第64話 冷蔵庫

「・・・で、こうなった訳か」

 冷蔵庫を開けて明らかに落胆している吾味を横に見ながら行き場を失った食べ物を貪り食う。そこ以外保存方法が思いつかなかったのでお姉ちゃんを押し込んだ。

 殺人犯の部屋みたいな光景にたつなは食欲が湧かないのか笹の葉茶だけ啜っている。ちなみに冷蔵庫の中身はたつなの手料理だ。リハビリがてら作っていた料理にハマり、今ではちょっとした店でも開けそうな腕になっている。

「で、だ。結局どうする気なんだ?」

 耳が痛い。頼る宛がなくて吾味を召喚したのだが、結局彼も忙殺されていて情報を持っていなかった。安全保障の観点から人数以外名前すら知らないらしい。NBKはブラックボックス。

「うめる?」

「いや、俺としては去石が怪しくても遺体は引き渡すべきだと思う。性格はアレだが天才だからな」

 褒める時に“天才”と言う言葉を使わない吾味が初めてそれを使った。よっぽど頭が切れるのだろう。俺にとっては日常を奪われた元凶だ。もっとも、みんなと出会えたきっかけでもあるから微妙なところだ。

「私はちょっと賛成できないかな」

 たつなが苦々しげに言う。みちるから聞いたがたつなは去石のことが蛇蝎の如く嫌いらしい。本人に理由を聞いても答えてはくれなかった。深追いして嫌われるのは避けたいので追求しなかった。

「うーん… 確かにあの人が何やってるかはわからないけど、魔法薬のおかげでまだ戦争を維持出来てるのは確かだよ」

 みちるの言い分はもっともだ。全部を自衛隊に任せていたらあっというまに弾切れだ。魔法少女がいることで節約に一役買っている。たつなとみちるのような圧倒的な強さの魔法少女は少ないらしいが、各地で奮戦している人たちが戦況を支えているのは間違いない。彼女達に力を与えたのは間違いなく去石が作った魔法薬だ。食べる手を止めて考える。

「・・・でも、これいじょう、きずつけるのは」

 不合理だとは理解している。しかし、なんというかその。哀れな顔が思い出されると、途端に幽鬼として襲ってきた敵ではなく人間として目に映ってしまう。

「柿屋敷君、言いたいことは俺もわかる。だが天秤にはかけられない。死んでしまった者を悼むのは人間の美しさだが、生きている人間を守る力に変えられるならば受け入れなければならないんだ」

 冷蔵庫から向き直って吾味はこちらをしっかりと見た。最近小さい子供に見られるのに慣れ過ぎて視線が痛い。吾味だけは私をまだ大人として見てくれている気がする。

「はい……」

 心から納得するなどできはしないが、誰も間違っちゃいない。平時なら盛大に送ってやれても今は戦時。敵の情報を手に入れようとしても通常の幽鬼は霧散して後を残さない。今は形を保っている人型だって消えないとは限らないのだ。

「よし、全員異論は無いな?」

 不服そうな顔のたつなも声は出さずに頷く。みちるは元々引き渡しに賛成していたしリンはまだ帰っていない。待っても良いがリンは放置で良い派だったから聞かなくてもいいだろう。

「私は反対です」

 ここまで黙々と料理を食べていた吾味の助手、生酛きもとが口を開いた。面食らったのは吾味だ。

「どうした生酛?」

「去石が喜ぶ顔が不愉快です。火葬してやりまいだだ痛い!ご、あだだ!」

 吾味が生酛のこめかみ辺りをグリグリやっている。完全な私情だった。一瞬の緊張感と真面目な顔を返して欲しい。

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