第68話 貰ったデータが役に立たなかった時、どんな顔したらいい?

「はい、というわけで吾味さんからデータが届きました」

 みちるがホワイトボードをぺちぺち叩く。敏腕秘書みたいで眼鏡が似合っている。残念なのはこの資料に戦闘が有利になる情報が無いことだ。

「たつな、どうおもう?」

「んー・・・ 今まで通りやるしかないって事だね。おっきい音でも出してみる?」

「せんしゃの、たいほうより?」

「無理だよねー」

肩を落としたたつながタブレットを弄りながらよもぎ茶をすする。

 体の構造は人間のそれと同じだが、筋繊維の強度は人間の80倍、よく伸びよく縮む。聴力は犬以上。白い血液はヘモグロビンよりも効率よく酸素を運ぶらしい。通常の人間なら死ぬような酸素濃度でもこの筋肉は運動し続けるようだ。

 天才の小難しい研究がなぜみんなにわかるかというと、吾味の助手である生酛が手を尽くして解読してくれたからだ。最終的に過労でぶっ倒れてしまい今は入院中。申し訳ないから後で見舞いの品でも持って行かねば。

「弱点らしい弱点はない、と」

 みちるが頭を掻く。構造が一緒だから頭を潰せば死ぬし、心臓を破壊しても死ぬ。しかしそれを阻むのは琺瑯のような光沢の肌だ。しなやかかつ強靭なそれは105㎜ライフル砲をも受け止める。まだまだ調査中のようだがこれだけ見てもとんでもない相手だ。

控えめに言ってうんざり。

 さらに面倒なのが羽の生えた人型とそうで無い人型がいること。

 リンを助けたときに戦ったあの絶叫系お姉さんや、リンと初めて共闘した時に相手をした単眼の幽鬼。あの2体はこの報告書に記載されていない。つまり霧散して消えたということ。月に行って戻ってこない組とは違うのだ。

「バンシーとサイクロプスっすね?」

 リンが同じ事を考えていたらしく監視カメラの画像を引っ張り出した。意外に高解像。

「そう、はねのないやつ」

琺瑯のような肌と異常な強さ。十分人型の特徴はあったが体は残らなかった。

「ま、調査のしようがないからどうしようもないっすけどね」

 残っているのは運送会社のカメラ映像とホテルの宿泊者が撮影した映像のみ。リンの言うとおりどうしようもない。

 この二件は自衛隊が出動していないという共通点もある。四十四田ダムの件が頭をよぎる。

『君らの、なんていったか…… 去石!主席研究員とか名乗る人からの要請で二手に別れることになったんだが、聞いてないのか?』

 考えすぎであってほしいが証拠と言えないまでも疑念が増えていく。なによりあいつが薬を盛ったせいで覚悟も無く戦場に放り出された。

「それにしても、なんかこう……一撃必殺みたいなもんないっすかねー」

 先日痛い目にあったリンが面倒くさそうにみちるを見た。

リンよ、みちるは見栄えが良くてもあまり頭は強くない。聞くだけ無駄だと思う。言葉には出さないが。

「一個あるよ、フヒヒ」

「だめっす」

「まだなんもいってないじゃん!」

 真剣な話もこの二人にかかれば形無しだ。収穫の無い情報にたつなも飽きておやつを作り始めた。大物というか緊張感が無いというか。

 それにしてもこの資料ほとんどの実験が耐久性や再現性についてばかりフォーカスされ、倒すことを念頭に入れていない気がする。まるで人型を作ろうとしているような、そんな印象を受けてしまう。

「エステルどうしたの?」

甘い匂いを引き連れてたつながサツマイモ餅を持ってきた。礼を言ってバラ茶と一緒に受け取り一口すする。うまい。

「後悔してる?」

 たぶん吾味の説得に応じた時の事を話を指しているのだろう。横に座ったたつながこちらを見る。

「・・・」

 この実験記録や研究結果から鑑みるにきっとドロドロになるまで実験されてしまっただろう。こんなことならあの時埋葬してやればよかった。

「きっと仕方なかったよ」

 慰めるようにたつなが言う。なにか返事をしなければと考えた時、事務所に警報が響き出撃を告げる。

「みちるちゃんとエステルお願いしても良い?」

「ふへへ!了解!」

「うぇ、りょうかい……」

「あれ!?エステルちゃんひどくない!?」

 みちるは手つきがべたべたするんだ。

 サツマイモ餅を口に放り込んでバラ茶を水筒に流し込む。そして高価なシュラフに潜り込んで準備完了。ファスナーが全部閉じられるのがお気に入り。

「気を付けていってらっしゃい」

うん、やっぱりみちるはべたべたする。

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