第18話『我が街のことから』
滅鬼の刃 エッセーノベル
18・『我が街のことから』
阪神大震災の前の年に所帯を持って今の家に越してきました。
行政区分で言うと、大阪府八尾市の高安あたりになります。
俗な言い方をしますと河内のど真ん中です。ちょっと距離のある近所に中河内最大の前方後円墳である心合寺山古墳がありますから、ほんとうに河内のマンナカなのでしょう。
全国的な評判で言いますと、荒っぽいと言うか元気がいいと言いましょうか、平たく言いますと、日本でも有数のガラの悪い地域と認識されていましたし、今でもそういうイメージをお持ちの方が居られるでしょう。
じっさい、心合寺山古墳よりはるかに近い近所に近東光が和尚をやっていたお寺がありますし、街ぐるみ今東光の『悪名』の舞台であったりします。
軍鶏と書く勇ましい鶏がいます。肉にもしますが、河内では格闘用に飼育される鶏で、まさに軍隊の兵隊のように闘います。網で囲った輪の中に二羽の軍鶏を放って闘わせます。むろん、ただ闘わせるのではなくてお金を賭けます。闘鶏といいます。娯楽と博打を兼ねた河内の文化でもありました。『悪名』も、この闘鶏の描写から始まっていたように思います。河内のあちこちで行われていましたが、今はもう伝説になっていると思います。映画の『悪名』の他はNHKの『新日本紀行』の映像で見たきりです。
大学生のころ、所用で、その近所のS女子高の先生を訪ねに行ったことがあります。その女子高は東光和尚に「嫁さんにするんやったら、S高校の卒業生やろなあ」と言わしめた学校です。
訪ねた時間帯は、放課後をちょっと過ぎた時間帯で、下校する生徒の流れに逆らって歩きます。道は玉櫛川の沿道で、道幅は三メートルもありません。部活の用事で他校を訪れることはしばしばだったのですが、他校とは違う圧を感じたことを憶えています。制服も頭髪もきちんとしていて普通なのですが、吸って吐く空気の量が多い感じで、マンガ的大げさで言うと、彼女らに空気をとられて狭い道は摂津の優男には息苦しいという感じなのです。
学校に着くと、先生の居られる化学準備室を訪ねます。
ちょうど掃除当番が終わったところで、数人の生徒が掃除完了の報告に来ました。
「お、男!?」
「こら」と先生。
「せん、掃除終わったし」
「ごみほりやったか?」
「え、まだええんちゃうん?」
「半分でも溜まってたらほりに行く」
「はーい(横の相棒に)、ちょ、おまえ付き合え」
「え、あしも?」
「ったりまえじゃ、当番やろがあ」
「せん、また、なんか奢ってなあ(^▽^)/」
「駅前にケーキ屋できたしい」
「期末でオール5取れたらなあ」
「いやあ、死んでも無理!」
「いっぺん死んでこい」
「きっつー!」
「もう、さっさと行け」
「「「「失礼しました」」」」
バタン(ドアが閉まる)。
ドアの向こうでワイワイ賑やか「で、あの男なんやろなあ」「おまえ、趣味かあ」「おお?」的なお喋りがフェードアウトしていく。
文字に起こすと乱暴なのですが、圧はあっても威圧感はありません。先生に喋る時も「あ、男!?」と感心を持つときも、しっかり対象物に目線が向いています。
ちなみに「せん」と言うのは「先生」のことです。言っている本人は「先生」と言っているつもりなのですが、知らない人には「せん」と聞こえます。落ち着いている時は「せんせ」「せんせえ」と言います。
「あし」は「あたし」の意味で、時に「わし」になります。本人は「あたし」「わたし」と言っているつもりで、地元の人間が聞くとちゃんと「あたし」「わたし」と聞こえています。
司馬遼太郎さんがエッセーで書いておられました。
司馬さんは八尾の北方の八戸ノ里にお住まいでした。高安からは二つほど北隣の街になります。
散歩の途中、近所の若奥さんに「こんにちは」とご挨拶された時の事です。
「河内に落ちてまいりましたが、近頃は……」
と、最近は慣れてきたという話をされました。この若奥さんは東京あたりから来られた人で、河内の風土は、ちょっと堪えた風がありました。思わず「落ちた」という表現をなさいましたが、この人が感じたカルチャーショックを現すもので、司馬さんはそのショックのおかしさを愛でておられたように思います。
まあ、他の地方から見れば荒々しい気風であると思われて敬遠される風がありましたし、イメージとしては、まだそのままなのかもしれません。
わたしは、河内に隣接する摂津の出身ですので、先述の若奥さんのようなショックを受けることはありませんでした。
駅前には『美人館』という散髪屋さんがあります。ちょっと意表を突く屋号ですが、これは東光和尚が、店の女主人に頼まれて半世紀以上前につけたままです。
悪名の主人公朝吉のモデルのおっさんは、この街が地元です。友人が地元の府立高校に通っていたのですが、ある日学校行事の講演会にやってきた爺さんが、このモデル氏だと分かって、生徒は男子も女子も大感激であったそうです。
我が街の昔の空気から、現在(いま)を書いてみたいのですが、書き出すと、いろいろ出てきます。
次回に続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます