第3話 無職青年、徴兵される2

 一週間後、シグルは幼馴染の長身の青年、ロキと共に市内にある国内最大級の競技場に来ていた。

 徴兵した兵士の入隊式を行う為である。

 二人の周りにも同年代の青年が多く歩いている。彼らの表情は明るくはなく、闘志に満ちている者は見受けられない。


「なあシグルよ。俺らは無理やり狩り出されたんだぜ? 入隊なんてした覚えはねえぞ」

「同感だけど仕方ないだろ。逃げられないんだから……」


 金色の短髪を後ろにかき上げ、顔を歪めながら言ったロキに対してシグルは憤りと諦めがない交ぜになったような感情を抱きながら答えた。


「公国が攻めてきてるつったって、ウチの国だってそこそこデカい軍隊持ってんじゃねえのか? そんなに敵さんは大軍勢なのかね」

「知らねえよ。俺はとにかく逃げまくって生きて帰る。それしか考えてない」

「兵士に聞かれたらどうなるかわからんが同感だ。本職のおっさんたちに任せようぜ」

「ああ」


 シグルは短く答えていつ家に帰れるのかとふと考えていた、その時だった。


「――きゃあっ!  離してください!」


 突然、女性の悲鳴が周囲に響き渡った。

 シグルとロキが振り返ると、栗色のショートボブが特徴的な少女が三人の男に囲まれていた。


「いいじゃねえかちょっと遊ぶくらい別によお」

「君が考えてるようなことはしないって」

「止めてくださいっ……!」


 どうやら彼女は不穏な形で遊びに誘われているようだ。

 そして、見るまでもなく彼女はそれを拒絶している。

 しかし、周りの人間は男たちの体格のせいか、見て見ぬふりをして通り過ぎる者しかいない。


「なあ、シグルよ」

「全く、めんどくせえなぁ……」


 ロキとシグルが短く意志を共有してから足を踏み出したその時、


「――止めなさいよ。男が群がって気色悪いわね」


 また別の声が聞こえ、その場にいた人間は皆声の発生源へと目をやった。

 そこにいたのは、肩まで伸びていない癖のある赤い髪が特徴的な一人の少女であった。服装はシグルと同じ軍服を着ている。


「……女?」


 シグルは何故こんなところに女がいるのだろうと疑問に思ったが、同じ格好からして新しく入った兵士であることがわかる。


「あ? なんだコイツ、女じゃねえか。なんでこんなところに女がいるんだ?」


 一人の長身の男が少女に覆いかぶさるようにして顔を近づけた。


「言うまでもないじゃない。私が兵士だからよ」

「ははっ、何だそりゃ。聞いたかよオイ! このお嬢ちゃんが兵士だってよお!」


 男がそう囃し立てると、二人の男もそろって嗤い声を上げた。


「嬢ちゃんよお、俺らはこれから戦争に行くんだぜ? まあ、炊き出し係志望だったら納得いくけどな」

「あんたこそ、戦争に行くんだったら女の子に声をかける暇なんてないんじゃないの? あっさり殺されないように筋トレの一つでもしたらどう? 随分と弱そうに見えるのだけど」

「何だとこのアマ……」


 見事に少女の挑発に乗った男は彼女の胸倉を掴み上げた。


「女だからって手えだされねえって高括ってる訳じゃねえだろうな」

「こっちのセリフよ。相手が女だからって何もされないって思ってないでしょうね」


 少女はそう言うと自分に伸びている男の手を掴んで捻り上げた。

 そして、男が声を上げる間もなく背後に回り込んで男の頭を掴み、両足を払って勢いよく地面に叩きつけた。


「どう? これでもまだやる?」

『……!』


 一瞬の出来事に周囲の人間はシグル含め皆言葉を失った。

 残りの二人の男たちはやられた男を助ける素振りもなくそそくさと逃げて行った。


「大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます」


 赤髪の少女が手を伸ばすと、座り込んでいた栗色の髪の少女は礼を言いながら彼女の手を取って立ち上がり、深く一礼して足早に去っていった。


「全く、これだから男は……」

「――いや凄かったねえ、お姉さん!」

「ん?」


 少女が乱れた服を直していると、ロキが明るい声をかけてきた。


「自分よりデカいヤツ相手に鮮やかだったねえ、御見それしたぜ」

「おま、何馴れ馴れしく……!」


 臆することのないロキにシグルは大丈夫かと思いながら冷や汗を額に浮かべた。


「あら、みっともないところを見せてしまったわね」

「いやいや。か弱い少女の前に颯爽と現れた正義のヒーローって感じ?痺れたわあ」

「そんなことないわよ。偶然居合わせただけで当たり前の事をしただけよ。それより、貴方は新兵よね?」

「ああ。後ろのコイツもな」


 ロキはそう答えると後ろにいたシグルを見た。


「そういえば、まだ名乗っていなかったわね。私はジャンヌ・オステロ―デ、よろしく」

「……シグル・アトラス」


 シグルはまだジャンヌの印象が強烈過ぎて上手く会話ができず、名前だけ名乗った。


「俺はロキ・イングスだ。ところで、君も徴兵された……わけじゃないよな?」

「ええ。私は志願兵なの」

「すげえな。自分から戦争に行く気になったのか?」

「考えらんねえ……」


 ロキは目を丸くして驚き、シグルは自分では絶対にありえないという思いをそのまま口に出した。

 しかし、ジャンヌは怒ることなく微笑みながら肩をすくめた。


「まあ、驚くのが当り前よね。女が志願するなんて。周りからもすごく変な目で見られたわ。でも、私たちが何もしてないのに、自分の故郷を荒らしに来るヤツを許せないって思う事に性別なんて関係ないじゃない。この状況でじっとしてる方がおかしいわよ」

「確かにそりゃそうだわな」

「……」


 ロキはなるほどと頷いたが、シグルはジャンヌの考えを完全には理解しかねていた。


 確かに自分の住む場所を侵されることに憤りを感じないわけではない。

 しかし、直接関係のない自らが率先して死地に向かおうとする意志がシグルの中にはない。

 こういったことはプロの軍人が勝手にやって守ってくれればいいではないか。そういう風に考えていたのである。


 ロキとジャンヌが会話を続けていると、ゴーンと時間を知らせる鐘の音が響き渡った。


「お、そろそろだな」

「せっかくだし、一緒に行きましょうか」

「だるい……」



 会場に着くと、そこは異様な雰囲気に包まれていた。

 何十万人という人間がすし詰めになっている中、正確には二つの感情がその場を支配していた。

 徴兵されて暗い表情をしている者と、自ら志願して闘志に満ちた目をしている者の二通りである。

 そして、周囲の客席には兵士の家族たちであろうか、一般市民の姿が多く見受けられた。


「それぞれの所属ごとに整列せよ!」


 鎧を纏った兵士らが大声で新兵に整列を促し、それに従って徐々に列が整っていく。


「ところで、お前所属どこだっけ?」

「第三」

「一緒じゃん」

「あ、私も」

「お、いいね~。なんか縁を感じるわ」


 完全に列が揃い、シグル達三人が他愛のない短い会話を交わしていると、ラッパの音が高らかに鳴り、しばらくして最も豪華な観覧席から一人の兵士が現れた。


「総員傾注‼ これより、セント・イスラシオ帝国皇帝、シャルル・ローラン・ジン・エマヌエーレ陛下より激励のお言葉を頂戴する!」


 兵士が大声で叫ぶように言うと、ゆっくりと二人の人物が姿を現した。


 一人は純白の軍服に身を包んだ茶色のおかっぱ頭の若い男である。腰には細い剣を提げており、皇帝の護衛の兵であると窺える。

 そして、もう一人は白い豪奢な礼装を纏った金髪の少女であった。その場の全員が驚きで目を丸くし、一部ではざわめきが起こっていた。


「こ……子供?」

「おいマジかよ」

「女の子じゃない……!」


 始めて皇帝という存在を目の当たりにしたシグルとロキ、ジャンヌも例外なく驚きの声を漏らしていた。


「総員敬礼‼」


 それを咎めるように、兵士が怒鳴るような声で新兵らに指示すると、彼らは習ったばかりの敬礼を視線の先の絶対権力者へ送った。

 その少女、帝国第十三代皇帝であるシャルルは無言で兵士らを見渡すと、小さく口を開けて息を吸った。


「新兵の皆様、お初にお目にかかります。わたくしはセント・イスラシオ帝国第十三代皇帝、シャルル・ローラン・ジン・エマヌエーレです」


 少女とは思えない凛とした声が会場全体に反響し、それだけで一部の兵はさらに表情を硬くした。


「この度は我が国による召集に応じて下さったことに心からの感謝と、同時に平穏な日常を不安の日々に変えてしまったことにお詫びを申し上げます。今回、隣国のグリアモス公国が事前の通達も大義名分もなく一方的に軍事行動を我が国に対し展開しました。その規模は当方の予想を遥かに超えており、我が国の総力を以てしなければ対応できないと判断し、皆様にご協力を頂いた次第です」


(協力だ? 来なきゃ捕まえるとか抜かしてたくせに。ふざけんなよ)


 シャルルの言葉を聞いたシグルは小さく舌打ちをしながら口元を歪め、心の中で毒づいた。


「しかし、その上で問いたい。ここに集められた兵の中で、自ら戦いに赴き、命を懸けたいと思っている方はどれほどいらっしゃいますか?」


「……は?」


 シャルルの問いの意図が掴めなかったシグルは思わず呆けた声を上げた。

 シャルルは一瞬視線を足元にやると、すぐに兵士たちの方へと戻した。


「ご存じの通り、私の父、先代皇帝のガリウスは昨年崩御し、父の遺志に従い私が皇位を継承しました。まだ十五の私が、まさか皇帝になるなんて思いもしませんでした」


「十五って、俺らより年下じゃねえか」


 今度はロキが驚きの言葉を口にしていた。


「父はとても優しく、温厚で、いつも私の事を愛してくれていました。これからもずっと私の事を愛し、守ってくれるのだと、そう信じていました。でも、そうはならなかった。私がこの世で最も愛していた人はこの世からいなくなってしまった」


 シャルルは胸に当てた手をぎゅっと握りしめ、一人一人の兵の顔を見渡していく。


「だから、徴兵を指示した立場でありながら、若く未来ある皆様に国の為に死んで来いと言うことはできない。戦ゆえ、全員が生きて帰ることは難しいでしょう。しかし、国民一人一人が、私の体の一部なのです。体の一部を失うことは耐え難い苦痛なのです」


『……!』


 シャルルの言葉を聞いていた兵全員が息を飲んだ。

 当然国のために自らの命を懸けて戦え、死んでこいと言われるのかと思いきや、その真逆の事を言われたのである。


「三百年前、この国を造った〈漆黒の聖女〉は先祖といくつかの約定を交わしました。そのうちの一つは、民の生存と権利を絶対に侵してはならないというものです。その上で、我が国は戦争を是とせず、国と民を護るためだけの力を聖女より授かりました。ゆえに、皆様に言える事はただ一つ、生きて帰ることを第一に考えてください。きっとそれが最も戦うための力になることでしょう。健闘を祈ります」


「総員敬礼!」


 シャルルの演説が終わると、兵たちは全員再び敬礼を送った。

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