になりたくないって言ってるけど、そんなことないよ」
「駄目よ……私大樹君のお母さんくらいの歳なんだよ?」
「俺の母さん六十五だし」
「そういうことじゃなくて……」
俺は今年で二十九。結婚を焦る歳だけど、俺が焦っているのはまた別のことだ。真桜ちゃんと早く結婚したい。事実婚みたいな状況だとなんか結婚したって気分になれないし、戸籍に真桜ちゃんがいないのはなんか嫌だ。本当の家族じゃないみたいだし。
「嫌だ。俺は、真桜ちゃんに何があっても、俺に何があっても、家族としてそこに立ち会う権利が欲しい。真桜ちゃんと歳を重ねて、真桜ちゃんの車いす押して、真桜ちゃんと同じお墓に入りたい!」
「今はまだよくても、今に色んな所に行けなくなったり、歩けなくなったりするんだよ? そうなった時、まだ大貴君は若くて元気なのに私の介護で人生棒に振るなんてもったいないでしょ?」
「真桜ちゃんと一緒に暮らせない人生の方がもったいないよ! こんなことならもっと早く出合わせてくれればよかったのに、神様ぁぁぁぁ!!」
空気に何度もパンチしながら「神様このっ、理不尽だこのっ、それでも神様かっ!」とぶつぶつと文句を垂れていたら、
「わかった、わかった……負けたよ。帰ったら市役所寄ろう?」
「え、ほんとに!? よっしゃあああああ!!」
俺は嬉しすぎて、気づけば人目をはばからずに真桜ちゃんを思いっきり抱きしめていた。
ふと、顔を上げると天守閣からさっきのご婦人が顔を出し、こちらを見て微笑んでいるのが目に入った。
ねぇ、真桜ちゃん。春になったら毎年ここに来たいな。毎年一緒に坂のぼってさ、今日と同じ場所で写真を撮って、家の壁に飾っていくんだ。そうしたらきっと、俺と一緒に歳をとるのも悪くないなって思えるかもよ。
桜は俺に微笑む 中嶋怜未 @remi03_12
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