第14話 義手の性能
実験場で、シモンの新しい義手での戦闘。
それをいつも間近で、一番最初に見られることを、イネスはこの上なく嬉しく思っていた。
イネスはシモンの全てが好きだが、特に好きなのは戦っている姿だ。
単純に、とてもカッコいい。
シモンと初めて会った時の感情も思い出せるので、いつまでもその戦闘を見ていたいと思っている。
だから半年に一回の義手のチェックの時に、毎回新しい義手を作っているのだ。
少しでもシモンが昔のように、腕が失くなる前のように強さに戻って欲しいから。
イネスは別に昔よりもシモンが弱くなっていても、特に何も思わない。
シモンが弱くなったことを気にしているのは、シモンよりも四天王のディーサの方が気にしているだろう。
だけどやはり、シモンも昔の強さに戻りたいと思っているのは間違いない。
シモンは昔、四天王の中で最強で……魔王よりも強いのではないか、と言われていたほどだ。
もちろんシモンはそんな噂を否定しているが、イネスはシモンが一番強いと思っている。
シモンは自分を弱くなり四天王に相応しくないと言うようになった。
イネスにとっては、それが一番嫌なことだ。
シモンの隣に立つために頑張って四天王になったのに、シモンが四天王を辞めるなど……それだったら、絶対にイネスも四天王を辞めるだろう。
「いきますね!」
とりあえず今は、シモンの戦うカッコいい姿を、この目に収めよう。
そう思い、イネスは土人形を動かして、シモンに襲いかからせる。
土人形の数を増やしたのも、一体一体の動きをよくしたのも、この戦いを長引かせるためだ。
シモンは懐から刀の柄のような形をした魔道具を取り出し、それを起動させる。
すると刀身が現れ、立派な刀となった。
その魔道具もイネスとシモンが一緒に考え、開発したものだ。
シモンが昔使っていた刀は……右腕を失った時に折れた。
なのでその使っていた刀の柄の部分を使い、魔道具にしたのだ。
そうすれば長年使っていた柄の部分は同じなので、あとは刀身を作り出せば今まで通りの感覚で使える。
その魔道具を完成させた時、シモンはとても喜んでくれた。
『俺の不手際で長年の相棒を折らせてしまったからな……ありがとな、イネス』
そう言って笑みを見せて頭を撫でてくれたのを、イネスは覚えている。
自分の作った魔道具を使ってくれるのが嬉しいし、さらにシモンがこれ以上なく喜んでくれたのはもっと嬉しい。
あの魔道具が、イネス史上で一番作ってよかったと思えるものだ。
シモンはその刀の魔道具を起動し、右手で持ち……振るう。
一度だけ振るっただけで、襲いかからせた土人形の二体が真っ二つになり、一体の片腕が吹き飛んだ。
いつもシモンを見て癖を読んでいるイネスが土人形を動かし、全力で避けさせようとした。
それなのに二体の泥人形がすでに戦闘不能に。
しかし……。
「まだまだですよ、シモンさん!」
イネスが魔力を操り、真っ二つになった土人形を動かし、くっつかせる。
そしてすぐに立ち上がり、またシモンに突撃させる。
簡単にやっているが、実際はとても難しい。
四天王のイネスは十体に土人形を今動かしているが、本当は百体以上同時に動かすことが出来る。
だけどそれだけの数になると、さすがに普通の兵士よりも弱いぐらいの動きしか出来ない。
そんなんじゃシモンの訓練相手など、到底務まらない。
だから十体まで減らして、精密に動かすことに集中しているのだ。
「ははっ! そうこなくっちゃな!」
シモンがそう笑いながら言って、まだまだというように刀を振るう。
その度に土人形が数体倒されるが、その度に復活させる。
イネスの魔力が尽きるまでやるとしたら、土人形はあと千回以上は復活出来るだろう。
そこまではさすがにやらないが……イネスとしては、全然やっても構わないと思っている。
(ああ、シモンさん……とてもカッコいいです! それに子供のように夢中になってて、可愛い……!)
