第52話 望まぬ救世

真っ黒な部屋。

「また、きた」

痴女か? 全裸の女が一人立っている。ゆっくりと振り向き、鋭い目つきでこちらを見た。

「ふかこうりょく」

とりあえず言い訳をする。

「あいtaI」

「だれに?」

「縺ゅ莠コ」

深度が深い。俺の魔法で届くのか? いや、やるしかない。魂まで食わせてたまるか。また、意味不明な事が頭に浮かぶ。だが、やらなければならない事はわかる。

「おもてを、あげろ」

力が漲る、魔法が応えているようだ。右足で力一杯床を踏み込む。足跡が白く輝き部屋を染める。

「ねむれ」


「どこ、ここ?」

てっきりいつものバーに出るものと思っていた。

右を見る。草原。

左を見る。草原。

上を見る。青空。

後ろ、崖。

正面にはガーデンパラソルの下で三人の女がクスクスと笑いながら優雅にお茶を楽しんでいた。無性に腹が立つ。

「あら、いらっしゃい 歪な魂の子」

「こっちへいらっしゃいな 歪な魂の子」

「おまけは楽しんでもらえた?」

大地を踏み鳴らしながらそちらに向かう。腕を組んで仁王立ちし、ひとつ文句を言う。

「ひとにめいわくかけて!おまえら、なにがしたい!?」

こいつらが犯人だ。何の証拠も無いが確信した。

なによりおまけが迷惑だったから。

「私たちはあなた達が大好きなのよ 歪な魂の子」

「私たちはあなた達を助けたかったのよ 歪な魂の子」

「争いが大好きでしょう? だから争う相手をプレゼントしてあげたの」

「いいや、きらいだ! めいわくだからやめろ!!」

女たちは不思議そうな表情を浮かべて顔を見合わせた。

「だって国同士で争うでしょう? 歪な魂の子」

「だって人種同士で争うでしょう? 歪な魂の子」

「親兄弟でも同じ人種でも同じ故郷でも殺し合うでしょう?」

「ちがう!」

いつの時代の話だ? 親兄弟で殺し合うなど…

いや、ニュースで見た。親が子を、子が親を、兄が弟を、弟が姉を。いつもどこかで紛争があり、宗教、人種、思想、利益で殺し合う。二束三文の報酬目当てで隣人を殺し、殺される。

人類の天敵が現れてもそれは変わらない。だから他国の動きを警戒して北海道を失ったし、海外では無くなった国もある。

「あなた達は戦争を進化の道具にしたのよ 歪な魂の子」

「争いを避けるように進化したのに再び争ったのよ 歪な魂の子」

「非合理に増えて危機を招き、殺し合うのよ」

食料戦争と言われる大戦、中心は北アフリカ・中東だった。食料を輸入に頼る8億を超える人間が食料危機に直面して引き金を引いた。細菌感染による穀物の減収で輸出を渋る国から武力で手に入れようとした結果だ。

言い返せない俺に三人は口を揃えて言う。

「強い者が生き残る、とても合理的な選択ね 知恵のある生き物とは思えないけれど」

「てをさしのべた くにもあった」

三人は笑う。

「そうね、その国は無くなったわね 歪な魂の子」

「それも欲しい、これも欲しい、全てよこせ ね?歪な魂の子」

「最後にはその農地もよこせ、奴隷として国民ごと」

三人はクスクスと笑ってお茶を飲む。

「私たちはそれに倣って合理的にあなた達を救うわ 歪な魂の子」

「私たちは殺しても殺しても無くならない敵を提供してあげるわ 歪な魂の子」

「数を減らして線を引き直すのよ」

「おもてをあげろ」

こいつらは殺さねばならない。

「嫌ね、お茶は穏やかに嗜むものよ 歪な魂の子」

「嫌ね、あなたの神は野蛮な作法しか知らないの? 歪な魂の子」

「私たちにはでは届かないわ」

の女に殴りかかる。だが、当たらない。まるで幽霊だ。何度殴ろうとしても触れる事さえできない。

「これがあなたと私たちの違いよ 歪な魂の子」

「私たちはあなた達を愛しているのよ 歪な魂の子」

「だから絶滅なんてさせない あなた達の兵器は殺し過ぎる」

「しらない、おまえたちがわるい!」

「大丈夫、理解なんてしなくていいわ」

「必ずそうなるのだから」

「あなた達の神が何をしようと私たちはあなた達を救って見せるわ」

力が抜ける。声が出せない。

「さようなら 歪な魂の子」

「またね 歪な魂の子」

「楽しかったわ 歪な魂の子」

「あなたのことも愛しているわ 歪な魂の子」

「今度はあなたも一緒にお茶をしましょう 歪な魂の子」

「もっとおしとやかにしないとだめよ 歪な魂の子」

「正しいと思ったことをしていいの それがあなたの大切な人を護るのだから」

いつのまにか七人いる。体が重い。指すら動かせない。目が開けられない。

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