第34話『朝顔と西瓜・1』
滅鬼の刃 エッセーラノベ
34『朝顔と西瓜・1』
「ほう、懐かしいなあ」
声に振り返ると半玉のスイカをぶら下げた武者が立っています。
「だけど、こんな北向きで育つのか?」
「昨日までは三階のベランダに置いたんだけどな、育ちすぎるんで移したんだ」
「なるほど、抑制栽培というわけか」
「まあな」
栞が近所の小学生に分けてもらった朝顔の種を鉢に入れ、日の当たるベランダに置いていたらノンノンと育ちました。
この調子では育ちすぎてしまうので、昨日から北側の玄関前に移したのです。
北向きなので、もう花は開かないかと思ったのですが、まだ余力があるのか、キチンと咲いています。
「栞ちゃんのなんだろ?」
「ああ」
付き合いの長い武者には、こういうことが似合わないジジイだと見抜かれています。
「昨日から、泊りがけでアルバイトに行ってるんで、ピンチヒッターだ」
「まあ、水と日当たりさえありゃ勝手に育つからなあ」
今日は一階の元ガレージだった和室で喋ります。
エアコンの電気代節約と、さっきの朝顔が見えるからです。
「子どもじみた花だけど、朝顔っていうのは、けっこう大人なんやなあ」
「ああ、大人だから、夏休みの自然観察にも使われる」
「そこへいくと、スイカいうのは、手のかかる子どもみたいなもんやろなあ……」
ペペ
ジジイ二人そろって種を吐き出します。
「わしらも朝顔みたいなもんやったなあ」
「ヒネた朝顔だ」
「教室いう植木鉢と、窓の日当たりさえあったら三年で卒業していった。あ、大橋は四年やったなあ」
「教室の日当たりが悪かったからなあ」
「ホームルームなんか、全部生徒でやってたなあ。学期の始めのホームルームでホームルーム計画話し合ったやろ」
「担任は横に座って聞いてるだけ」
「そうか、時どき口挟んでなかったか?」
「え、そうだったか?」
「グランドでバレーボールとかサッカーしたい言うたら使用許可とれよとか、音楽室借りてレコード鑑賞に決まりかけたら『音響機器は視聴覚部の許可』とか、お菓子買って来て茶話会言うたら『生活指導』と相談しとけとか」
「ああ、そういう意味か」
武者は逆説めいた言い方をしているのだと気付きました。
「憶えてるか、社会のS先生、卒業式でクラスの生徒の名前読み間違えたの」
「あ、せやったか?」
「東(ひがし)って男子を(あづま)って読んじまって、横の先生に『そのまんまヒガシです』って注意されて」
「あはは、もう二十年後やったら大爆笑やったやろなあ」
「下の方の名前は、もう詰まりまくりで、さすがにヒンシュクものだった」
「ああ、せやったっけ」
「あ、ああ……すまん、講師時代の話だった」
わたしは母校で三年間講師をしていたので、記憶がごっちゃになっています。
「て、いうか、S先生て担任したことあったんか?」
「え、ああ……」
このあたりは武者の方が記憶が正確です。わたしは――有ったこと――は聞憶えていますが――無かったこと――については曖昧です。
武者は在学した三年間でS先生が一度も担任していないことを憶えていたのです。武者は一二年上の先輩たちとも付き合いがあって、いろいろ情報を知っていたので、S先生が、ちょっと札付きであったことを生徒の頃から知っているようです。
それから二三の先生を思い出しながら、半玉のスイカの半分を平らげました。
「ええ話もあったよなあ」
先生の棚卸ばかりでは詰らないので方向を変えます。
「ええと……野球部が府大会で優勝した!」
「え、せやった?」
「応援賞で、一位とったぞ」
高校野球というのは部活動に励みが出るようにと、優勝・準優勝の他にも各賞を用意しています。
その中に応援賞というのがありました。
特に応援団やチア部があるわけでもなく、吹奏楽さえ廃部状態だったので、有志の生徒たちが自主的にチームを作って応援したことが評価されて応援賞をもらったことがありました。
「ああ、三島由紀夫の事件があった年かぁ……」
三島事件と重なったので、みんなの記憶から消えている……という、武者の気遣いなのですが、三島事件は11月。高校野球は7月でしたから、ハナから記憶にないのでしょう。
武者を見送って振り返ると、朝顔はすでに萎んでいました。
蕾が三つ四つあるので、まだまだ咲くでしょう。
せめて、午後だけでもと心変わりして、三階のベランダに戻してやりました。
明日の朝には一階に戻します。
☆彡 主な登場人物
わたし 大橋むつお
栞 わたしの孫娘
武者走 腐れ縁の友人
滅鬼の刃 武者走走九郎or大橋むつお @magaki018
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