第16話 変化

「しらない…てんじょう」

しょぼしょぼする目をこすりながら辺りを見渡す。腕が鉛のように重い。左手に点滴が打たれているということは病院だろうか? それにしてはやけに静かだ。フィックス窓からは葉も落ちきった寒々しい木が見える。時計が無いため何時だかわからないが明るい。昼間だろうことはわかる。

点滴の残りが少ないためベッドの回りを探してナースコールを押したいが、どうにも見つからない。とりあえずベッド脇の棚に水差しを発見したので頂戴する。みず、うまい。

それにしてもどれくらい寝ていたかわからない。腹の傷は痕も残さず消えている。

「あれだけのきず、きえる?」

不思議に思いながら服をめくってお腹をさする。あの時、確かに二割くらい持って行かれた。たつなさんの顔が目に浮かび急に心がざわつく。その瞬間部屋のドアが開いた。噂をすればなんとやら。たつなと知らない女性が替えの点滴を持って入ってきた。

「ぐっ」

一瞬視界から消えたたつながタックルと見まごう勢いで飛びついて来た。

「心配、心配したんだから!」

「いたい、たつないたい!」

「ご、ごめん!」

知らない女性がわたわた近寄ってきた。点滴の針が外れてちょっとブラッディ。たつな先輩が怒られている。元気そうで何よりだ。

「痛いところ、ないかな?」

しゃがんで針の後をアルコール綿で消毒してからお姉さんはニコっと笑った。集中して痛みを探っているとお姉さんはどこから出したのか30cmはありそうなクマのぬいぐるみを取り出してフリフリしながら頭を撫でてきた。

「だ、だいじょうぶです」

どんな顔をしていいかわからない。中身は20歳男性という事は伝わっていないようだ。というかこれくらいの大きさの子供にこの対応が合っているのかも不明だ。とりあえずぬいぐるみに興味を持った方が自然なのかもしれない。そっと手を伸ばしてみる。するとお姉さんは嬉しそうな顔でクマを押し付けてきた。

「ふふふ、あげる 連れて行ってあげて」

慌ててたつなを見る。

「よかったね!ちゃんとお礼して?」

解せん。嬉しくて振り向いたわけじゃない。お姉さんへ向き直ると、どう見ても言葉を待っている。良いことした!みたいな表情に戸惑っている自分が悪いような気がしてきた。

「ありがとう、ございます…」

二人に喜色が浮かぶ。おかしい。お姉さんだけならまだ理解できるが、どうしてたつなまで?

「私は先生呼んできますから、少しお願いしますね」

お姉さんはそう言って部屋から出て行った。

「たつなさん」

「ん? よかったね、クマちゃん貰えて!」

ニパっと笑うたつなはとても可愛いらしい。だが問題はそこじゃない。

「おれ、はたちです」

「…ごめんなさい」

ハッとした顔を見る限り悪気は無いようだ。見た目があれなせいでちょっとは理解できるがなりたくてなった訳じゃあない。

「どれくらいねてた?」

「今回は10日、死んじゃうかと思ったんだから… いっちゃんの状況を報告したら去石さんが飛んできてね、新しい薬を試したの そしたら、こう、ぐじゅぐじゅーってあっさり治ったの…」

遠い目をしたたつなは言葉を選んで言ったが表情が雄弁に“気持ち悪かった”と物語っている。不本意だ。というかそんなにインスタントに治るのなら病院要らずで便利なことはその通りだがとんでもない場所に送られそうで怖い。

「ほかのみんなは?」

「みちるちゃんとだいちゃんは遊撃してる この間の一件で自衛隊からちょっとだけ信頼されたみたいでね、山奥とかの発見報告はこっちに回されるようになったの いいんだか悪いんだか…」

holy shitだどちくしょう! いや、山奥ならきっと弱い幽鬼が現れる。今までも人口密集地に強い幽鬼が発生していた。きっと自衛隊の偉い人たちがたつなとみちるを不憫に思って当たり障りない場所を選んでくれたのだ。

「正直に言うと山間地は発見が遅れるから大型になってることがあるの 最近は密集地じゃなくても現れるようになってるから… 貧乏くじ引くことになるかも」

どちくしょう!

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