フランケンシュタインの闇鍋


 強大な軍事力を背景に列強と渡り合う軍事政権国家があった。国家元首を上回る絶大な権限を振りかざす政府軍元帥の命令により、科学者たちは日夜軍事研究に精励していた。

 そんな研究者のひとり、ドクター・メレンゲが元帥から与えられた使命は、一騎当千の戦士――超人兵士の開発であった。

 研究員たちとの壮絶な研究開発が始まった……。

 ――誰もが、無理だと言った。

 ――夜を日に継いでの研究。

 ――失敗に次ぐ失敗。

 ――狂気の人体実験。

 ――侮蔑と嘲りばかりが、聞こえてきた。

 ――だが、男たちは諦めなかった……!

 あるとき、ドクター・メレンゲは言った。

「強そうなパーツを集めて合体させれば――超人、作れるんじゃね?」

 研究室の全員が頷いた。

 みんな疲れていた。


 間もなく、莫大な予算と人員を割いて、研究チームの面々は凄絶極まる生体部品を取り寄せた。

 ドクター・メレンゲは、研究室の手術台の上に横たわる、ひとりの男を睥睨する。

「これが狼男かね? 体つきは精悍だが、我々と何ら変わらんように見える。月の光を浴びれば毛むくじゃらになるとでも?」

「いいえ、ドクター。彼は本物の狼男です。ただし変身するためには狼の毛皮を頭から被らねばなりません」

「ただの仮装ではないか」

「違います。この男を捕獲するために我が軍の精鋭、二個小隊が壊滅させられました。この狼男は毛皮を被ることで自己暗示を掛けているものと思われます」

「ふむ。シャーマニズムか。よろしい。人の内には測り知れない潜在能力が秘められているという。それを引き出す術をもつとは、素晴らしい素材だ」

「なお狼の毛皮を脱いでいても人並み外れた回復能力をもち、多少の怪我ならば瞬く間に快癒します」

「いいじゃないか。ぜひとも超人兵士の素体にしたい」

 ドクター・メレンゲは満足気に頷いた。

 彼の前には続々と超人の部品が届けられる。

「続いてはインドで修行を積んだ高僧の目玉です。地球の裏側まで見通すことができるのだとか」

「うむ。そうだ。そういった優秀なパーツが欲しかったのだ」

「こちらはヒマラヤの雪男の毛皮です。耐熱耐寒性能は元より、刃物を通さず、あらゆる銃弾をも跳ね返す強靭さをもっています」

「そんな物、どうやって剥ぎ取ったのだね?」

「ガスで眠らせた雪男を窒息死させ、薬品で皮膚の一部を溶かして、そこから皮と身を分けていった次第です」

「素晴らしい。実にスマートだ。しかし――」

「どうされました、ドクター?」

「この皮を狼男が被ったら、一体何男になるのだ? 雪男男か?」

「超人になる、という解釈でいいのでは?」

「そうだった! 素晴らしい実験材料を前に、危うく目的を見失うところだった!」

 失念していたな、と朗らかに笑うドクター・メレンゲを前に、研究員たちも釣られて笑みを浮かべた。血生臭い実験材料を囲んで。

「ところで、ドクターはどのような素材を選ばれたのです?」

 研究員から挙がった質問に、ドクター・メレンゲは鷹揚に頷いた。

「どんなに強い超人兵士が完成したとて、それが我が軍に害をなしては意味が無い。そこで私は、元帥閣下に最も忠誠厚いものの脳を手に入れたのだ」

「おお! 盲点でした。さすがドクター。ぬかりがありませんね」

「うふふ、もっと褒めて」

 そのようにして狼男の肉体を超人兵士へと造り替える改造手術がなされる運びとなった。


 脳を挿げ替え、目玉を取り替え、皮膚を張り替え……他にも身体の様々な部品を最高の逸品に交換し、あるいは付け足し、一日がかりの大手術を経て、ついに超人兵士が完成した。

「やりましたね、ドクター! 我々を冷たい目で見ていた連中の鼻を明かせますよ!」

「今は純粋に超人兵士の誕生を祝おうじゃないか」

 掲げたワイングラスの向こうに、手術台の上の超人兵士を透かして、ドクター・メレンゲはにやりと笑った。

 上機嫌な彼の様子を見て、研究員のひとりが素朴な疑問をぶつけた。

「ドクター。ずっと気になっていたのですが、あの兵士の脳の元の持ち主は一体誰なのですか? その者の肉体はどうなっているのです?」

「安心しなさい。元の肉体には狼男の脳を戻してある」

「ほう。脳を交換したのですか。それで、肉体は今どこに?」

「この時間なら、元帥閣下の日課の散歩に随行しているところだろう」

「え! 狼男を元帥閣下の傍に置いたのですか!」

「なあに、毛皮を被れば変身する男だ。今頃自分の役をまっとうしていることだろう」

 研究員は夜通しの手術でぼんやりした頭から、元帥の日課を思い出してハッとした。

「あの、ドクター。今、元帥閣下は愛犬のお散歩中なのでは?」

「うむ。心配があるとしたら、彼が片脚を上げて用を足すことを思いつけるかどうかだな」

 もはや取り返しはつかなかった。雪男の皮膚はメスが通らない。近づく者を見通す高僧の目玉があっては、ガスで眠らせることさえ困難だった。

 こうして超人兵士・犬雪男男が不可逆的にこの世に生み落とされた。ついでに狼男犬も生み捨てられた。

 超人兵士は八面六臂の活躍を見せ、戦場に勇名を馳せた。

 狼男犬は元帥の家で大切に飼われた。

 ドクター・メレンゲたちは粛清された。



   フランケンシュタインの闇鍋 完

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