第10話 アダリナとシモン



 そろそろ夜も遅くなり、俺は帰ることにした。


「えー、泊まっていかないの?」

「部下に仕事を任せっきりだからな。さすがに帰らないと」

「うわー、本当に真面目だなぁ」

「お前が不真面目すぎるんだよ」


 屋敷の出入り口でアダリナに別れを告げる。


「じゃあな、アダリナ。今回は俺を呼んで正解だったが、それ以外はお前が自分で出来る仕事だからな。部下に任せっきりじゃなくて、ちゃんと仕事しろよ」

「はーい、がんばりまーす」

「適当な返事だなぁ」


 まあ、アダリナらしいな。


 俺は軽く笑ってから屋敷を出ようとしたら……。


「シモンちゃん、今日は本当にありがとうね」


 アダリナが俺のすぐ側に来て……頬にリップ音と共に、何か柔らかいものが当たった感触がした。

 俺はいきなりの出来事で固まってしまったが、すぐにアダリナが離れてイタズラっぽい笑みを見せてきた。


「ふふっ、今回のお礼。こんなんじゃ全然足りないと思うけどね」


 俺は面を食らったが、すぐに口角を上げて笑う。


「過剰のお礼をありがとな」


 アダリナの頭を少し乱暴に撫でながら言う。


「お前も……俺よりも強いけど、守りたい奴の一人だからな。何かあったら相談してこい」

「っ……ふふっ、ありがとう」


 頬を赤くして照れ笑いをするアダリナを、可愛い娘のような気持ちで見ながら、俺は屋敷の扉をあけて外に出た。

 屋敷の前には先程一緒にあのダンジョンに潜った内の一人が、門番として立っていた。


「シモン様、お疲れ様です。本日はありがとうございました」

「ああ、お前もお疲れさん」

「……シモン様、いきなりで申し訳ないですが、謝罪をさせていただきたい」

「ん? なんだいきなり」


 そいつの前を通って帰ろうとしたところ、呼び止められて止まる。

 天魔族の男のようで、背中に黒い翼が生えていた。


「俺は、貴方が四天王の中で最弱と聞いて、不躾ながらも心の中で侮っていました」

「お、おお、本当にいきなりだな……」

「そんなに弱いなら、俺に譲れよ雑魚が、とも思っておりました」

「俺、一応四天王だからな? 不敬だぞ?」


 いや、四天王の中で一番弱いのは事実だし、それがそこまで有名ではないけど、噂にはなっているのは知っていた。


 まあこの男も結構強いとは思うが……まだ俺の方が強いな。


「申し訳ありません。しかし今日のダンジョン探索、シモン様がいなければ、俺達は死んでいたでしょう。貴方様は確かに四天王の中で最弱なのかもしれませんが、四天王として相応しい実力を持っていると、改めて認識しました」

「……落としてから上げるの上手いな、お前」

「恐縮です。いつか貴方と並んで立ちたいと本気で思いました。これからもどうかよろしくお願いします」

「そんなすげえ奴じゃねえけどな、俺……まあいいや。名前はなんて言うんだ?」

「……いえ、いつか貴方の横に並んだ時に、お名前をお伝えしたいです。それか、俺の名が魔王軍に轟いて、貴方の耳に届くことを祈ります」

「ははっ、かっけぇな、わかった、それまで待ってるよ」


 俺は片手を上げてその場を去る。

 後ろでその男が頭を下げているのがわかった。


 ああいう奴が育ってるから、俺はもう引退してもいいと思うんだけどなぁ……。



   ◇ ◇ ◇



「ふふふっ……」


 四天王の一人、アダリナはとても上機嫌で布団に包まっていた。


 先程のシモンとの別れ際のことを思い出して、頬を赤くしてニヤニヤとしていた。


「うちも、守りたい奴の一人、だって……あははっ」


 そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。

 子供の頃から他の天魔族の中でも一際魔力が高く、身体能力もずば抜けていた。


 同世代の男女だけじゃなく、大人達と混じってもその力は強かった。


 なので物心がついてから、誰かに守られるということはなかった。

 自分が住んでいた村が魔物に襲われた時も、大人が勝てない魔物を一人で倒した。


 親が、近所の大人が、同世代が、みんながアダリナのことを心配しない。


 別にそれに不満があったわけじゃない。

 むしろ自分は強いんだと実感出来て、みんなが持て囃してくれるから心地よかった。


 だがアダリナもまだ二十歳で、乙女の心がないわけじゃない。


 自分よりも強い誰かに守られるというのに憧れるのだ。

 その点、今日はシモンに助けられて、あんな言葉をかけられて、気持ちが舞い上がるのも仕方ないだろう。


「あーあ、だけどシモンちゃんを狙うのは、ライバルが多いなぁ」


 確実にライバルになってしまうのは、魔王のリューディアと四天王のイネスだ。


 あの二人は絶対に、シモンを狙っている。

 四天王のイネスに関しては、前にお茶会を開いた時に本人から聞いたのだ。


 シモンが好きで……性転換魔法を作ろうとしていると。

 その時は驚いたけど、応援していると伝えた。


 むしろ楽しそうだから、自分もその魔法を作るのを手伝うとも言ったのだが……。


『アダリナちゃんの気持ちはありがたいけど、これは、ボク一人でやりたいから……』


 と控えめながら断られてしまった。


 イネスはいつも控えめで会議の時とかも発言をしないのだが、シモンのことになるととても積極的になることが多い。


 その時は「イネスちゃん可愛いー」と微笑ましく見ていたが、シモンを狙うとなるとあの子が女の子になったら、とても厄介なライバルだ。


 魔王のリューディアも、シモンは気づいていないが、確実にシモンを狙っていることはわかる。


 いつか魔王として、「命令だ、シモン。我と結婚しろ」とでも言いそうな感じだ。

 まだリューディアがそれを恥ずかしがってやってないが、それをやってしまったらもう終わりだ。


 あと……大穴は、ディーサだ。

 嫌ってる風に見せているが、シモンのことを認めているのは確か。


 あれが恋心なのかどうかはわからないが、いつそうなるかはわからない。


「まあ、今はまだ様子見かなぁ」


 特にまだシモンを本気で狙おうとも考えていない。

 だけど……いつかは、アダリナも彼氏やそういう相手が欲しいとも思っている。


 四天王になる程強いとしても、そこら辺は二十歳の女の子だ。

 今はその最有力の人が、シモンというだけ。


「いつか私も、いい人に出会えたらいいなぁ」


 そんなことを思いながら布団に包まっていたら、扉がトントンとノックされて女性の部下が入ってくる。


「アダリナ様、失礼します。この書類仕事なのですが……どうしましょうか?」

「んー……」


 いつもは部下に適当に任せている書類仕事。

 だけど……。


「んっ、うちがやるから、執務室の机の上に置いといて」

「……えっ? ア、アダリナ様の執務室にですか?」

「うん、お願いね」

「か、かしこまりました」


 今回も自分がやるだろうなぁ、と思いながらも確認をしに来た部下が、とても驚いている様子だ。


「久しぶりに仕事をやろっかなー、って気分なんだ。まあ、いつまでこの調子が続くかわからないけどね」

「かしこまりました。では執務室まで」

「んー……布団に包まったままでいいかな?」

「……書類を確認してサインをするだけなので、構わないかと」


 今日の経験で、少しずつ変わっていくアダリナだった。



「シモン様は、四天王に相応しい実力を持っている……だけど、あの女は、今日でわかった。俺の方が……シモン様の隣に、相応しいんだ」


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