サポーターズサイドストーリー

香澄 翔

笹倉祥子の場合

第1話 プロローグ

 選手が大きくボールを蹴り出す。

 FWフォワードの選手が抜け出してきて、相手チームのDFディフェンダーを置き去りにする。GKゴールキーパーと一対一だ。

 相手のGKが飛び出してくる。しかしむFWの選手はペナルティエリアの中にきりこむと、ボールを左側にちょんと蹴り出して飛び出してきたGKをすり抜ける。


「うまい!」


 思わず大きく声を漏らしていた。

 GKをそのままかわすと無人のゴールへとボールを流し込む。同時に大きな歓声が響いた。


「やった! きまった!」


 そう思った瞬間。

 ベッドから転げ落ちた。現実へと引き戻される。

 辺りを見回してみると、まかりまちがうことなく自分の部屋だった。


「なんで夢なのぉぉぉぉっ」


 起き抜けに叫び声と共に涙をこぼす。そうだったらいいなと願った昨日の試合。実際には相手側に三点も決められて涙を流した。

 昨日の試合を思い出すだけでも憂鬱になる。

 これが私、笹倉祥子ささくらしょうこの日常だった。






「しょーこ。おはよ」


 通学路で友人の珠南みなみが声をかけてくる。


「何もかもがむなしい」


 それだけ返すと私はそのままゾンビのように歩き続ける。

 そう、もはや私はゾンビなのである。今こうして学校に向かっているだけでも褒めてもらいたい。


「あー、またまけたのか。まー、元気だしなよー」


「みなみはいいわよね。ハードバンクイーグルスは連戦連勝。強い。強いったらありゃしない。それに比べて我がアベイユは八連敗。蜂だからって八連敗しなくてもいいのにっ」


 言いながら頭を抱える。

 ゾンビでも頭痛が痛くなるくらいの負けっぷりなのである。痛いを重ねてしまうくらい語彙もなくなろうというものだ。


「まーまー。がんばっているから次は勝てるよ」

「それくらいで勝てるようになるんだったら、苦労なんてしないのよ。アベイユは弱いっ。弱すぎるの。弱すぎるから……お客も少ない」


 途中で声がしぼむように小さくなってくる。

 この間の試合は観客がとうとう二千人を割り込んだ。福岡という大都市で二千人もいない。そりゃあ平日のナイトゲームだから、お仕事してたり塾にいったり、サポーターだって忙しいのはわかるけど。

 ああ、もう。どうしてお客きてくれないんだろ。

 って、弱いからだね。わかってる。わかってるの。


 でもたくさんお客きてほしい。そうしないとクラブがなくなっちゃうかもしれない。


 クラブがなくなったら、どうしたらいいの。私の気持ちは誰に向けたらいいの。

 ハードバンクに鞍替えする? そんなことできるわけない。だって私が好きなのは、どんなに弱くてもアベイユだから。

 私にとってアベイユは私そのものだ。蜂にいきなり鷲になれって言われても困るってものでしょ。


「なんかすごい選手が移籍でもしてきてくれたらいいのにねぇ」

「うち、お金……ないからね」


 ハードバンクは親会社がいろいろやっててお金持ちだから、ばんばんいい選手がきてくれるけど、アベイユは弱小クラブである。しかも福岡じゃほとんど認知すらされていないんじゃないだろうか。朝のニュースみたことある? アベイユの事なんかまずやらない。そもそも誰もどんな選手がいるかなんてしらないでしょ。


 かくいう私もほんの一年ほど前まで知らなかった。


 それどころかスポーツ自体に興味なんてなかった。運動は苦手な方だし、自分でいうのも何だけど私ってば完全に地味子ちゃんだし。


 三つ編みだし眼鏡だし。これで文庫本でも鞄に忍ばせていたら、完全に文学少女ってものでしょ。いやまぁ文学少女ってほどではないけど本は好きだし、考えてみたら今も鞄の中に文庫本入ってた。もっとも少女小説だから、文学少女というにはちょっとおもんばかるかな。


 でもそんな私が、こうまで熱心なサポーターに変わったのは、ほんのささいなきっかけに過ぎなかった。


 まぁつまりこのお話は私がいかにしてサポーター少女になったかの物語である。

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