大好きなシモンの、大好きな姿を見れるので、自分の魔力が尽きるまでそれを見ていたい。
やはりシモンは、戦うのが好きなようだ。
戦っているととても楽しそうで、とてもいい笑みを浮かべている。
その姿を見るのが、イネスは好きだ。
だからずっとずっと、土人形を復活させて、永遠に戦っていてほしい。
しかしそんな至福の時間は、いつまでも続かない。
「そろそろ終わるか!」
「っ、はい!」
シモンの言葉に、一瞬詰まってから返す。
本当はもっとやっていたいけど、これは義手の性能を確かめる実験だ。
いつまでもやっていても意味はない。
最後にシモンに大技を仕掛けてもらうために、土人形を一つにして……とても大きく、強硬なものを作った。
高さは五メートル、横幅も二メートルはある巨大な土人形。
「おっ、すごいなイネス! これほどのものも作れるようになったのか!」
「ありがとうございます!」
とても硬い鉱石よりも、魔力を込めて硬くしている。
一筋縄では倒せない土人形。
それを前にしてシモンは笑い、刀を構え――。
「魔皇剣――魔の導き」
刀に黒い靄が付き、そのまま下段から上段へ一振り。
明らかに刀身が足りないが、その黒い靄の効果で見えない刀身が伸びる。
たった一振りで、巨大な土人形は縦に真っ二つになった。
股下から入り、頭頂部まで綺麗に一閃。
四天王のイネスでさえ、攻撃の瞬間は見えなかった。
気づいたら刀は振るわれ、土人形は倒されていた。
(はぁ……! カッコいいよぉ……!)
顔を真っ赤にして、ニヤニヤとしながらそんなことを思うイネス。
シモンが一息吐き、刀の魔道具を収めて懐にしまって、イネスに近づいてくる。
「お疲れ、イネス。ありがとな……ん? どうしたんだイネス? なんか顔が赤いぞ?」
「い、いえ、大丈夫です……!」
「魔力を使いすぎたか?」
もちろんシモンも、先程の戦いだけでイネスの魔力が尽きるなど、全く思っていない。
だが調子が悪かったり、元からすでに魔力がなくなりかけていたりしていたのか、そう思って心配する。
イネスの頬に手を当てて熱を感じ取り……まだわかりづらいからお互いの前髪を上げて、額をくっつけて熱を測る。
シモンは目を瞑って熱を感じ取ろうとしているが、イネスはいきなりのことで目を見開いて、シモンの顔を間近で凝視していた。
(ち、ちか……! シモンさんの顔が、こんな、近くに……!)
少し顔をズラして前に出せば……唇と唇が、当たってしまう。
そんなことを考えてしまい、イネスの顔の温度はさらに上がってしまい、それをシモンが感じ取る。
「あ、熱くないか!? もしかして風邪引いてるのか!?」
「い、いや、大丈夫、です……!」
(危なかった……! 今、離れてなかったら……し、してたかもしれない……!)
心臓がバクバクと鳴っているのが、イネスは自分自身でわかる。
あともうちょっとでキスをしてしまうところだったと考えると、危なかったという気持ちともったいなかったという気持ちが入れ混じる。
だけどやはりあのままキスをしていたら嫌われる可能性もあったので、やらなくてよかったという気持ちが勝った。
「本当に大丈夫か? 具合が悪いんじゃないのか?」
「い、いえ、本当に大丈夫です! ちょっと……戦っていたシモンさんがカッコよくて、見惚れてちゃってて……」
「んんっ!? そ、そうか……」
今度は逆にシモンが顔を赤くする番だった。
男とわかっているが、見た目がほとんど可愛い女の子に、いきなりそんなことを顔を真っ赤にしながら言われると思っていなかったので、不意を突かれた。
一度咳払いをしてから、まだ照れ笑いをしているイネスの頭を撫でる。
「ありがとな。イネスも、土人形の動きや硬さが強くなってるからビックリしたぞ。ちゃんと訓練を怠ってないんだな」
「もちろんです! シモンさんに教えられたことは、毎日やってますから!」
「そうか、偉いな」
撫でている頭をそのままもう少し強く撫でると、嬉しそうに「えへへ……」とイネスは嬉しそうに笑う。
その姿は恋人同士のよう……ではなく、父親に褒められて喜ぶ娘のようだった。
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