第1話 ガーデンへ

「特賞!!特賞〜〜!!!」


 ガランガランと壊れるんじゃないかってくらいベルが振られている。

 当の本人が呆然としているのをいい事に少しずつ野次馬が集まってきた。


 曰く、本当に入っていたのねぇ。

 曰く、俺も相当数引いたんだけどな。


「兄ちゃん、ついてるね!特賞はあの『ガーデン』への旅行券さ!」


「あ、ありがとうございます?」


「もっと喜んでくれよ!景気悪い!ま、とにかくこれは兄ちゃんのもんだ。有効期限は年内だからな!」


 特賞と言って渡されたのは紙一枚。

 まだティッシュの方が重い。

 だけど、これであの『水上の楽園』へ行ける……らしい。









「本当にこれで行けるんだもんなぁ」



 自治体に問い合わせて確認したものの、不安は流石に隠せなかった。

 何せあのガーデンだ。

 この国で唯一の合法カジノがある島。

 金持ちの道楽と派手な都市の観光がメインな為、学生である俺にはまだまだ縁の無い場所だと思っていたのに。



「よし、これで大丈夫です。お待たせしました、ガーデンへようこそ」



 島に唯一本島から接続している橋での厳重過ぎる検査の末、ようやく俺はガーデンへと降り立った。


 太陽が眩しい。良い天気だ。

 来る前にイメージしていた昼間っからネオンがギラギラしているカジノ都市!という感じではなく、普通の地方都市に旅行に来た感覚。

 そりゃあ、目の前の通りは広いし恐らくだが高級車ばかりが往来しているが。



「うーん、まずは飯でもと思ったけど最初の店で貯金全部飛ぶなんてのはごめんだぞ…?」



 取り敢えず折角の観光都市なので散策しながら現地の人にちょうど良い店がないか聞いてみるか。

 できれば、明らかに金持ちっぽい人は避けたい。

 庶民的で、優しそうで、ここに詳しそうな人。



「なんて、そんな都合の良い人がそうそういるわけ……」



 いた。

 いや、いたんだよ。

 学生服っぽい装いの女の子。

 家族連れか、とも思ったが周りにもそれっぽい人影はない。

 1人で木陰のベンチに座っている。



「……あの、何かご用でしょうか」


「えっ」


「道の真ん中で突っ立って見つめられても困るのですが」



 どうやら思っていた以上の時間話しかけるか考えていたらしい。

 すこし心象は悪くしてしまった気がするが、この際なので聞くだけ聞いてしまおう。



「あー、えっとリーズナブルな飲食店を知らないか?」


「…?あぁ、観光客の方ですか。知っていますよ」


「良かった!大雑把でいいから案内を頼めるか?」


「私もそちらの方面に用事がありますので、良ければ案内しましょう」



 その少女は静かに立ち上がるとチラ、と俺を見て歩き出した。

 連れて行ってくれるらしい。





「この先を左に曲がった先に商店街があります。そこなら恐らくご期待に添えるでしょう。では」


「わざわざありがとう!」



 少し話したらどうやらその子は同い年らしかった。

 幸運な出会いにも恵まれ、良い気分で通りを踏み出したその時だった。



「こいつか?」


「そうだ、早く連れて行け!」


「ちょっと、なに!離し……!!」


「さっさと乗せろ!行くぞ!」



  複数人の足音と、女性の悲鳴。

  その声はまさしく先程の少女のもので、状況が示すのは誘拐だった。



「……さすがにほっとけない」



  知り合いにも満たないとはいえ恩人の危機かもしれない。

  せめて確認だけでも、と少女が去った方の壁に張り付き様子を伺う。



「〜〜!!〜〜〜!!」


「手間かけさせんじゃねえ!」



  口を抑えられ、無理やりに車に乗せられていく少女。

  声も体格も相手は男。しかも2人。

  俺じゃあ太刀打ちができない。


  それでも何かできないかとナンバー、車の特徴、相手の特徴を観察する。

  男の懐に拳銃が見えた。



「やめろ!!」



  彼女の死を予感した瞬間に身体が動いていた。


  冷静に考えれば拳銃を持っている時点で薄かった俺の勝ち目はゼロになる。

  それに、誘拐ならこのガーデンで起きている以上十中八九身代金要求の為なので命の危険は少ない。

  だが、そんなことを考える前に俺は走り出していた。


  昔からよく、すぐ熱くなる欠点は直せと言われていた気がする。



「チッ、オラ早くしろ!!」


「ッ!」


「その子に乱暴するな!」



  犯人は少女を蹴るようにして車に押し込み、自分もそのまま乗り込んだ。

  キュルルルルルとタイヤの摩擦音が響き急発進する。

  大きい声を出したせいで逆に焦らせてしまった。

  俺は車に追い縋る手段を探して周囲を見まわした。


  …レンタルバイク。

 死ぬ気で漕げばいけるかもしれない。



「ナンバー、特徴、大丈夫だ。見失う訳にはいかない」








  目立つわけにいかないらしく、信号で何回か止まっていたようで何とか追いついた。

  物静かな倉庫街に止まっていた車を遠目にしっかり確認する。



「なんとか……追いついた……でも、もう倉庫に入っちまったみたいだな」



  息を整えてから倉庫に近づく。

  物音がしている。

  ここで間違いないだろう。



「こんな所で何をしている」



  しまった。いなかったはずの見回りが急に──。



  そこで俺の意識は途絶えた。

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