第2話 勘弁してくれ

「どうしてこんなことに…」

 何でもネットで済ませるこのご時世に公民館へと歩きながら郵送されてきた番号札を見る。


“混雑が予想されます。等施設は駐車場が狭いためお近くの検査対象者はバスなどの公共交通機関をお使いください。”


「今時自家用車に乗ってる金持ちはこんな徴兵されないんだろうな」


 検査内容が全く書いていないどうでもいい番号札を眺めて一つ文句を垂れる。ガソリンなぞ最早自衛隊と配送業にしか融通されていない。庶民は自転車か徒歩だ。電気自動車に乗れるのは金持ちだけ。暗く沈む気持ちとは裏腹の晴れわたる天を仰ぐ。


 ”悪魔の月”が現れて以降世界は戦時下に叩き込まれている。

 現れた正体不明の敵を”幽鬼”と呼称し政府は対策に追われていた。物資も少なく他国からの援助も途絶えた日本は苦境に立たされ、協力という名の徴兵を発令した。

 そのおかげでこの男、柿屋敷一之介は適性検査を受けるため近所の公民館へと向かっている。


(もし合格とか言われたらどうしよう…)


 柔道初段程度なら問題なく落ちるだろうと考えはするものの”動く盾大作戦”とか言われて戦地に送られるのではないかと気が気でない。

 いま務めているのは自衛隊直属の兵器工廠、要は民間生産品の値段で調達できなくなり生産ラインごと徴発した形だ。配給で食料がもらえて申し訳程度の金がもらえる情けない仕事。それでもここは人口密集地ではないし、兵器工廠勤めの人間は徴兵から遠ざかれるため飛び付いた。


「それなのに適性検査とかあんまりだろ!」


 公民館の玄関を上がりながらまた文句がこぼれる。小さなころから見るだけ見ていた公民館に初めて足を踏み入れる。

 ビニールシートが床に敷かれて殴り書きのような矢印看板が設置されている。それにしたがって歩みを進めるとボロボロの体育館に辿り着いた。

 入り口には今にも倒れそうな看板に”会場”とだけ書かれたプリントがくっついていた。


「はぁ…」


 受付すらいない入り口をくぐり、寂れた体育館に入る。そこには十数人程の男女が思い思いに時間を潰しているのが見えた。紙資源も無駄にできなくなったため本を持っている人間は珍しい。

 その内紙の資源回収まで義務になれば、この光景も見られなくなるわけだ。


「兄ちゃん何番だい?」


 無精ひげを生やした小太りの男はにこやかに自分の番号札を見せてくる。伸ばし放題の髪は手入れされていないようで油で光っている。


「俺は三番だ!いつまでたっても始まらねぇからそろそろ帰りてぇんだがな!さすがにそれで捕まっちゃあ面白くねぇ。せめて何人集まるかわかりゃあいいんだが、受付もいねえから番号聞いて回ってんだよ」


 顔面のパーツが中央に寄った50歳くらいの男は楽しそうに説明を始めた。このおっさん、洗ってない犬の匂いがする。普段なら絶対に近寄らないで欲しい。だが、今は少しだけ心強い。


「あ、はい 15番ですね」

「ほうかー、15までは揃っちまってるんだよなぁこれで終いならいいんだがなぁ」


 会場には13人しか見えないが揃っているらしい。ちらりと見回すと、体育館のど真ん中でいかつい兄さんがキレながら可愛い女の子を口説いている姿が目に入った。

 当の女の子は気にも留めずにひたすら本を読んでいる。きっと場慣れしているのだろう。だからかかわらないようにそっと隅に逃げる。


「ちょっとやめなさいよ!」


 見かねたのだろうか高校生くらいの女の子がいかつい兄さんに食って掛かった。こんな子供まで徴兵の対象ならば日本は終わったのかもしれない。ぼんやり考えながらことを見守る。


「ガキはすっこんでろ!」

「ガキって何よ!迷惑でしょ!!」


 暇すぎてちょっかい掛けて相手にされなかったから引くに引けないとかだろう。あんな美人に手を出そうと高望みするからみじめなことになるんだ。そう考えながら天井を見る。すると天井の母屋の鉄骨からスッと動く影が見えたような気がした。驚いて目線を下げるといかつい兄さんと目が合ってしまった。


「何見てんだよ!」


 嬉しそうにこちらを見たいかつい兄さんは意気揚々と向かってくる。

解せん。

 ちょっとした暇つぶしが子供に咎められて落としどころが見つからなかったから八つ当たりにってところか? 子供に手を出さなかったところを見ると一定の理性はあるらしい。おっと考えている場合じゃない。痛い目にはあいたくないから必死に弁明してみる。


「子供に怒られての八つ当たりは良くないと思います!」


 言い切った所で俺の意識は闇に飲まれた。

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