掌月閉花
豊口栄志
AR碑文
かつて、栄華を極めた文明が地上をすみずみまで支配していた絢爛たる時代があった。
当時の人類は、地上に巨大なネットワーク網を張り巡らせて情報を相互にやりとりしていた。まだ電脳世界と物質世界が離ればなれだった遠い昔の話だ。
彼らは地上に座標を記して、情報を物質世界に重ね合わせて刻み込んでいたという。
現代の考古学者は、旧時代の遺構として残存しているネットワーク内を探索し、旧時代の人類の営みを考察する。
今日もまた、ひとりの考古学教授が遺構の調査報告を発表していた。
「今回の調査で大変なことが判明しました」
押し詰める発表会の出席者たちを前に、教授はしかつめらしい表情を表示させて語り始めた。
「まずはこれをご覧ください。我々調査チームが発見した古代の碑文です」
教授と出席者たちの間に白いモヤが立ち込め、そこに画像が浮かび上がる。
古い時代の文字だ。すでに話者も絶えた、失われた言語だった。
「この文字は、ある一部の地域にかぎって見られる特殊なものです。我々は遺構のネットワーク上に存在する膨大な辞書データと引き合わせ、ついにこれを解読しました」
教授は浮かんだ画像の横に立ち並び、古代の文字を解説する。
「『偉大な存在への奉仕のために流血があった』――ここにはそのように記されています。しかもこの文字列は、今回の一箇所だけで発見されたわけではありません。この言語を使う地域に集中して頻出していました」
教授の傍らに電脳地図が表示され、発掘地点を示すおびただしい数の座標が書き足される。点の集合は弓なりの形を描いていた。
「これはこの地域に特殊な宗教を背景とした生贄の風習が存在した……あるいはかつて存在したことを後世に伝えるために残された警句である、と考えられます」
――おそろしい。やはり古代人は野蛮だ。まるで知性を感じない。
教授の発表に出席者たちはどよめき、口々に旧人類への畏怖を唱える。
彼らと教授の間に横たわる古代文字は、すでに失われた言語――ニホン語でこう書かれてあった。
『出血大サービス』と。
AR碑文 完
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