第四章 文化祭恋人編
1節 愛してるがまだ言えない。
第1話 恋人に夜這いを仕掛けるな。
【前章の要点まとめ】
・同居した。
・聖女来た。
・記憶全部戻った。
・異世界はクソ。
・魔女が隕石落とした。
・笹木が芽々に告白未遂した。
・恋人になった。
・あと四回魔王と戦って一回でも負けたら
四章、文化祭恋人編始めます。
週三(金土日)更新目標です。
間に合わなかったら寝ます。
────────
気持ちのいい朝だった。
残暑の残る九月。
だというのに、冷房はガンガンに効いていて涼しい。
狭い布団の中はぬるく、このまま二度寝と洒落込みたいくらいだ。
今日が休日であれば、の話だが。
気持ちが良すぎる、という違和感に目を覚ました朝。
俺は稼働する冷房を睨んで、不思議に思う。
眠る時に冷房はつけない主義だ。
『熱帯夜よ。死ぬわよ』と咲耶に脅されようがつけない。
……おかしい。昨日消し忘れたのだろうか?
布団から這い出そうとし、違和感の正体に気付いた。
畳に敷いた薄っぺらい布団は狭く、温かかった。
その狭さと温もりは端的に人ひとり分で。
更に具体的に言うと、
「……すぅ」
奪われた俺の枕には、柔らかな亜麻色の髪が広がっている。
閉じられた目蓋に、穏やかな寝息。
いい夢でも見ているのか、ほのかに微笑みが浮かんでいた。
俺の左では文月咲耶がすやすやと寝こけていた。
なんてことない真相だ。
冷房はどうやら、勝手に部屋に入ってきた咲耶の仕業だったらしい。
「おい」
肩を揺する。
「……ん、ぅ? あ、起きたぁ?」
寝ぼけ眼の、少し舌っ足らずな声。
咲耶は寝起きが悪い。
肩を揺する俺の手を捕まえて、頬ずりをした。
「ふふ、おはよう飛鳥」
柔い頬の感触に、こちらの目も冴えていく。
なるほど、恋人の「おはよう」で始まるというのは確かにいい朝だな。
うん。
と、冷静に深呼吸をして。
べしりと手を振り払った。
「いや、おはようじゃねえんだわ」
なんで不法侵入してんだよ。俺の布団に。
◇
さて。
同居と同棲の違いはなんだろうか。
同じ「一緒に住む」という意味なのに、一緒に住んでいるのが「恋人」か否かで名前が変わるのだから、不思議な話だ。
──俺と咲耶が「恋人」になって、三日が経とうとしていた。
とはいえ、もとより両想いであることを確かめた仲だ。
デートも親への挨拶も、お互いしたことがある。
これまで俺たちの関係は事実婚ならぬ事実交際状態といっても過言ではなく、正式な恋人になったところで何も変わらない、そう思っていた。
思っていたのだが──。
今現在、俺の布団の約六割を占有している咲耶に、問う。
「おまえ、何してたの?」
咲耶は俺の枕にほっぺたを埋もれさせながら、言った。
「何って、夜這いだけど?」
「は???」
咲耶はうつ伏せに半身を起こし、枕の上で腕を組んだ。
薄いキャミソールの寝巻きからあふれそうな胸が、腕の上で潰れたが。
普段バカみたいな露出度の魔女服を見ている身からすると「はしたねえな」としか思わない。
まさか清々しい朝に劣情が湧くわけないだろう。
それも、「夜這い」などと品性最低ワードを聞いた直後など。
俺は一周回って、極めて冷静だった。
咲耶は無防備に半ば寝そべったまま、曇りない眼で続ける。
「ほら、わたしたち恋人になったわけじゃない?」
「そうだな。そこまではわかる」
夏休み、俺たちの間にはなんやかんやがあった。
なんやかんやは具体的に言語化すると胃が痛くなるので、横においておくこととする。
まあ、夏休みの大事な思い出なんて正式に恋人になったことくらいだ。
あと笹木と芽々と遊んだことくらいだ。
それだけでいい。
俺の人生、それだけでいいよもう。
「だから抱き枕になりに来ました」
抱き心地の良さそうな肢体を惜しげもなく晒し、えへんと胸を張る俺の恋人(アホ)。
「わからん。どういう意味?」
「知ってる? 恋人って『安眠抱き枕』って意味なのよ」
「そうか、おまえの国ではそうなんだろうな……」
「ふふ〜」
駄目だ。もう何もわからない。
誰か文月咲耶語の辞書作ってくれ。
別にいいのだ。恋人になったことは。
あそこで付き合うことになるのは想定外だったが、願ったり叶ったりではある。
元から恋人と変わらないくらいの関係だったとしても、なれるもんならなりかったし。普通に。
付き合えて普通に嬉しいよ俺は。
想定外だったのは──たった三日で、晴れて恋人となった咲耶の頭がすっかりおかしくなってしまったことだった。
……いや、恋人になる前からあいつおかしかったな。
元々だわ。
俺の恋人、元々おかしい。
「で。咲耶さん。夏休みはもう終わったことをご存知で?」
「……あっ」
柱にかかっているカレンダー。
昨日めくっておいたそれが示すのは、九月一日だ。
平日真っ只中の、二学期初日。
カーテンから差し込む日差しは痛いくらい眩しい。
時刻はとっくに午前八時を回っていた。
「……おまえ、俺の目覚まし止めたな?」
「…………えへ?」
勢いよく布団を剥いだ。
クソッ! 何が安眠抱き枕だ! よく眠れたよチクショウ!!
「四十秒! 朝飯は抜きだ! おまえの鞄は俺が持っていく! 冷蔵庫に昨日弁当仕込んであるから取ってこい!」
「待って待って待って!?」
バタバタと制服に着替えながら、咲耶が台所で叫んだ。
「お弁当に桜でんぶでハート描いていい!?」
「いいわけないだろバァカ!!!!!」
駄目だもう。
あいつの頭、タコウインナーだよ。
二人分の荷物を持って、マンション下で自転車を出して待つ。
さて、支度を終えた文月咲耶・残念魔女・エセ令嬢・俺の彼女・元々変がやってくるわけだが。
「ごめんお待たせ! 二十秒で用意してきたわ!」
それ窓からショートカットしてきただろ、と突っ込みたいがあえて言わない。
遅刻は緊急事態だからな。
まあ見られてないならいいだろう。
俺も咲耶も人目を避けるのは結構得意だ。
(何故か笹木と芽々には見つかるのだが、あいつらが例外なだけだ)
咲耶は久々の制服姿を披露する。
「じゃん」
少し短くなった髪は三つ編みに、スカートの丈までも少し短くなっている。
几帳面に結んだ左右対象のリボンだけはそのままだ。
二年前の大人しい文月とも、四月の不機嫌を前面に押し出した眼帯姿の咲耶とも違う。
いつの間にか、随分と明るくなった表情で、しかしいつものように悪戯っぽく、彼女は首を傾げる。
「どう? あらためて、美人な彼女を褒める言葉は?」
「はいはいかわいいかわいい」
「投げやりなふりして照れ隠しな言葉をありがとう」
なんでバレてんだよ。
溜息を吐いた。
まったく、折角稼いだ二十秒をこんなやりとりに使うとは。
「遅刻寸前なのに随分と余裕だな」
「だって、後ろ乗せてくれるんでしょう?」
俺の自転車の荷台を見やる。
そういえば、いつかも遅刻しかけたことがあった。
あの時は筋肉痛を押して、二人乗りで坂を駆け上ったのだったか。
「知ってたか、咲耶。二人乗りって道路交通法違反らしいぞ」
「知ってるわよ? わたしが教えたんじゃない」
けろ、っとした顔で答える。
咲耶には遵法精神があまりない。
俺はというと、これ以上罪を重ねたくない今日この頃だ。
「それに、思うんだよな。おまえはちょっと頭を冷やした方がいいんじゃないかって」
自転車に荷物を乗せ、またがる。
「というわけで、だ」
俺は笑顔で言った。
「咲耶、おまえは走れ」
◆
飛鳥がなんかとっても爽やかな笑顔でなんか言ってたけど、笑顔が眩しすぎてわたしは何も聞いていなかった。
わたしは「顔がいいなぁ」とぽやぁとわたしの彼氏(わたしの彼氏!!!)を眺めていたら。
「咲耶、おまえは走れ」
わたしの彼氏はかわいい恋人(わたし)を置いて自転車を全力で漕ぎ出していた。
わたしの鞄をいれた自転車がどんどん去っていく。
遠ざかっていく飛鳥の背中を、「後ろ姿もいいなぁ」と眺めて。
ようやく、我に返った。
「…………は? え、わた、え……?」
ぽつんと一人。
あたりの住宅街は静まり返っている。
もう通学時間ぎりぎりだ。
通る生徒の姿もない。
鞄すらない身軽な身体ひとつで、呟いた。
「わたし、置いてかれた……??」
めちゃくちゃ走った。
髪編んでたしスカート短くしたから走りやすかった。
なるほど、イメチェンはこのためだったのね。
なるほど〜……。
(そんなわけないでしょ!?)
──恋人にかわいいって褒めてもらうためなんですけど!!!?
断じてッ……向い風でボロボロになりながらギリギリ教室に滑り込むためではない……では、ないの……!!
チャイムと同時に扉を開いた。
適当な性格の担任教師はまだ来ておらず、そんなに急がなくてもよかったことを思い知る。
汗すらかかない人外でも全速力は、とても、疲れる。
わたしの身体能力はあくまで普通の人間程度しかない。
よれよれになりながら倒れ込むように席に着いた。
……あ、鞄だけ席にある。
なるほど、万一遅刻しても「鞄があるから出席判定」はできるということか。
飛鳥なりに気を使ってわたしを置いていったらしい。
いや、そんな気遣いはいらないのよ!!!!
そもそも恋人を、置いていくな……!!!!
「文月ちゃん、どうしたの!?」
席に倒れ込んだわたしを心配して、同級生が声をかける。
快活なポニーテールの同級生、
あだ名は「委員長」の優等生で、わたしの数少ない普通の友人だ。
「ええ、ちょっと、ね」
一瞬で外面を取り繕って、わたしはすっと視線を斜め後ろにやった。
窓際の席、あの男の顔を見る。
飛鳥は机の上で頬杖を付いて、にやりと口だけを動かした。
「(頭冷えたか?)」
わたしたちの間では読唇術くらいは基本だ。
遠目でも相手が繰り出す魔術が読めないとどうしようもない。
だけどそういう異世界
あとで買う、絶対あとで買うから覚えてなさいよ。
委員長は何も気付かず、話を続ける。
「あ、そういや文化祭の相談なんだけど。みんなのシフト調整ってできる?」
「ええ待ってね。今確認するわ」
表の顔は笑顔でスマホを取り出し、後ろ手にわたしは中指を立てた。
もちろん、飛鳥にだけ見える角度を狙って。
『くたばれクソ勇者』
委員長と和やかに会話をしながら、メッセージアプリで呪詛を送信する。
開きっぱなしのスマホの画面上では通知が連続でなる。
『おい』
『文月咲耶』
『中指を立てるな』
『やめろ』
『品がない!』
未読無視。
「おまたせ麻野さん。データ送ったわ」
「ありがとー! 仕事早くて助かる〜」
用件が済んだ委員長が背を向けた。
担任教師が教室の扉を開け「HRを始めるぞ」と言う、皆の視線が一点に教壇に集まるその瞬間。
わたしはくるりとあいつの方を向いて、首を掻き切るジェスチャーをかました。
──頭が冷えたかって?
「(ええ冷えたわ! おかげさまで! 気持ちもね!!)」
スマホを机の中に叩き込んで、姿勢を正した。
──恋人になっても、わたしたちの関係は何も変わらないと思っていた。
だって、恋人になる前からしてたじゃない。
膝枕とか添い寝とかキスとか。
してたじゃん! したのに!!
だから「恋人」になったらラインぎりぎりまでは甘え放題だと思ったのに!!
なのに、わたしたちは恋人になっても相変わらずどころか……。
──むしろ、逆戻りしている気がするのはどうしてだろう?
(不思議だわ。納得いかない)
通知が鳴り続ける。
『いや、おまえが悪いよ』
『夜這い仕掛けるおまえが悪い』
うるさい。
わたしを抱いて寝ろ。
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