第45話:回復術師は任せる

 ◇


 その後、リリアが倒した魔物から報告用の素材を回収し、サンヴィル村に帰還。

 ギルドへの報告を済ませ、その場で報酬の分配を終わらせて宿に戻ってきた。


「今日は私がお料理頑張りますね!」


 開口一番で、リーナがとんでもないことを言い出した。


「だ、ダメだ!」


「え!? どうしてですか……?」


「いや、その……だな」


 咄嗟にダメと言ってしまったが、どう説明すればリーナを傷つけずに納得してもらえるのか分からない。

 かといって、リーナにお任せしてしまうととんでもない料理が出てきかねない。


 冒険者に最も大切なのは健康。

 体調を崩したりすれば、数日動けなくなってしまうのだ。それは避けたい。


 リーナは良い子だが、料理の腕は悪い子なのだ。


「私、ちょっとなら料理できるわ。ここでは一番の新参だし、料理は私の仕事……ということよね?」


 リリアが知ってか知らずか、助け舟を出してくれた。


「そう、それだ! 今日はリリアに任せたい。ということでリーナ、分かってくれるな?」


「うーん、でもここのしきたりとか、ユージの好みとか教えた方が良いですよね?」


 言うほどリーナも長い付き合いってわけじゃないだろ……。


「確かに、それは大事よね。リーナ、手伝ってもらってもいい?」


「もちろんです! 私に任せてください!」


 何も知らないが故に、リーナを頼りにするリリア。

 リリアに常識レベルの料理スキルを持っているなら、危険物が出来上がってくることはないか。

 丸投げというのは少し気が引けるが、頑張ってもらうしかない。


「じゃあ、あくまで今日はリリアがメインで、リーナは補助として手伝ってくれ」


 俺は、リリアの肩をポンと叩く。


「これから大変な困難が待ち受けていると思うが、諦めずに頑張ってほしい」


「え……? それってどういう……」


 ヤバそうな雰囲気を感じ取ったのか、不安気に声を漏らすリリア。

 でも、もう遅い。


「じゃあ、俺はちょっとやることがあるから!」


 料理に関してはリリアにお任せすることにして、俺は宿の外へ逃げるように出て行った。


 ◇


「今日は、野菜炒めを作ります。リリアは作り方知っていますか?」


「ええ、基本くらいは。リーナは得意なの?」


「うーん、私も得意ってほどではないですけど、経験はありますからね」


 意味ありげにドヤるリーナ。

 リリアも冒険者として生きてきたからよく理解している。『経験者』と『未経験』の間には超えられない壁が存在するということを。


 実践したからこそわかる些細な工夫、失敗、成功体験——


 リーナは『デキる』と直感した。


「今日は私がメインって話だけど、気になることがあったら教えてくれると嬉しいわ、先輩」


「先輩なんて堅苦しい言い方は無しですよ! じゃあ、始めましょうか」


 調理器具の準備をリーナが担当し、リリアがサクサクと野菜を切っていく。


 トントントントン。


 軽快なリズムがキッチンに鳴り響く様を、リーナはジッと見ていた。


「なかなかやりますね……これは想像以上です」


「そ、そう……? リーナに言ってもらえると嬉しいけど……」


 特に何か特別なことをしたわけではなかったのだが、見るひとが見れば違うのかもしれない。

 野菜を切るだけで何かしらの評価点を見つけ出すとは——


 リリアは緊張感をさらに高めた。


 野菜を切り終わったので、油を引いて炒める作業に移る。


「リリア、前もって油引いておきましたよ!」


「ありがとーってあれ? 油多くない?」


 フライパンの上で波を打つオリーブオイル。

 リリアの記憶では、今日は揚げ物の予定はなかったはずだ。


 というか、油は後から入れるものだった気がする。


「そうですか? 気のせいですよ。いつもこのくらい入れてますよ?」


「そうなの……? でも、さすがにちょっと減らさないと……」


「まあ、色々考え方があって良いと思います。リリアには油少なめの方が合っているかもしれませんし」


「そうね……今度油多めで美味しく料理する方法教えて欲しいかも……」


 やや違和感を抱きながら、スッと油を別の容器へ移す。


 火が通りにくいにんじんを先に熱してから適量の油をフライパンに投下。

 残りの野菜を放り込み、炒めていく。


 仕上げに適量の塩を振りかける。


 何も特別なことはしていないが、これで普通に美味しい料理になるはずだ。


「よし、完成——」


「ちょっと待ってください! 隠し味がまだですよ?」


「……隠し味?」


「そう、隠し味です。ガーリックとブラックペッパーと唐辛子を入れるとさらに美味しくなるんです!」


「それ味隠せてなくない!?」


「そうですか? でも味を隠したら隠し味の意味なくないですか?」


「……!?」


 思わず納得しそうになるリリア。

 確かに、本当に無味なら付け足す必要はない。

 ということは言われた通りに入れた方が良いのか。それに、大先輩のアドバイスである。


「じゃあ、別の容器に移してちょっとだけ試すということでどう……?」


「あ、それいいですね! 良いアイデアです」


「ジャストアイデアだけどね……」


 少しだけ別の容器に移して、リーナのアドバイス通り『隠し味』を追加する。

 気になる味はというと——


「うげっ……ケホッ、ケホッ」


 想像以上……というか、想像以上にヤバイ。

 これは完全に失敗だろう——そう思った時だった。


「リリアもなかなかやりますね……! 私が作った料理の中でも2位を争えるくらいの美味しさです。悔しいです……! もちろん1位はユージに手伝ってもらった時のやつです!」


「…………えっ」


 やる気満々だったリーナが任されなかったのって、もしかして……?

 

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