第46話:回復術師は見逃さない
◇
リリアとリーナに夕食の調理を任せて、俺は逃げるように宿を出た。
宿から少し歩いて、真っ直ぐ路地裏へ進む。
そこには、女の姿があった。
艶やかな黒髪、黒水晶のように透き通る瞳。歳のわりに大人びた妖しい雰囲気。
一度だけ会ったことがある。
俺がゼネストのパーティを抜けた後の穴埋め要因として起用された回復術士だ。
もっとも、あの後すぐにパーティを抜けたようだが。
名前は……そういえば聞いてなかったな。
「あら、見つかっちゃった」
本当に焦っているのか、焦っていないように見せかけているだけなのかわからないが、俺に見つかったのは想定外だったみたいだ。
「あの後すぐにパーティを抜けたみたいだな。それで、俺たちを付け回して何がしたい?」
「たまたまここにいたのだけど……どうしたの?」
「惚けるつもりか? 今日の朝からずっと近くにいたのは周辺魔力に注意していれば気付く。同じ特徴の魔力がたまたま同じ狩場に来て、たまたま同じタイミングで村に帰って、たまたま俺たちの宿周辺にいるとでも?」
何の狙いがあるのかわからない以上、二人がいる状態で近づくのは危険だと考えてあえて気づかないフリをしていた。
ちょうど良いタイミングで部屋を抜け出せたので、確かめに来たというわけだ。
何かあったとしても一対一ならどうとでもなるし、仮に突破されてもあの部屋にはシロがいる。
「私の想像以上ね……。ま、バレちゃ仕方ないわ。私はヘルミーナ。あなた……ユージを調査していたの。悪く思わないで。あと、我々はフェンリルの件を解決してくれたことに感謝しているわ」
「理由によるが、何が狙いだ?」
「それはトップシークレット。でも、ユージの敵じゃないから安心して」
「……それで安心できると思うか?」
「調査した限りではユージを超える人材はいないし、そういう意味でも不安がる必要はないのだけど……そうね」
ヘルミーナはアイテムボックスから手帳のようなものを取り出した。
どこにでもありそうな、何の変哲もない黒手帳に見えたが、中を見せられて驚いた。
偽造不可能な王国印が押されているページには、役職名などが書かれていた。
「王国騎士団公安部隊……? ヘルミーナは騎士団の人間だったのか!? それも、隊長……」
「いわゆる匿名騎士団だし、基本一人で動くからみんな隊長よ。表向きは冒険者ということになっているけどね」
「……それで、匿名騎士団が俺に何の用なんだ? 悪いことは何一つやっちゃいないぞ?」
「それは知っているわ。ユージが悪いことできるような人には見えないし。とある案件の周辺調査よ。私が話せるのはここまで。これで納得いただけたかしら?」
そう言いながら、ヘルミーナは手帳をアイテムボックスに収納した。
「身分が身分だし、何か事情があるというのはわかったよ。それでもわけわからない理由で監視されるのは気分が良いもんじゃないけどな」
「いずれ、あなたには多分全て話せると思うわ。その時は、騎士団に協力してもらうことになるけどね」
「俺が……?」
「ええ、もう調査は終わり。あとは上の承認をもらうだけ。あなたには悪いけど、王国のために協力してもらうことになると思うわ。もちろん、報酬は期待して良いと思うわ」
「悪いが、今の俺はソロじゃない。いくら王国の依頼とはいえ、単独で動くわけにはいかない。それに……」
「そう言うと思って、あなたのお仲間の内偵調査も済ませたわ。この短期間でよくあれほどのポテンシャルを集めたものね。もちろん依頼はパーティに出すつもりよ」
「いや、でもなんで俺たちなんだ? 何か目立つようなことをしたわけじゃないだろ?」
「え……それ本気で言ってる?」
「うん……?」
「エリアボス……ガーゴイルをたった二人で討伐。それも無傷で。それに加えてギルドマスタークラインとの決闘で圧倒的力量差をつけて勝利。さらにはフェンリルを討伐するどころか服従させる……これで目立ってないと思う?」
「あー……確かに、ちょっと目立っちゃったかも?」
「もともと、サンヴィル村地域ではゼネストという男がリーダーを務める新興のパーティが活躍しているという話を聞いて潜入したわけ。でも調べてみたら、ユージ以外はせいぜいBランク。マネジメントが凄いのかと思えばまったくそんなことはなかったわ。それで、あなたに注目したわけ。すぐに分かりやすい実績を出してくれて本当に仕事がやりやすかったわ」
「……ど、どういたしまして」
「ええ、ありがとね、本当に。そういうわけだから、今後ともよろしくということで」
ヘルミーナは、にっこりと微笑んでその場を後にした。
王国騎士団。それも匿名騎士団が動くということは、よほど大規模な案件の解決に動いている。それも、国民に知られちゃまずいことで。……いったい、何が起こっているんだろう。
俺が立ちすくんでいると、後ろから声がした。
「ユージ、何してるんですか? ご飯できましたよ?」
俺がなかなか帰ってこなかったことで心配したリーナが外まで探しに来てくれていたようだ。
「あ、すまん。何でもないんだ。すぐ戻るよ。ご飯が楽しみだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます