第11話 一方その頃芽々はハワイにいる予定。
翌日午前。
場所は咲耶の部屋。
咲耶の美的感覚は割合大人しく、部屋の内装に尖ったところはない。小綺麗で空間が余り気味、しいて特徴を言うならベッドが大きめなことくらいだ。
だが今。その部屋には明らかな異物──即ち、ホワイトボードがあった。
「作戦会議を始めるわ」
咲耶はホワイトボードの前で腕を組む。
「いや、なんであるんだよ白板」
「あんたがもう学校で変な話をしたがらないように買っといた。通販で」
「天才じゃん」
いいよなホワイトボード。なんか捜査本部みたいで。
しかして咲耶が白板にちまっとした綺麗な字で「作戦会議」と書くのだが。
俺の隣にはちょこんと正座した芽々が、冷たい麦茶を啜っている。
「……なんで芽々がいるんだ?」
「手伝いに来たんですけどぉ!?」
咲耶が言うには、電話で一部始終を話したら「また厄ネタ異世界!? 海中止!? クソ現実!!」と叫んだ後、そのままやって来たという。
「ありがたがってください」
「芽々最高。寧々坂大明神」
「ありがとう。大好きよ」
ふふん、と芽々は眼鏡を押し上げた。
咲耶って女にはすぐ好きって言うよな。いいけどさ。
「芽々的にはホワイトボードよりも、サァヤの格好の方が気になるのですが……」
髪型はここ最近お決まりの、長い一本の三つ編みだ。
以前褒めて以来、咲耶は三つ編みにすることが多くなったような気がする。いや、自意識過剰だな。単に夏だからだろう。
しかしいつもと違うのは服装。咲耶は何故か上に白衣を羽織っていた。
「なんでだよ。格好いいけどさ」
清廉潔白、なおかつ知的な雰囲気を漂わせ、きりりと咲耶は答える。
「衣装は精神ひいては魔法の出来に影響を及ぼすわ。この格好は魔法のために必要だからよ」
「それはわかりますけど白衣て。オカルト感、減りません??」
真顔で腕を組んだまま、咲耶は。
「わたし実はオカルトそんなに好きじゃない」
根本をひっくり返した。
「魔女なのにです!?」
「別になりたくてなったわけじゃないし。むしろちょっと苦手なのよね、占いとか占いとか占いとか」
「あー、昨日のトラウマですか」
何かあったのだろうか。……もしや瑠璃か?
「わたしは正直、魔女よりもマッ……」
「咲耶、それ以上はいけない」
止めにかかる。
マッドサイエンティストになりたかったとか俺の古傷を抉るようなことを、言ってはいけない!
だが間に合わなかった。
「マッドサイエンティストの方が──推せない?」
……うん?
咲耶は真剣な顔で、思案げに呟く。
「ていうか単に、白衣と眼鏡が似合う人が、好き?」
こちらをじっと見つめてくる芽々。
「ちょっと失礼します」
芽々は咲耶の白衣をスルスルと脱がせた後、自分の大きめの伊達眼鏡を外した。そして、その眼鏡をスッと俺にかける。
「コラ」
そのまま奪った白衣をふぁさ……と肩にかけてくる。
「遊ぶな」
芽々と咲耶は顔を見合わせ、パァンと手を打ち鳴らした。
「Tシャツがエビじゃなければ舌噛んでた」
「一生変な服着てろです」
「なんなんだよ」
装備返却。無駄話もそこそこに。
真面目に、今後の方針を協議する。
「聖女はもう
「いいえ。霊体だけの転移とはいえ、そんな簡単に世界間の行き来ができるはずがない。確認した痕跡からしてもまだ
まだ取り返せる、か。挽回はここからだな
「くっ、わたしがストーカーであれば襲撃に間に合ったのに……!!こんなことなら飛鳥の位置情報盗んでおくんだった……!」
こいつ何言ってんの?
「やっぱり時代はストーカーじゃない?」
世紀末か?
明後日の苦悩に走る咲耶は横に置いておく。白衣を着ても知性は上がらないことが証明された。
要は聖剣の再奪取がしたいのだ。
いずれ捨てるとはいえ、あれはまだ必要だ。
魔女の呪いを解く方法は──まだ魔王に吐かせられていないが──武力なしで解決できるとは限らない。(というか絶対いるだろう。勘だが)
それに、
本当に全部が全部終わるまでは、手放すわけにはいかないのだ。
「てゆか。そんなあっさり外れるものだったんですねソレ」
「無理矢理ぶっ壊そうとしたわたしって一体……」
「おまえ魔女っていうか時々蛮族だよ」
つまるところの方針は『異世界に帰られる前に聖女をとっ捕まえる』なのだが。
「魔法案件なのよね、これ」
「だろうと思って芽々、助っ人に来ました」
なるほど、魔法については俺よりも前回齧ってしまった芽々の方が(使えないとはいえ)まだ詳しい。
と考えて。はた、と気付いた。
「……俺、やることは?」
「ない」
「ない!?」
「だって今、正真正銘に普通の人間じゃない。念願叶って。おめでとー」
「全然めでたくねえ!」
実は俺は荒事にしか能がなく、その能も取られているのが現状だった。聖剣がなければただの人間(六十五点)。
念願叶うにも適切なタイミングというものがあり、その辺を読まない異世界はクソ。
落ち込んできたな。
「まあまあ気にしないの。大丈夫よ。その時になったら頼るから、ねっ」
フォローまでさせた。ダサすぎて死にたい。
◆
戦力外通告の後、「ちょっと電話してくる」と言って飛鳥が部屋から離脱する。
途端、芽々が急に真面目な顔でわたしに耳打ちする。
「……大丈夫なんですかあれ? あの人、
目敏いな、と思う。確かに今日はちょっと隈が濃い。
小さな顎に手を当てて、芽々はぶつぶつと呟く。
「飛鳥さんって結構メンタル弱いですよね。なんかあったら窓から飛び降りようとするし川に入水しようとするし切腹
「ええと。それは『弱い』じゃなくて『変』だと思うのよわたし」
困るよね、人間初心者の奇行と情緒バグ。
「でも寝てないのは『聖女と生身でやり合うシミュレーションをひと通り脳内でやりながら筋トレしてたら夜が明けたから』って言ってたけど」
「…………バカなんですか!!?」
「そうよ」
あいつ、結構脳筋だからね。
鍛えるのが好きってわけじゃないからあまり言わないだけで。
……芽々の言う通り、様子がおかしいのは確かだ。
昨晩、長く抱きしめていた時に鼓動を聞いていた。やけに早かった心音が、浮かれた理由でないことくらい察している。
強さに拘るあいつは自分の無力には過敏だ。それでなくても人間は腕を無くして平然としていられない。取り繕ってはいるけれど、演技ならわたしの方に一日の長がある。お見通しだ。
でも。
「大丈夫よ。この程度で揺らいでいたらわたしたち、とっくに死んでるわ。
なにせあいつはちょっと前まで実家が更地になったことにすら大爆笑していたやつだ。
それに比べると随分人間らしくなったものだ。
それについては、わたしは割と本気で祝う気でいる。
だからこそ。
「最短で解決してみせるわ。それで夏休みの続きをしましょう。わたし、諦めてないから」
芽々は、ぱちぱちと目を瞬いて。
「咲耶さんは、開き直るといい女ですね」
「なにそれ」
「ではここでひとつ、残念なお知らせがあります」
「な、何?」
姿勢を正し、挙手した芽々は神妙に言う。
「芽々、明後日から旅行なのでいません」
「…………そうね?」
家族旅行、大事よね。楽しんできて欲しい。
だけど芽々は顔をくしゃっくしゃにした。
「すみませんなんかっ、あんま手伝えないっぽくてっ……! 肝心な時に『※一方その頃芽々はハワイにいる』しててっ!!」
低予算映画に唐突に差し込まれるトロピカルなイメージ映像?
「いいのいいの全然いいから! 今回は巻き込むつもりなかったし!! 気持ちだけで十分よ!?」
「うぅ……」
え、なんでこの子こんなに思い詰めてるの? そんな深刻な事態みたいに捉えてるの!?
いえ、これは……。
もしかして前回の魔王戦のこと、ものすごーく引き摺ってる??
別に人様のトラウマになるようなことは何も見せてなかったと思うのだけど──いえ、目の前で自分の頭吹っ飛ばしたりしてたなわたし。
あと
ハッとする。
「……まさか、トラウマになってる!?」
「心配なんですよお二人がっ!!」
◆
調子を取り戻して「ひーくんにお土産何がいいか聞いてきますね!」と一旦部屋を出ていった芽々を見送り。
わたしはひとり、息を吐く。
ホワイトボードに向き合って考える。
ペンを取り、頭の中を整理する。
「敵の目的は何か」
聖剣の奪取。聖女はおそらくそれ以外に興味はない。
「異世界転移は原則不可能……ならばどうやって
「──わたしの目的は何か」
手を、止める。
こればかりは書くわけにはいかなかった。
たとえ飛鳥に怒られることになるとしても。
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